怒らせてはいけない人

 

「山田、何か私にしてほしいことってない?」

この場合、なんと答えるのが正解なんだろう。答えを探そうと思考を巡らせるが、いまいち最良だと思う言葉が見つからない。その理由の一つが今、自分が置かれている体勢にあるのだと思う。

俺の腹の上に跨る茜さんのスカートの中は見えそうで見えない。先程まで彼女は友人と酒を飲んでいたために頬は上気し、目は据わっている。

なぜこんな状況に陥っているのか、話は一時間ほど前に茜さんの友人から呼び出されたところまで遡る。

 

怒らせてはいけない人

 

『山田くん、ごめんね〜』

22時前、茜さんからの着信を受けると、茜さんではなくその友人が電話に出た。どうやら茜さんが居酒屋でお酒を飲みすぎてしまい足元がおぼつかないのだという。なぜそこまでして飲酒をするのか理解はできなかったが、心配の気持ちが勝ったため指定された場所へと足早に向かった。

『あれ!山田が見える!幻覚まで見えてきたよ桃ちゃん!』

店の外にあるベンチに座る女性二人。焦点の合わない目をした茜さんが、大声で叫んでいた。

『……なんでこの人こんなに酔ってるんすか』

もう何度目になるか分からない彼女の姿に、理由なんて尋ねても仕方がないことはわかっていたが、呆れ果てて聞かずにはいられなかった。

『山田くんに会いたいけど受験だから我慢しなくちゃっていう葛藤?』

我慢なんてしなくてもいいと付き合ってすぐの時に伝えたはずだった。直近の模試の結果も志望校は余裕で合格圏であったし、念には念をと習慣にもなっている勉強をしているだけなのだから。

『大人の女がとかずっと言ってたかな。結局山田くんの勉強の邪魔したって明日落ち込むだろうからさ』

椅子に座り込んだ茜さんの腕を掴み身体を起こす。自分の腕を掴むようにと差し出すと、ふらつく足元を安定させようと全体重を預けてきた。

『そんなもの感じさせないくらいイチャイチャしちゃってよ』

『……しませんよ。桃さん、茜さんが迷惑かけました』

『ううん!桃が飲ませたようなもんだから!』

お熱い夜を、と背中をバシバシと叩く彼女の友人を軽く睨みつけて、寒い冬空の下、茜さんの家へと向かった。

酔っ払いの相手は面倒くさいなという気持ちを、今以上に嫌というほど感じさせられることになるとは、この時の自分はまだ知らなかったーーー。

30分以上かけて茜さんの家まで歩いた。腕にしがみついたまま離れない茜さんの鞄から鍵を探り当ててドアを開ける。靴を脱がせて、コートを脱がしてハンガーへ掛けると、玄関に立ったまま動かない茜さんの手を引き、ベッドへ連れていった。

水が飲みたいと騒ぐだろうと思い、水を用意したら帰ろうと、ベッドから離れようとしたところで強い力でベッドまで引っ張られる。ベッドに倒れた俺にすかさず馬乗りになった茜さんは、どうやら寒い外をしばらく歩いたことによって目を覚ましていたようだ。そして、耳に響くほど大きな声で言った。

「山田、何か私にしてほしいことってない?」

急に一体何の質問だと思わずにはいられない。黙っていると、質問を繰り返し答えの催促を受ける。

「ねえ!何か私にして欲しいことはないの?」

「……別にないですってば」

あれから何度このやりとりを繰り返したのだろう。何度も何度も同じ質問をしてくる。なぜこうも繰り返し尋ねるのか、理由はさっぱりわからなかった。

「山田。彼女が何でもするって言ってるんだよ?」

「ないって言ってるじゃないですか」

「もっと甘えてよ!」

やっと違うワードが出てきた。しかし、甘えるとは一体何をすればいいのか。彼女が何を求めているかの検討もつかない。

適当なことを答えようかと一瞬思ったが、彼女の気に入らない答えを口にしたら後々もっと面倒くさいことになりそうだ。普段は優しい分、彼女は怒らせてはいけない人だった。この前なんてFOSの友人をビンタしたのだとか。その点に関して茜さんが悪いことは一切ないのだが。

「……」

「欲がないなぁ。じゃあ私が勝手にやっちゃうよ」

そう言った茜さんに身体をうつ伏せにされたと思えば、セーターの下に着たインナー越しに背中をツーっとなぞられる。他人に無防備な背中を触られた経験が無いので、突然の刺激に背中が僅かに反応してしまう。

「ちょっと」

「ふふっ、くすぐったい?」

腰に跨っていた茜さんは身体を少し下へとずらすと、両手を腰に当てた。インナーの下の素肌に直で触れられた冷えた手に驚いて、ピクッと跳ねてしまう。

「ちょっとまって茜さん」

「まだ何もしてませーん」

楽しそうな声と共に、腰に添えられた手に力が込められた。初めは全体を解すように、次第に特定の場所を指圧していく。ああ、これは。

「ねえ、気持ちいい?」

「あ、まぁ、はい」

「山田ずっとゲームしたり勉強したりで体が凝り固まってると思ってたんだよねー!思った通りゴリゴリ!」

「……」

少し期待してドキリとしてしまった男子高校生の気持ちを返してほしい。そんな俺の気持ちなどお構いなしに、茜さんはマッサージを続ける。腰だけではなく、肩、背中、腕と上半身全体を順に触れてきた。

「山田ってスポーツとかやってないよね?」

「はい」

「なんでこんなに筋肉が…」

背中から腰にかけてを指先で何度も往復するその手つきが何だかいやらしいものに感じてしまう。この酔っぱらいの彼女には下心はないだろうが、身体を隅々まで弄られ、ましてやベッドから香る茜さんの甘い香りに自分の理性はどうにかなりそうだった。

下半身が熱を持ち始めてきたその時、タイミングよく茜さんの手がベルトまで回される。うつ伏せの体勢では簡単に外せないのだろう、カチャカチャとベルトを外すのに手こずる音が部屋に鳴り響く。

「何してんの」

枕に顔を埋めたまま、腰を上げるものかと茜さんの手を掴み、声を掛ける。

「だってジーパン越しじゃマッサージ効果はわからないでしょう!?」

「は?そこまでしなくていいってば!」

「いや!山田を気持ちよくしたいの!!!」

勘弁してくれ、と振り返り睨んでも、茜さんは微動だにしない。いつもだったら顔を真っ赤にさせて、自分から積極的に触れてくることなんて無いに等しいのに。

「茜さん、怒りますよ」

「山田のケチ!パンツ見られるのが恥ずかしいの?さっき私のパンツ見てたくせに!」

見えなかったけど、その言葉を飲み込み、酔っ払いも油断ならないなと大きなため息を吐く。

「ああ。もう、わかりましたから」

パァっとわかりやすく顔を輝かせた茜さんは俺の腰を叩いてきたので、渋々腰を浮かせてやる。再び手を回されるとすんなりとベルトが解かれ、ジーパンのファスナーを降ろされる。されるがままに脱がされ、セーターは着たままに下半身はボクサーパンツ一枚という奇妙な後ろ姿が彼女の前に晒される。

なぜこんなことに、一体どこから間違えたのかを考えている間に素足に指先が触れられてしまう。

「やっぱり足もがっちり!」

「普通ですよ」

「凝ってるかなー?」

太もも、ふくらはぎと柔らかい手が何度も触れてくる。最早、この行為はマッサージとは思えない。ただ全身をくまなく撫でているだけだ。俺の疲れを癒やしたいという本来の目的を忘れた茜さんは身体の観察を楽しみ、「なぜ筋肉が」とブツブツ呟いている。

そして太ももの付け根に指先が触れたとき、自身に我慢の限界が近づいていることを察する。強張った身体の反応に気付いたのか、茜さんは面白がるように何度もその際どい位置で指を遊ばせた。

もしかして、誘われてるのではないだろうか。そう思わずにはいられない誘惑だった。

「っ……」

「山田、くすぐったいのー?」

熱い吐息と共に耳元で甘ったるい声が囁かれる。それは今の状況では強すぎる刺激だった。

「……くすぐったいんでもう止めてください」

「えー可愛い……却下」

見えないけれど、きっと小悪魔のような楽しそうな笑みを浮かべているんだろう。足への刺激を感じなくなった途端、頬にキスされる。

「ねえ山田、こっちむいてチューしよ?」

「……仰向けにはなれません」

「じゃあ顔だけこっち向けて?」

「茜さん、煽りすぎ」

茜さんの甘い声に逆らうこともできず、顔を向ければすぐさま唇を喰われた。ほのかに香るアルコールの匂いも気にならないほどに、夢中で舌を絡ませる。

茜さんを押し退けて家に帰ろうと思えばいつでも帰ることはできた。馬乗りになられたとはいえ、軽い身体を退かすことくらい造作もない。それでも、渋々茜さんの命令に付き合っているように振る舞うのは、『茜に不安を感じさせないくらいイチャイチャしちゃってよ』と彼女の友人の言った期待がずっと頭の中にあったからだ。

茜さんの身体を自分の背中から降ろして身体を起こすと、すぐにトロンと呆けた顔の茜さんを押し倒す。焦点の合わない目はキスでそうなったのか、眠いからなのかは分からなかった。キスをすれば首に腕を回されて深く深く舌を絡ませ合う。全身を弄り、下半身すら隙間なく密着させて、性急さをアピールするように擦り付けると、気分は最高潮まで達していた。

「スーッ」

そんな気持ちとは場違いな寝息。そう、寝息。目を閉じた茜さんは、弄ぶだけ弄んだあと、何の前触れもなくあっさりと夢の中へと旅立ってしまった。

正直、こんなオチだろうとは思っていた。ちょっと焦らしすぎたか、もっと早く押し倒していたら先まで進めていたかもなどと、今更どうしようもないことを考えては深い深い溜め息をついた。

つい先程まで自分が与えた唾液で唇が濡れている茜さんは、その口元を緩ませて気持ちよさそうに眠っていた。彼女を迎えに行ってから今に至るまでさんざん振り回してきた彼女のその幸せそうな表情がそれはとても、とても憎らしかった。

「茜さん、仕返ししますよ」

穿いていたスカートを脱がせて、それからタイツに手をかけた。タイツを脱がしてすぐに見えた黒のレース生地の下着に、「これは同化して見えないわけか」と思いながら遠慮することなく眺め続けた。茜さんだって同じことをしたと自身の行いを正当化する。

しばらく堪能してから、タイツを足の先まで脱がし、茜さんがしたのと同じように柔らかい太ももに触れていく。スベスベしていて気持ちが良い。

「はぁ、くそ」

触れれば触れるほど一向に鎮まることのない熱にため息をついて悶々とする。薄っすらと濡れた下着に指を挿し込みたくなる衝動に駆られるも、そのナカを指だけでも味わってしまったら引き返せなくなるとグッと堪える。

早く家に帰り自己処理をしようとベッドから離れようとした。しかし茜さんの力強い手により服が引っ張られて動けない。今度はかなり本気で力を入れているのに、眠った彼女の手を服から解くことはできなかった。

「何だよもう」

再びベッドへと寝そべると、胸に擦り寄ってくる彼女の頭を力強く抱き寄せる。

「可愛い」

どうしようもなく憎たらしいと思っているはずなのに、茜さんを見ていると全く違う言葉が口から溢れていく。

「好きです」

鎮まることのない熱を抱えながら、目を閉じた。この晩、俺はいつまでも睡魔に襲われることはなかった。

一睡もできずに迎えた翌朝、茜さんは目を覚ました途端、最大のボリュームで騒ぎ立てた。その声に気付きながらも、目を閉じて聞こえないフリをする。

「は!?え!?もしかして遂にヤッてしまった!?まだ付き合って一ヶ月……いやでも山田ならあり得るかもしれない……意外と手が早いし……うっ頭が……」

案の定、酒が入っている時のことは何も覚えていないらしい。二日酔いに苦しんでいるだろう茜さんの表情は目を閉じていても想像することができる。

茜さんのタイツは脱がしたままだし、あれからセーターも何とか脱がして下着一枚の姿にしておいた。それはもちろん、アルコールが入り身体を火照らせた茜さんへの配慮だった。他意はない。

「パンツの山田…」

そんな体温の茜さんを腕に抱えたまま寝るのも暑いから、と自分の服も一式脱いでやった。もちろんこれも、暑がる茜さんを配慮してのことだ。

「ん?山田、結構筋肉ある…」

昨夜と同じように身体を弄り始めたので、今起きたかのように薄っすらと目を開けると、視線に気付いた茜さんは後ろへとひっくり返った。

「うわぁっ!」

「何してるんすか」

「あ、いや。山田って何か運動してるの?」

「……昨日もそれ聞かれましたけど」

「!?」

昨夜の記憶が無いことを焦っているんだろう。目が泳いでいる。昨夜もこんなに分かりやすければあそこまで弄ばれることもなかったのに。

「茜さん、何も覚えてないんですか」

「えっと…」

「酔っ払って帰れなくなった茜さんを迎えに行ったら、ベッドに連れ込まれて……私は大人の女だから甘えてって茜さんが……」

すべて事実だった。嘘は一つも言っていない。その言葉に少なからず心当たりがあるのか、茜さんの顔は青ざめていく。

「そ、それはそういう意味ではなくって……山田がいつも余裕だから、たまには私が年上らしくと頼れる彼女になろうと思ってさ……」

「茜さん、俺に色んなことしてきたのに、何にも覚えてないんですね」

あえて目を逸らすと、茜さんの表情からはどんどん血の気が引いていく。

「やっぱりお酒が良くないですね」

「あっ、はい。もうしばらく飲みません」

「そうしてください」

ひとまず禁酒の約束を取り付けることはできた。でもこれだけでは俺の気は晴れない。

昨日の積極的な茜さんには散々に振り回され結局一睡もできなかったのだ。不覚にも追い詰められてしまったが、やはり何かに追い詰められるのは性に合わない。追い詰めるほうが、何倍も楽しい。

「茜さん、俺ね」

さて、勘違いし続けている可愛い彼女をどうやって懲らしめようか。顔色を伺うように上目遣いで見上げてくる茜さんに、無意識のうちに舌なめずりしていた。

早く顔を真っ赤にさせた茜さんが見たくて、下着姿のままの彼女の両腕を逃げないように固定して上から見下ろした。

「茜さんにして欲しいこと考えましたよ」

 

end.

__________

山田が茜ちゃんにしてほしいことって何でしょう?

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