もし谷やんがしっかり30分後に追い出されていたら
「私も酔ってるときあんな感じ?」
「全然違いますけど声のでかさとテンションは似てますね」
上気させた顔に、密着する身体。心配な気持ちと同時に僅かな期待も抱いてしまう。茜さんの酔う姿で連想するのはそんな愛しさだった。
「谷さん、30分経ったからでてって」
「山田、お前……本当に人間か?」
「人間だから帰れって言ってるんすけど」
「なんで……あ、まあそうだよな。俺がいたら色々できないもんな…そうか、お前……」
「なに」
「童貞は卒業したんだな?」
いいから早く帰れよ、と背中を蹴りながら玄関まで連れて行く。「裏切り者の山田、今度覚えとけよ」とよく分からない恨み言を呟き、30分ぶりに部屋に静寂が訪れた。
ベッドに腰掛けたままの茜さんの後ろ側へと乗り上げる。元気のない茜さんの背中に少し胸が締め付けられて、腕を自分の身体へと引いた。茜さんの手は自分の肩へと乗せられて、上半身だけが密着した体勢になる。
「なんであの人とそんなに仲良くなりたかったんですか?」
「それは…楽しかったからだよ。でも、もうネトゲの人とは会ったりしないようにする」
みんなに迷惑かけちゃったしね、と力なく微笑む茜さんに堪らず強く抱きしめた。
「俺は止めないですよ」
「え、止めてよ」
「だって茜さん人と仲良くすること好きでしょ」
「……」
拒絶されても、傷つけられても、人と仲良くすることを諦めようとしない。リアルだから、ネットだから、そんなことを感じさせない彼女の身に纏う空気に次第に目を奪われていった。
「俺らが一緒にいるのだって、ほとんど茜さんのおかげですし」
気付いたときにはどうしようもなく好きだった。みんなの中心にいるような高嶺の花の存在である彼女を、自分のものにしたくて。
「俺、茜さんのそういうところ好きです」
自分になんて勿体無いくらい、人との繋がりを求めて、周囲を笑顔にしてしまう彼女がーーー。
「山田……」
涙がポロポロと零れる頬に手を伸ばし、涙を拭うと、茜さんは薄っすらと目を閉じてまた新しい涙を零しながら顔を近付けてきた。その顔を綺麗だなと眺めていると、唇に温かい感触が下りたので合わせるように瞼を閉じる。
「山田……」
上唇は触れたまま、至近距離で視線を絡ませて茜さんが名を呼ぶ。
「山田……」
「ん?」
上気した頬に欲求を抑え続けることもできず、深く繋がるように顎に手を添えた。
「まって、やまだ」
「……なに」
手を剥がされ、顔を離されたことを少し不満に思う。しかし、今日は茜さんからキスを強請る珍しい日でもある。彼女のされるがままに身を委ねるのもいいのかもしれない、そう思った。
「山田、好き……大好き」
初めて口に出された彼女からの好意に珍しく心臓が音を立てた。茜さんは身を乗り上げて首に腕を巻き付ける。再び重ねられた唇は、先程までの優しい触れるだけのキスではなく、噛み付くように性急なものだった。
「茜さん、ちょっとまって」
切れる寸前の理性で静止したものの、先程までこの場を邪魔をしてきた谷さんはもう居ない。ここにいるのは自分たち二人だけだった。
「茜さん、俺止めたから」
肩に置いていた手を腰へと回し、自分の身体の中に柔らかな茜さんをすっぽりと抱え込んだ。茜さんからの返事はなかった。
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