「茜ちゃんって何歳なの?」
「二十歳です」
山田と同じチームの人だという谷さんからの問いかけに答えたのは私ではなく、隣に座る山田だった。私達はソファーの前へと座り、机を挟んで向かい側に谷さんが座っていた。タオルで水滴を拭いただけの谷さんがソファーに座ろうとしたのを山田が拒んだためだ。谷さんと視線を合わせようとソファーの下の床へと座ると、山田も渋々私の隣へと座った。
「ハタチ!若っ!でも秋斗より年上じゃん!」
「……」
「大学どこ?」
「別にどこでもいいっすよね」
「いいじゃん茜ちゃんのこともっと教えてよ」
「あ、20時になった。30分経ちましたよ」
「やーまーだぁー」
山田は嫌がる素振りを見せているものの、谷さんの全く気にしていない反応から、山田との関係はいつもこんな感じなのかなと勝手に解釈する。
「茜ちゃんってどこ出身?」
「30分」
「俺当ててもいい?えーと」
「谷さん、30分」
「上の方かな?」
「30分」
「うるせえな!俺だってな!女の子と仲良くお喋りしたいんだよ!良いだろ少しくらい!」
「だめです。約束しましたよね」
何でも言い合える関係なんだと納得しつつも、一切引かない山田にどうしたらいいのか分からなくなる。チームメイトな訳だし、強引に追い出して今後の関係に影響しないんだろうか。山田は人とのコミュニケーションが上手とは思えないし、などと考えて山田に助言しようと口を開く。
「山田…まだ雨も強いし…」
「茜ちゃーーーん!」
正面の谷さんの喜びとは正反対に、隣から鋭い視線を感じたので私は肩を揺らして驚いてしまう。
「茜さん?」
「だって山田…」
「俺を追い出して茜ちゃんとイチャイチャする気だろ〜そうはさせないぞ〜」
そんなこと山田が思うわけ…と思いながらも先日の自宅でのやり取りを思い出して赤面する。すると隣からはハァーっと大袈裟すぎるほど大きなため息が聞こえてきた。ちらっと隣を盗み見ると、山田が苛立った表情をしているのが視界に入った。二人の関係性を見誤ったかな、と自分の判断に対して不安を感じてしまう。
「谷さんに関係ありますか」
冷たい声だった。とてもチームメイトに話しているとは思えない態度であるが、谷さんはお酒が入っているからか、全く気にしていない様子だ。
「茜ちゃんはさ、今まで何人と付き合ったー?」
「何人でも別にいいですよね」
相変わらず私への質問なのに、私はまだ一言も谷さんと会話ができていない。相変わらず何かに苛立った様子の山田がすべて答えていく。
“谷さんってすげぇ惚れっぽいんで、あんまり近づかないでくださいね”
先程山田から言われた低く、でも優しいトーンの声が思い出される。もしかしてこれも、と山田の行動の理由を考えて、二人の関係性に感じた不安から一変して、顔が火照っていくのを感じた。
すると、突然重ねられた手にビクッと反応してしまう。山田は谷さんと話をしながら、テーブルで谷さんからは死角になる位置にあった私の手を握ってきたようだ。突然の人前でのスキンシップに山田が一体何を考えているのかと不思議に思ってしまう。その答えが知りたくて山田の顔を見たが、先ほどと表情が変わっているようには見えなかった。
“お前は俺を追い出して茜ちゃんとイチャイチャする気だろ〜”
人前でそういうことをするような人間とは思えなかったが、今私の手を撫でているこの行動の意味の答えが、それと全く無関係だとは思えなかった。
「茜ちゃんはどういう人がタイプー?」
「谷さんには関係ないでしょ」
「そこは”俺”って言わないんだ。彼氏なのに」
重ねられた手に力が入った。会話を耳に入れ谷さんの顔を見つめながらも、意識は右手に集中してしまう。
「なんで女っ気なかったのに?いつの間に彼女作ったの?」
「まぁ、最近」
「最近なにー?」
「谷さん、30分」
「もういいだろおおお!こんな大雨の中外出たくねえよおおお!」
「ほんと無理。迷惑」
机に頬杖をついた山田の顔が歪んでいくのと同時に重ねられた手が離れた。握られている時は恥ずかしくてどうにかなりそうだったのに、離れてしまうと寂しさを感じてしまう。触れ合いたいのは私だって同じだった。疲れ果てた心に、先程の山田の可愛い台詞は、山田に縋り付く理由には十分だったと思う。
「早く帰って」
山田が再度促したのと同時に、正座をしている私の裸足の裏をツーっと撫でてきた。
「うわぁっ」
「?」
「あ、足が痺れて」
大きく体勢を崩した私は咄嗟に言い訳の声をあげてから山田を睨む。山田は口元をほんの少しだけ緩ませて、点いたままのテレビへと視線を移した。
「ソファー座りなよ茜ちゃん」
「谷さんは早く帰ってよ」
山田は無言で「ソファーへ移動はさせない」と言いたいのか、腰へ腕を回して私を拘束し、山田から借りたトレーナーの中に横から手を入れられる。冷たい指で横腹を撫でられて擽ったい。
「ちょっ」
「谷さん、ほんとにもう30分とっくに経ってる」
「雨やだやだやだやだ」
「はぁーーーっ」
只でさえ横腹は弱い。いや、得意な人間なんているんだろうか。横腹、お腹をゆっくりと山田の指が辿っていく。
「距離近すぎだろ〜ちょっとは独り身の俺に遠慮してくれたってさぁ〜」
「勝手に来たのは谷さんじゃないすか」
平気な顔をしていた山田の顔が変わったのは、徐々にエスカレートして少しずつ撫でる手が下の方へ向かっていったとき。骨盤あたりに辿り着いた時のことだった。
「ちょっと本当に」
「?」
ずっと目を合わせてこなかった山田と目があった。きょとんとしている顔は、何を考えているのか検討もつかない。骨盤の出っ張った部分を何度も往復したあとスッと手を抜いた。一体何だったんだろうと怪しく思ったのも束の間、背後から再び手が侵入したかと思うと、下のスウェットに手を突っ込まれた。
「きゃああああああ!!!」
私の叫び声に驚いたのか、山田も手を引き抜いた。
「茜ちゃん!?」
「あっ、虫が……」
「虫嫌いなんだ茜ちゃん。ん?虫?」
冬に虫が出るという矛盾をフォローする余裕はなかった。山田に、お尻を触られたのだ。しかも、下着越しでもなく、直で。
「茜さん、なんで」
山田のスウェットを汚した罪悪感、山田にパンツを穿いてないことを知られてしまった羞恥心、様々な感情が渦巻き私の頭の中は混乱してしまう。
「穿いてないんですか?」
過去一番に顔が火照っているに違いない。今すぐこの部屋から走り去りたかった。
山田は立ち上がると私の腕を引いてベッドまで向かうと、私を頭から布団の中へと入れた。視界が急に真っ暗となり、驚いて布団から顔を出すと不機嫌そうな山田に再び布団を被せられた。山田の足音は離れていき、私はどうしたらいいかわからなくなる。
「谷さん、もうまじで帰ってください。俺本気で怒りますよ」
「山田くんこわぁぁぁい。俺寝るからさ!もう邪魔しないから許して!」
「あ!ソファーで寝ないでくださいよ!」
二人の会話が終わり、山田が歩き回っているのを布団の中から聞き取る。しばらくして足音が近づいてくるのを感じた。
再び布団を捲られて光が差し込むと、山田と目があった。ギシリ、と音を立ててベッドの上へと乗り上げた山田は、近くにあったリモコンに手を伸ばすと、一切の灯りが部屋から消えた。それでも、山田と目が合っているのはわかる。同じ布団に入っているという状況に、布団の外から聞こえてくる谷さんのいびき声が小さく聞こえるほど、自分の心臓の音がうるさい。
広すぎないベッドの中で逃げ場は残されていなかった。下半身を山田の足で挟まれて拘束されると、顔が近づいてきて思わず目をつぶる。
「パンツって穿かないんですか?」
耳元で囁かれた声に、暗闇で顔はあまり見えないだろうにも関わらず両手で顔を覆いたくなった。そうしないとこの羞恥心に耐えられそうにはなかった。
「いつもはちゃんと穿いてるよ!間違えて洗濯しちゃったんだよ!!!」
「ふーん、そういうことですか」
「あ、あのだからこの着替えは私に買い取らせてもらえると」
「別にそんなの気にしなくていいっすよ」
「気にするってば」
下着を身に着けていないからか、妙に落ち着かない。そしてこの近すぎる距離は、先程のキスと手の感触と横腹を撫でられた指先を思い出すには充分すぎるほどの刺激だった。
「茜さん」
「なに!?」
「上も?」
食い気味に聞いてくる山田が憎らしくて体を反転させ俯せになる。山田は自分が思っていたよりも男だったらしい。
シーツから香る山田の匂いに更に落ち着かないと思っていると、先ほどと同じようにトレーナーから手を入れられて、今度は背中に沿って上へと手を動かされる。
「ふうん」
山田の納得したような声に、何を確認したのかは聞きたくなかったので敢えて何も言わなかった。手を退かそうと体をバタバタさせると体重を更に掛けられて後ろから覆いかぶされる体勢になっていた。
山田は俯せになった私の肩口に顔を埋めると、首筋に鼻を擦りつけてきては、唇を触れさせてを繰り返した。熱い吐息を首筋に感じて頭がおかしくなりそうだった。
「茜さん」
山田が私を呼ぶ低い声と、自分の破裂しそうな心臓の音と、谷さんのいびきが山田の部屋の中で長い時間、音を立てていた。
おわり
嬉しい!本編では読めなかった山田の反応をここで読めて幸せです(*´艸`)
>momoさん
ありがとうございます♡全て妄想ですがね(*´ω`)こうであったらいいなと思ってしまいますw