関わるのはゲームの中だけにして

 

22時が過ぎた時刻、駅までの僅かな街灯の下を歩く男女がいた。

木ノ下茜はバイトの忙しさからようやく解放され、早く家に帰ってバイト前に干した布団の中で眠ることを楽しみにしていた。

バイトを終えて、ちょうど上がり時間が同じだった長谷川と駅に向かって歩いていると、長谷川に断り続けているFOSの別ギルドへの勧誘を再び受けてしまう。

「だから木之下さんも気に入ると思うんだよね」

「いやでも私、今のギルド気に入ってるからさ!」

「チョコレートラビット?だっけ?彼氏もいるから?」

彼氏はもちろんだけど、ギルドのメンバーが好きだからということをどうしたら分かってくれるんだろう、と茜はから笑いした。

「あかねっち〜♡」

困惑したタイミングを見計らったかのように、二人の背後から茜に声を掛けた男がいた。その更に後ろには、深く被ったフードの影に顔を隠した男も立っている。

「あれ、瑛太くん!と、山田!今日は二人でご飯行くって言ってたよね?」

「そう〜♡そんで、あかねっちのバイト終わりの時間に合わせて迎えに来た♡」

「え!ありがとう!」

両手を合わせて茜と共にはしゃぐ男を見た長谷川は、彼氏に度々邪魔をされてギルドへの勧誘が上手くいかないな、とため息を吐いた。

ふと、長谷川は強い視線を感じて茜から「山田」と呼ばれていたもう一人の男の方へ顔を向けると、ポケットに手を突っ込んだまま不機嫌そうな顔をした男は稀に見る美青年だということに気がつく。どこかで見たことがある顔だと長谷川は思った。

「アンタ、誰?」

瑛太とは対象的な敵意剥き出しの声のトーンに、閃いたように声を上げる。

「あぁ、木之下さんの!」

浮気相手か、という言葉を長谷川は飲み込んだ。一度、街で二人が寄り添い、茜が山田に腕を回している姿を見たことがあった。まさか、彼氏の友達にまで手を出しているとは、と茜の想像以上の男たらしぶりに驚いた。

「は?」

「あ、すみません。木之下さんのバイト仲間です」

彼氏さんが心配するようなことは、と瑛太に向かって顔の前で手を振ると、瑛太は茜の手を握ったまま先程からの笑顔を崩さない。

「えーでもこんな暗い道に二人だと、あかねっち可愛いから俺心配しちゃうー♡」

「もう何言ってんの瑛太くん!」

「な!お前だってそう思うよな?」

未だ長谷川から視線を外さない山田に、瑛太は同意を求めた。それは彼に聞くべきではないだろう、と長谷川は他人事のように思いながら様子を伺う。

「…俺は別に」

「もう照れちゃって♡」

長谷川は、茜に振り回されているであろう山田に同情心が芽生えた。好きな女が彼氏と一緒にいる姿を見るのは辛いだろう。そしてどこか知り合いに似ている容姿をした山田を勿体ないと思った。

「俺もFOSやってるんです」

「へえ、もしかしてエスピオンの人?」

「あ、知ってるんすね」

「うん、よく知ってる♡」

瑛太は含みを持たせたような顔をしていたが、長谷川には何を言いたいのか読み取ることはできなかった。なぜか話し方も好きになれず、茜の恋人とは言え素直に応援したいと思えない男だと思った。

「じゃあまた画面越しで会うかもですね、木之下さんの彼氏さん」

長谷川は口元に笑みを浮かべて、敢えて瑛太を挑発するように振る舞った。そして不憫な男、山田の方へも顔を向ける。

「木之下さんのお友達さんも」

「友達じゃないんですけど」

即答だった。茜との関係性を友人と呼ぶことを許さない、冷たい声だった。

「ああ」

長谷川は山田に近づいてフード越しの耳元でそっと囁いた。

「浮気相手さん」

細い目を一瞬見開いた山田は、長谷川との距離を更に一歩詰めて至近距離で彼を見下ろす。しかし長谷川は薄ら笑いを浮かべて言葉を続けた。

「木之下さんなんかより、もっと良い女紹介するけど?」

なぜ長谷川がこういう類の話を持ち掛けてくるのか、山田には理解ができなかったが、考えるよりも先にポケットから左手を出すと長谷川の襟元を掴み上げた。

「さっきから何、勘違いしてんすか?」

険悪なムードにやっと気付いた瑛太が駆け寄り、山田と長谷川の間に無理やり体を割り込ませると、山田の手を外した。

茜はただ一人、状況把握ができず、三人を順番に見つめてはオロオロと混乱するだけだった。

「な、何が起こってる?」

山田は瑛太とともに茜を迎えに行った先で見かけた、茜の隣にいた男が必要以上に体を寄せて話している姿が目に入り不快感を覚えた。

「もっと良い女紹介するけど?」ーーーそして、この一言で初めから抑えきれていなかった感情が爆発した。自分には、茜以上の人なんて知らないし、この先知りたくもない、と。

 

 

「やーまーだー?おーい?」

「あ、すみません」

繋がれた手を思い出したように握り返し、心配そうに顔を覗き込む茜を見た。

あれから、「秋斗はあかねっちと同じ方向なんだからそっちの道から帰りな〜」と瑛太に切り離された二人は茜の家に向かって歩いていた。長谷川は、なぜ?という顔で瑛太を見つめたが、瑛太はそれ以上何も言わず手を振って駅の方へと消えていった。

「ごめんね、わざわざ私のバイト終わりの時間に抜けてもらっちゃって」

「いや、瑛太さんの話聞くだけなんで」

いつも口数の少ない山田とは沈黙になることもよくあるのだが、先程の不機嫌そうな顔をした山田が脳裏にチラつく茜はその理由が気になってしょうがない。

「長谷川くん、良い人なんだけど最近別のギルドにしつこく誘ってくるんだよね」

「へー」

素っ気ない返事が別の男といたからだということは無いだろう、と茜は思った。山田はそういう感情に疎い男だった。いつも通り、深く考えずに頭に浮かんだ話をすることにした。

「ゆいちゃん、いたでしょ?あの子と同じギルドらしくて」

「誰すかそれ」

「もう!ちょっとは覚えてよ!」

山田は全く心当たりが無いのか、それは表情にも現れていた。茜は山田とギスギスしたくはないが、少しくらい自分が好かれていることを実感したくて、歩みを止めて山田の前に回り込む。

「彼女が別のギルドに誘われてるんだよ!嫌でしょ!?」

突然の大声に驚いた山田は目を見開き、数回瞬きした。が、答えは茜が期待していたものではなかった。

「俺は別に一緒のギルドじゃなくても」

「…!!!山田の馬鹿!ここは嘘でも一緒がいいって言うところなの!」

「?」

茜はまさか一緒のギルドじゃなくてもいいと言われるとは思わなかったのでショックを受ける。確かにレベルが弱く、山田にとって旨味はないのかもしれないが、二人の出会ったFOSで、あのゲーム内で既に数え切れない思い出がある茜は悲しくなった。

茜の目には涙がジワリと溢れてくる。しかし、大人の女は泣かない!と自分を鼓舞し、零れ落ちないように耐え抜いた。その時、山田が茜の頬に手を触れ、だって、と言葉を繋いだ。

「だって別に一緒のギルドじゃなくたって、この関係が変わるわけじゃないし」

目線を合わせるように屈み込む山田は優しい表情で茜を見つめた。

「会いたいときに会えるし、さわれる」

そして山田は茜の背中に腕を回すと、茜の首元に流れた髪に顔を埋めた。突然の行動に恥ずかしくなった茜は身動ぐが、身体を動かしただけ、回された腕の力が強くなり固定されてしまう。

山田の体温の心地よさから、気の済むまでこのままでいてもいいかも、と思った茜だったが、足元で犬に吠えられると飼い主と目が合ってしまいすぐに思い直した。

「や、やまだ、見られてる」

「んー」

二人でいる時だけ甘えてくる山田をもっと堪能したい、でも先程からすれ違う度に人に見られている、その葛藤に悩まされる茜であった。

しばらくして、茜を拘束していた腕が解かれると、再び顔を覗き込まれた。名前を呼ばれた茜は、はいと一つ返事をする。

「関わるのはゲームの中だけにしてください。さっきのあの人も、よくわからない女も」

「よくわからない女…?」

「茜さんには関わってほしくないです」

真面目な顔をしてる山田に、もしや少しは嫉妬心なるものが芽生えたのかと茜は考えた。しかしそう尋ねたらまた見当違いなことを言われるかもしれない。それなら勝手にそう思うことにしよう、と口元を緩めるに留めた。

「コンビニ寄ってもいい?山田もうちでプリン食べていかない?」

コクリと素直に頷いた山田が可愛くて、背の高い山田の頭に手を伸ばしてポンポンと叩いた。

そういえば、さっきまでなんで山田は長谷川に掴みかかってたんだっけ、やっぱり嫉妬心?と茜は再び気になってしまうが、先程の決意を無駄にするなとグッと堪えた。

まだまだ続く今日という夜の内に、聞き出してしまうかもしれないが。

「独り占めできたらいいのに」

山田から発せられた小さい声は、二人を横切った車の音に掻き消されて茜の耳まで届かなかった。

 

 

おわり

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