この前好きだって言ったんですけど、覚えてますか?

 

『……それ描いた人知ってる。……山田くんの好きな人、だね』

手の甲に描かれたキャラクターを見たクラスメイトから指摘される。

『好きな人』、これまでの人生でそう呼べる人間はいなかった。

その人との出会いは決して良いと言えるものではなく、痴話喧嘩に巻き込まれた挙句、酔っ払いと化して介抱する羽目になったあの日が懐かしく思えた。その一日限りで終わるはずだった関係が、何かの縁で度々引き寄せられて、気が付けば幼少期の頃に傷つけた少女の心情までも紐解かれ自分の行いを肯定された頃には、胸の内からどうしようもなく溢れてくる好意を認めざるを得なかった。

『はい』

思い浮かぶのはいつだって眩しい太陽のような笑顔。人付き合いが苦手な自分には手の届かない存在であるのに、もっと彼女のことを知り、近づきたいという欲は日に日に増していくばかりだ。きっとこんな情けない部分を見せることになっても、彼女は正面から受け入れてくれるんだろうな、とぼんやり考えながら誰も居ない自宅へと向かった。

 

この前好きだって言ったんですけど、覚えてますか?

 

「お世話係きたー!!」

「あっくんおそーい!!」

「待ってたよ秋斗くん~」

数年ぶりに会うわけでもあるまいし、ここまで歓迎されていることに悪い予感しかしなかった。今日はギルドメンバーの忘年会が焼肉屋で開かれていて、予定があり少し遅れて参加したのだが。

かっかっかっ、と不規則に鳴り響くヒールの音が背後から近づいてくるのを感じて振り返ろうとしたその時。

「山田だぁーーーーー!!」

聞き馴染んだ声が聞こえてくるのと同時に感じる背中への重み。振り返ると、いつの日か見たことのある酔っ払いが顔を真っ赤にして背中に全体重をかけてきていた。

「山田さんあとはよろしく」

いつもべったりな瑠奈さんから見放された酔っ払いは歩くことすら覚束ない。想像以上に細くて柔らかい腰に腕を回すのはこれで二回目になる。靴を脱がして座敷へと連れて行くと、まだ手の付いていない綺麗な席が奥にあり、その隣に悲惨な状態と化した席が見えた。席へ座らせると、隣でゆらゆらと揺れ動くのが視界に入る。人が一人座れる分の距離は空けたのに、すぐに距離は詰められて右腕に重みがかかる。

「茜ちゃん、それじゃあ秋斗くんが食べれないからこっちにおいで」

「はぁーい」

フラフラになりながら、反対隣りに座る鴨田さんの席へと向かおうとする茜さんの腕を咄嗟に掴み、その場に留まらせる。

「大丈夫です。俺あんま食べないんで」

「ちゃんと食べなきゃだめだよ~」

「まぁまぁ鴨田さん♡秋斗は慣れてるから♡」

右腕に全体重で寄り掛かられて、重いはずなのに嫌ではないと感じている自分の心境が、数か月前とは違いすぎて不思議だった。

「茜さん、まだ食べますか?」

焼いた肉を茜さんの口元まで運べば、あーっと声を発して口を開いた。口を開けながら肉を待っている抜けた顔が可愛くてしばらく眺めていると、いつまでも肉が口の中に入れられないことに気付いた茜さんが、自ら肉目掛けて箸に被りついてきた。

「美味しいね」

「……」

幸せそうに食べる茜さんの顔をもう一度見たくて、その後も何枚か肉を焼いて茜さんの口へと運んだ。何度与えても美味しい、と呟く茜さんを見ていると自然と口元が緩みそうになるのでグッと堪える。

「本当にお世話係になってるなぁ」

そう声を掛けてきた瑛太さんの声は聞こえないフリをした。

 

* * *

 

「のどがカラカラだぁーここはさばくかなー♪」

わけの分からない歌を口ずさむ茜さんの手を引き彼女の家へと向かう。

この柔らかくて温かい手を手放すのが名残惜しい。水を買い、溝に挟まったヒールを取り、何度か繋いだ手は離したのに。手を離す機会は何度もあったのに、まだ繋いでいても良いと茜さんが言っているような気がして、再び手を取った。

振りほどかれないことを良いことに、茜さんが同意していると自分自身に言い聞かせて、親指で手の甲を撫でた。すると酔いが回っているはずの茜さんの視線を感じて、視線を投げ返す。ボーっとした眼差しは相変わらず何を考えているのかわからない。

「山田」

「何ですか?」

「さては山田、私のこと好きだな?」

突然の言葉にドキッとして、心拍数が上がり鼓動が大きく聞こえるようになった。茜さんの表情は先ほどから全く変わっておらず、冗談を言っているのか本気なのかは読み取れない。

「…酔っぱらってますよね?」

「山田が私のことを好きなんじゃないかって錯覚するくらいに酔ってる~あはは」

ホッとしたような、残念なような気持ちが押し寄せる。

気が付けば茜さんのマンションまで辿り着き、あっという間に部屋の前まで来ていた。

「ありがとー気を付けて帰ってね」

部屋に入るまでは心配だから見届けよう、そう思い家の鍵を取り出す茜さんを見守った。そんな俺の視線に気が付いたのか、茜さんは鍵を差し込みながら俺の方を見る。

「はいはい、私のことが好きなのはわかったから」

「……好きです」

「うんうん、え?」

帰り道、ずっと口に出そうとして思い留まった言葉をやっとの思いで吐き出した。長い時間我慢をしていたからか、言ってしまえば恥ずかしいという気持ちよりも満足感が押し寄せてくるのを感じた。目をきょとんとさせた茜さんは何やらよく聞き取れない言語を呟いていた。

「好きです、俺、茜さんのこと」

「え、えーと、今私酔ってて……」

「多分明日朝起きたら覚えてないと思いますけど、また言います」

そう、きっと前回も記憶を喪失した茜さんのことだ、俺の告白なんて些細な事、きっと覚えていないだろう。それでも良かった。今日募った茜さんへの好意を伝えることができたのだから。そしてまた明日から蓄積されていくであろう茜さんへの気持ちは、感じた時にまた伝えればいいのだ。

「おやすみなさい」

鍵を開けたことまで確認したので、俺は茜さんへ背を向けて自宅への道を歩いて行った。

 

* * *

 

プルルルルルルル

「はい」

『山田~今日の18時頃私のバイト先寄れる?』

「大丈夫っすけど」

『またお弁当作ったの!夜ご飯にでも食べて!』

「毎度すみません」

茜さんから呼び出された俺は言いつけ通り18時にコンビニの前で待つ。12月は日が落ちるのも早く、既に真っ暗で街灯が照らされていた。

「山田!お待たせ!」

「お疲れ様です」

はいっと弁当箱を渡されたのでお礼を言いながら受け取ると、指先が触れてしまった。ぴくっと茜さんの指が反応するのを感じて、あの日は手を繋いでいたのに何を今更、と怪訝な目で見てしまう。茜さんは目を逸らしてスタスタと前に進んでしまう。

「じゃあこれで!」

「家まで送りますよ」

「いいよ!悪いし!」

街灯の少ない茜さんの家までの帰り道を思い浮かべて、このまま弁当だけ貰って別れるのもなと思う。

「いいから」

家まで送ることを渋る茜さんの手をこの前のように握って引くと、茜さんは目を見開いた。

ーーーああ、満たされる。

手を繋いでいるだけなのに。この前と違うのは、茜さんが酒を飲んでいないこと、そして手を握り返してこないところだった。先ほどまで饒舌だったのに急に一言も発しなくなった茜さんを不安に思い顔を覗き込むと、真っ赤な顔をした茜さんがいた。

「どうしたんですか?」

「あ、いや……その、手が」

「手?」

「その、男の人と手を繋いだのは久しぶりなので、緊張してしまっているというか。あ、初めてではないんだけどねっ!?」

その言葉にムッとして繋いだ手に力を込めた。元彼のことを言っているつもりかもしれないが、もちろん初めてではないことは知っている。だって数日前に俺と繋いでいるのだから。

「茜さん」

「なにかなっ!!」

「俺、この前好きって言ったんですけど、覚えてますか?」

「えっ、ええ!?」

覚えていなくても良いとは言ったものの、少しでも覚えていればという期待は見事に打ち砕かれて、大きなため息を吐いた。わかっていたことだった。告白した翌日に普通に電話がかかってきたことを思い出す。

『昨日のお肉、美味しかったね~』

中身の全く無い会話からはどこまで記憶があるのか聞き出すことはできなかったが、告白の記憶があればもう少し違う反応をしているはず、と諦めの感情を抱いたことを思い出す。

「まあ、覚えてなくても良いって言ったんですけどね」

「あ、その…確かに山田から告白される夢は見たんだけど…」

「夢じゃないんですけど…」

あの日のことが自分だけの記憶になっていないことに僅かな喜びを感じるも、まさか夢扱いされていたとは。

「好きです」

「や、山田は女の人に興味がないというか、苦手なんだと…」

そうだ、何を考えているかわからない女という生き物は苦手で、極力関わらないようにして生きてきた。その長年の心の楔をたった数か月間で解きほぐしたのが自分だとは思ってもいないだろう。

「茜さんと出会って、初めて女の人を好きになりました」

「……」

「別に付き合ってほしいわけじゃないです。ただ、俺の気持ちを知ってほしいだけなんで」

「……」

俺のどんな気持ちも受け止めてくれると思っていた茜さんから何の言葉も出てこない。突然のことに頭が追い付いていない、だけだと思いたかった。

繋いでいた手をゆっくりと離して、もう何度目になるかわからない茜さんのマンションまで向かう。

「茜さん、お弁当有難うございました」

「……なんだ」

「はい?」

「……私と付き合うと重いらしいんだよね。だから、私と付き合うとまた女の人に幻滅しちゃうかも」

俯きながら聞き取りづらい消え入りそうな声で呟いた茜さんの声を、俺は聞き逃さなかった。

「多分しないと思います。どんな茜さんも好きです」

「いや、わからないじゃん!現に浮気されて振られてるんだよ私!!」

「重い、がどういうものかはわかりませんが、それだけ茜さんの好意を受けれるなら、良いことだと思います」

「え…でも本当に…」

「酔っぱらってゲロ吐いた姿だって見てるし」

「あっ!それはもう本当に!言わないで!!」

崩れてしまった空気を元に戻すように、引き寄せて腕の中に閉じ込めた。すると騒がしかった声は急に静かになり、硬直した茜さんが俺の腕の中に収まった。これは受け入れられたと捉えていいのだろうか。そう思いたい、と腕に力を込めて、まだ人通りの消えないマンションの前にも関わらず茜さんの体温を感じ続けた。

「……朝、起きたら電話する」

ーーー受け入れられた。まだ好意を向けられなくてもいい。俺の好意を受け取ってさえくれれば、それで充分だった。

茜さんがどんな顔をしているのか気になって、両腕を離して両手を頬に添えて上を向かせると、先ほど以上に顔全体を赤らめた茜さんを見ることができた。赤くなった頬、耳を順番に触れていく。そして、最後に最も赤い唇を何度も往復する。

ーーー舐めたい。

さすがにそれは茜さんに受け入れられないだろう、と理性でグッと堪える。

「俺からします、明日、朝起きたら」

好きな女の人が、自分の好意を受け入れてくれた。こんなに嬉しいことはない。

あちこちから視線を感じたので、名残惜しくも身体を離して明日からの約束を交わす。少しずつ、茜さんに好いてもらえるように努力してみようか。

 

終わり

 

◆補足
茜ちゃんは無自覚と言いながらも敢えて山田のことは好きにならないようにしていた描写が多く見られたので、この後は41話に合流です!w

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