それはもうしました

 

好きでもない女が風邪を引いたからといってわざわざ家まで様子見に来るなんて、そんな話は下心でもなければ成立しないだろう。親友がハマってしまったネトゲで、イケメンと運よく出会い、そのイケメンが親友のことを好きなのではないかと第三者の私が勘づいたのは、この話を聞いた時だった。

いくら友人の体調が悪いと聞いても、一言メッセージを送ったりするくらいが普通の距離感というものだろう。私ならどれだけ仲が良くても本人から呼ばれない限りは家まで様子を見に行ったりはしない。ましてやネトゲで知り合って数か月の異性である。親友が熱が出ると重症化しやすい子だと知りながら、熟睡していた私の立場はどうなるんだ、という話だ。

「やっと私との時間を作ったな」

「ごめんごめん!バイトが忙しくてさ!」

「ふーん、数か月ぶりに彼氏ができたからまた彼氏優先になったんだと思ってましたー」

「そこは学習してるから!!!」

親友である茜に彼氏ができたと聞いたとき、そこまで驚きはなかった。結局看病に来たというアレは、男の好意から来るものだったのか、と答え合わせができてスッキリしたという気持ちのほうが強かった。

今日は茜に彼氏ができてから初めてゆっくり時間が取れるということで、講義終わりに焼肉屋へと入っていた。現在の時刻は18時前で店内には私たちくらいの年齢のグループが数組いる程度だった。当たり前のようにビールを注文して乾杯すると、目の前に並べられた赤い肉たちを焼く前に、口を動かした。

「で、どこまで進んだの?」

「え!?進むも何もないでしょ!山田だよ!?」

茜は彼氏である山田くんのことを無自覚に優しいとか、無自覚にドキドキさせてくるとか、「無自覚」というワードを時折使い、彼が男女のアレコレに興味が無いと思い込んでいる節がある。しかし、私はそうは思わない。茜が無理やり迫り付き合わせたのならまだしも、山田くんから茜に対して付き合いたいと申し出たのだ。無自覚、ではないだろう。

「アンタ、山田くんのこと何だと思ってるの?好きだって言われたんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「きっとあの澄ました顔の裏で、茜とあんなことやこんなことをしたいと思って夜な夜な過ごしてるのよ」

「山田はそんなんじゃないってば!」

火に近づきすぎたのか、というくらい顔を真っ赤にしている茜は、テーブルの上に置いたスマホが振動していることに気が付き、目を輝かせて私の方を向いてきた。

「あ、ちょっと電話だ!出てもいい?」

「どーぞー」

逃がすもんですか、という意味を込めて微笑むと茜は目を逸らした。私はその間に肉を網へ並べて火を通すことにした。しばらくすると食欲をそそる匂いが鼻を掠め、程よく色づいてきたのでそれぞれの皿へ肉を置いていく。

「え?今は桃ちゃんと焼肉食べに来てるよ」

ありがとう、と片手を顔の前に挙げた茜の通話相手は、どうやら私も知っている人間らしい。

「あーお酒も飲んでるけど。うん、そんな遅くはならないと思うよ」

今の会話でピンと来る。酔うと記憶を無くしてしまう茜を心配する人物は、私が知る限りでは一人しか居なかった。どうせ、塾が終わった後にでも時間が合ったら会おうと思って電話を掛けたら、酔うとにゃんにゃんしちゃう可愛い彼女がお酒を飲んでると知って心配でしょうがなくなっているというところだろう。元々、風邪で看病しに行ってしまうほど茜に対しては心配性だった男だ。彼氏になって誰よりも心配する権利を与えられたであろう彼は、話を聞いた限りでは頻繁に彼女を迎えに行きたがっているようだった。

「ココに呼んじゃいなよ、心配してるんでしょ彼」

私の提案に嫌な予感がしたのだろう、茜は引き攣った顔を見せたが、電話越しの相手からも強い要望を受けたからか、渋々焼肉屋の店名を電話越しに告げて通話を切った。さて、彼の塾が終わるまであと数時間はある。これまで聞けなかった話を隅から隅まで白状させてやろうではないか、と私は自分の口元が緩むのを自覚していた。

 

* * *

 

「どーも」

21時を回った頃、自分の周囲では見ることのない部類のイケメンが目の前に現れて、私に声を掛けてきた。スラっとした高身長に、進学校の制服を身に纏った男子高校生は声を掛けてきた割には嫌そうな顔をしている。こんなイケメンなら年下も悪くないわね、なんて思っていた。酔いが回っていたためか、目の前のイケメンが待ち望んでいた親友の彼氏だということに気付くのが遅れてしまう。

「やーまーだー!」

既に出来上がった茜は山田くんを自分の隣へ座らせると、メニューを開いてニコニコと話しかけている。

「またそんなに飲んで」

一方で素面の山田くんは茜に対して呆れた様子を見せながらも、彼女の話に耳を傾け、彼女が薦めたメニューを注文した。そういえば、21時に塾が終わると聞いていたのに、まだ15分しか経っていない。

「桃でーす。それにしても早かったね、ここ塾から近かったんだ」

「…まぁ、ハイ」

茜から話は聞いていたものの、向かいに座っているのに目は合わないし、相槌も必要最低限しかない。これではいくら顔が良くても仲を深めるのは至難の業だな、とそんな男を数か月で攻略した茜の恋愛スキルに改めて感心する。

「帰り道心配して迎えに来てくれるなんて、良い彼氏じゃない!」

「大丈夫って言ってるのに、山田優しいから」

「茜さんが危なっかしいだけです」

お姉さんがよしよししてあげよう、と茜は言って彼の頭を撫でた。酔っ払いに頭を撫でられた山田くんは前髪が長いために表情を確認することはできなかったが、髪が乱れるほど激しく動かす茜の手を振りほどくことはしなかった。

「たくまは茜よりゲーム優先だったもんね。茜が飲み会で終電逃しちゃったときもさー」

「……」

何も考えずに茜と二人でいる時の感覚で発してしまった言葉に自分でも焦ってしまう。彼氏の前で元カレの話はいくら親友カップルとは言え良い気はしないだろう。何も反応無く黙り込んでしまった茜を確認すると、寝息を立てて隣にいる山田くんの肩へ頭をもたれて、全身を彼へ預けていた。

「ごめん、ちょっと無神経だった」

「なにがっすか?」

「あ、気にしてないならいいの」

そうそう、彼は無自覚彼氏なのだ。彼女の元カレが、過去に彼女と何をしてようが―――。

「いや、本当に気にならないの?たくまって茜の元カレだよ?」

「何回か会ったことありますよ」

「え、そうだよね?茜がどんな人と何してたのかとか気にならない?」

「……別に、興味ないっすね」

「あ、そう」

何か余計なお世話を働いてしまった気がして、心の中で茜に詫びる。すると、私の色々と言いたげな気配を察したのか、私の質問に対して必要最低限の返答しかしてこなかった山田くんは少し口を開いた。

「茜さんが気にしてないから、気にならないのかもしれないっす」

「ほーう」

「まぁ、あの人みたいに茜さんを泣かすことはしたくないって思ってます。守れるかは別として」

「それは良い心構えじゃない」

親友として君を彼氏だと認めよう、と手を指し伸ばすも、華麗にスルーされて、彼は更に言葉を続けた。

「あんなに泣いてたのに、泣くくらいあの人のことを好きだったはずなのに、もう今では引きずることもなく」

山田くんにとっては、茜が元カレを綺麗サッパリ忘れることは良い話のはずなのに、そうとは思えないほど陰のある表情を浮かべた彼に疑問を抱く。

「山田くんにとっては良いことでしょ?」

「そうすけど……」

一体何を考えているか分からない山田くんは、自分でも何が言いたいのか、どういう感情を抱いているのか表現することができないでいるように見えた。しばらくの沈黙の末に、考えがまとまったのか彼は途中で途切れた話を続ける。

「あの人のときみたいに、いつか、茜さんの好意が消えるかもしれないと思うと、恋愛ってやっぱり難しいなと思ったり」

「は、ハァ?アンタたち付き合ってまだ1か月経ってないでしょうが!山田くん深く考えすぎ!」

「…はぁ」

思わず発してしまった反論に怪訝な顔で相槌を打たれて少しイラっとくる。恋愛経験ゼロ、それは間違いないかもしれないと心の中で思った。それから私も眠気が襲って来て、ウトウトしてしまい会話はそこで途切れてしまう。もっと彼には聞きたいことがあったはずなのに。本当に茜のことが好きなんだよね、とか。どこを好きになったの、とか。でも、そんなもの先ほどの重い悩みだったり、聞かなくても見てれば分かるくらいに分かりやすく態度で示されていた。

変わらず山田くんの肩に寄り掛かるようにしていた茜が、寝ぼけて口に含んでしまった自分の髪の毛を山田くんが元の位置へと戻すと、乱れてしまった髪をまっすぐ整えるように二、三度指で梳かしていた。自分の髪が乱れても直しもしないくせに。どれだけ茜のことが好きなんだこの子は、と茜を優しい眼差しで見つめる彼に、これが例の無自覚ね、と茜との会話を思い出す。

「茜、山田くんは恋愛に疎いから私がリードするって言ってたよ」

「はぁ……」

私もこの能面の表情を崩したくなって、再度話しかけてみることにした。果たして、どうしたら彼は焦ったり驚いたりするのだろうか。

「君だって健全な男子高校生だもんね?ここは男らしくぶちゅーっとキスくらいかましてやんな!」

「……それは、もうしました」

「えっ!?はぁ!?」

突然のカミングアウトに私のクールな表情が先に崩れてしまう。今日一番の大声に周囲から冷たい視線を浴びてしまっているのも感じるが、今はそれどころではない。

「ちょっと茜!起きろ!!!聞いてないぞ!!!」

「ううーーーん」

必要最低限の返答しか無いのが山田くんの会話の特徴ではあるが、質問に対して全て律儀に答えてくれることに気付いた私は店から追い出されるまで彼を拘束し、茜から聞き出せなかった数々の話を知ることに成功したのだった。

”既に二人はチュー済”

最近知り合ったもう一人のイケメンにそっとメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。

”あとは俺にまかせて♡”

 

おわります

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