山田くんだって嫉妬する -ゲーマー大学生編-
「秋斗」
「なんすか」
今日も瑠奈さんの家庭教師のバイトを終え、瑛太さんが部屋までお菓子とゲームを持って現れたので、3人でダラダラと過ごしていた。平和な時間が崩れたのは、突然の瑛太さんの言葉からだった。
「なぁ、なんかあかねっちが大学の友達をギルドに入れたいんだって」
「へえ……別にいんじゃないすか」
「え!!!嫌だよ!!!」
茜さんの周りにFOSをやっている友人がいるという話は初耳であったが、瑠奈さんのように今のメンバーにこだわりを持っているわけではなかったのでどっちでもいいというのが素直な意見だった。
瑛太さんの次の一言を聞くまでは―――。
「しかも男だなこれは」
ピクッと身体が反応してしまったような気がする。突然の広がる不快な感情に戸惑いを隠せなくて、軽く胸を擦っていると瑛太さんと瑠奈さんは話を続けていく。
「男を入れたいって茜さんが言ってるの?」
「いや、名前が”きのこくん”だから男かなーって」
茜さんに男の友達がいたって何も可笑しくはない。ただこれまで自分が把握している彼女の交友関係が狭かったというだけだ。それでも、茜さんの隣に知らない男がいるというだけで―――
「俺は別にいいけど、あっくんが嫌なら断るよ?♡」
「何で俺なんすか」
「それはお前が」
「瑠奈はいや!!!!!!」
大きな声で叫んだ瑠奈さんの声に鼓膜が破れそうになる。彼女の茜さんへ対する独占欲は異常を極めているといっても過言では無い。どこ経由で耳にしたかはわからないが、俺と茜さんが付き合った後の瑠奈さんからの妨害は一度や二度の話ではなかった。
「瑠奈は別に男ならいいだろう?」
「瑛太みたいにネナベの可能性だってあるでしょ!!!!!!」
前科のある瑠奈さんを呆れた顔で見つめる瑛太さんに噛み付く瑠奈さん。面倒ごとに巻き込まれる前に退散すべきだということは分かっていたが、茜さんの男友達をギルドへ入れるのか入れないのか、その結論を聞いてからでないと、と思った。
「茜さんに聞かないと!!!まじ無理!!!茜さんの友達とかまじで無理!!!!!!」
鬼のような形相をした瑠奈さんは狂ったようにゲーム機を放り出してスマホの置いてあった机へと向かう。
「もしもし?茜さん?今どこ?……え?……大学出たからもうすぐ駅?わかった今から瑠奈が駅に行くから待ってて!」
今までゲームを途中で放り出して外へ出かけることがなかった瑠奈さんの行動力に、本当に彼女は茜さんによって性格が変わったんだなと思った。
瑠奈さんはクローゼットからコートを取り出し羽織ると小さいカバンを肩に掛け戦闘態勢を整えたようだった。
「瑠奈、これから茜さんに友達はどういう奴なのか聞いて、ギルド入れないように説得してくるから」
「お前、そんなこと二度とするなって言ったよな?」
瑛太さんの言葉に目を逸して唇を尖らせた瑠奈さんに、これはもう既に何度か実行しているのではと察した。瑠奈さんは誤魔化すように俺の方へ身体を向けて声を掛ける。
「山田さんも行くよね?」
「いや瑠奈さん、本当にそういうのは良くないですから」
「茜さん取られるほうが無理!山田さんそれでも本当に彼氏なの!?茜さんとの時間減っちゃうかもしれないんだよ!?」
茜さんと過ごす時間が減るのは嫌だったが、それを自分なんかが主張する権利があるのだろうか。これはいわゆる束縛なのではと考えていると、瑠奈さんから腕を強引に掴まれる。
「本当にもう……秋斗、瑠奈が暴走しないか見てやってくれ。俺これからバイトだから」
「ハァ……わかりました」
こうして俺は瑠奈さんに無理やり引きずられて、茜さんを目指して駅まで向かうことになったのだった。
* * *
駅へ着くと、茜さんがすぐ視界に入ったが、彼女の隣には知らない男が居た。何やら茜さんに話しかけていて、茜さんも話に応じていることから顔見知りのようだった。瑠奈さんも茜さんの姿に気づくと、茜さん目掛けて一目散に走り抜けていった。
「茜さーん!」
瑠奈さんに呼ばれた茜さんはパァッと顔が明るくなって、両手を振って出迎えた。俺にも気付いて笑顔を向けてくる。
「瑠奈ちゃんお待たせ!あれ、山田まで!」
「さっきまで瑠奈さんのカテキョしてたんで、付き添いで」
気になる隣の男は長い前髪で顔は良く見えなかったが、頬を少し染めて口元は笑っていた。俺にとってその表情はあまり愉快とは言えなかった。
「本当だ、兄妹じゃないね」
茜さんの傍で耳打ちした男の距離が近いことに苛立ちを覚える。すぐに茜さんが距離を取ったので二人は一歩分間隔が開いたが。
「はじめまして。木之下さんと同じ大学に通ってる佐藤です。二人とも制服だから兄妹と待ち合わせなの?って聞いてたんだ」
「「……」」
茜さんと同じ大学に通っている人間か、と男を上から下まで見回すと、瑠奈さんも同じことをしている様子で品定めをするように男を見ていた。
「あ、佐藤くん。それじゃあ私この子達と用事があるから」
そう言って別れようとした茜さんの意向を汲み取らず、空気の読めない男は話を続けた。
「三人で何するの?」
「えーと、ゲームの話かな?」
「あ!さっき話してたFOSの?俺もギルドに入れて欲しいって木之下さんからお願いしてもらったんだけど」
男はそう言って俺の方を見た。こいつか、茜さんの友達とか言うキノコは。たしかに頭がキノコのような形をしているなと思った。それにしても―――。
「何この人、馴れ馴れしい」
考えていた言葉が隣から聞こえてきたので少しドキッとした。瑠奈さんが思ったことを素直に口に出してしまったようだ。だが、悪びれる様子もなく瑠奈さんは更に続ける。
「茜さん!!!ギルドは瑠奈たちだけでやっていこうって話したじゃん!瑠奈いやだよ知らない人を入れるの!」
「え、ちょ、瑠奈ちゃん、しっ」
瑠奈さんとキノコの間に挟まれた茜さんは焦って瑠奈さんの口を抑えて、何かを懇願するような目で必死に訴えていた。
「あーっ、ごめんごめん!木之下さん取られちゃってヤキモチ焼いちゃったのかな……木之下さんも子守大変だね」
「は?」
キノコは俺たちを見て申し訳なさそうな素振りを見せたあと、茜さんに向かって同情の眼差しを向けた。瑠奈さんはそんなキノコをずっと睨んでいた。
ピリピリした雰囲気に茜さんが仲裁に入るのかと思いきや、瑠奈さんを止めていた茜さんが見たこともない形相でキノコの方へと振り返る。
「ちょっと、子守なんかじゃないんだけど」
いつも優しい茜さんの口調に珍しく棘が含まれていた。多分俺たちのことを子供と馬鹿にされて怒ってくれている。茜さんはそういう人だった。それに気が付かないキノコは茜さんの地雷を踏みまくる。
「いやいや、中高生なんてまだ子供でしょ」
「彼氏ですけど」
気が付けば勝手に口を出していた。面倒くさいから関わりたくないと思っていたのに。このキノコを早く黙らせたいという気持ちが強くなっていた。
キノコを見ると、状況を理解できていないのか目を丸くしていた。
「え?」
「俺、茜さんの彼氏ですけど」
二回伝えても、俺の言葉は信じられない様子で、キノコは茜さんの方を見てダラダラと汗をかいている。
「え???木之下さん、彼氏いないって言ってなかった?」
「そうだっけ、聞かれたときはまだ付き合ってなかったから……」
俺のことを彼氏と認めた茜さんに、突然キノコからは笑みが消えた。
「えーまじかよー興味ないFOSまでやったのにそりゃねーわー」
「??????」
自分がキノコから狙われていたことに気づいていなかった(現在進行形)茜さんは、キノコの変貌と言葉の意味に頭上でクエスチョンマークを浮かべていた。
「そういうわけなんで、離れてもらってもいいですか」
いつまでも茜さんに触れそうな距離をキープするキノコを牽制すると、キノコはわざとらしく茜さんの肩を掴んで耳元に口を寄せた。
「はぁ……木之下さん、こんなガキ共の子守に飽きたら連絡ちょうだい」
不愉快な台詞を茜さんの至近距離で囁くキノコの腕を急いで剥がして、片腕で茜さんを後ろから強引に肩口を抱いて引き寄せた。
肩越しにキノコを見ると、悔しそうな顔をして俺の方を見ていた。少し気分が晴れた気がして、無意識に鼻で笑ってしまった。
それにしても珍しく大人しいなと腕の中にいた茜さんを見ると、顔を赤くしながら困惑していた。可愛い。もっと、もっと困らせたい―――
「茜さん!!!!!!!」
茜さんを呼ぶ甲高い声に我へと帰る。いつの間にかキノコは消えてしまったようだ。
「瑠奈ちゃん、不快な気持ちにさせちゃってごめんね」
「茜さんなんであんな奴と友達なの!?」
「いやあ、友達って言うより講義が一緒でさ。ゲームの話になったからちょっと盛り上がったことがあって」
FOSをオススメしたところ楽しいと言ったので嬉しくなってしまったのだと言う。まあ“楽しい“はキノコの下心から来る嘘だったわけだが。それでも茜さんの大学にはキノコみたいなやつがいるのだと思うと急に不安に駆られた。
瑠奈さんは茜さんに対して怒りを現しながらも、茜さんの左腕に掴まり甘えていた。茜さんも満更でもない表情で、二人はハイテンションで歩みを進めていく。
一方で俺は慣れないことをしたからか、どっと疲れが降り注いできて、早く家に帰りたい気分になった。
「山田!」
そんな沈んだ心を眩しい笑顔で引き上げる茜さんは、俺に右手を差し出してきた。やれやれ、と思いながらもその手をしっかりと掴む。
この笑顔と綺麗な手はこれからも自分だけのものであって欲しいと願わずにはいられなかった。
大学生ゲーマー編 終了
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