山田くんだって嫉妬する ―年下バイトくん編―
せっかく久しぶりに彼氏という存在が出来たというのに、私は今日も大学近くのコンビニで接客をしている。年末にかけて受験生の山田は塾で忙しそうだったので、敢えてシフトを多めに入れてもらい、寂しさを紛らわせようとしたのが主な理由だった。
「茜さん」
同じ呼ばれ方でも全然違う。声をかけられたほうへと顔を向けると、少し長めの茶髪にピアスをした如何にも今どきな男子高校生が目を輝かせてこちらを見ている。
「どうかしたー?」
「この商品店長から出すように言われたんですけど、在庫がどこにあるのかわからなくって」
彼は先週から入った新人バイトだった。歳は山田と同じ高校三年生で、受験は推薦のため既に終了しているらしい。
「あ!それはね、こっち!」
「ありがとうございますっ!」
ニカッと歯を見せて笑う彼に悪い気はしない。初対面のときは見た目だけで苦手な類の人間が来たと判断してしまったが、彼は派手な見た目とは裏腹にきちんと出勤もするし、仕事に対する意欲も高かった。働いて一週間足らずですぐに他のバイトやお客さんとも良好な関係を築いく彼に、私は素直に感心していたのだった。
しばらくしてお客さんのピークも過ぎ、ほっと一息ついていると新人くんが傍に寄ってきてきた。
「茜さんって何歳なんですか?」
「二十歳だよ〜」
「2個上!いいっすね〜」
何が良いのかよくわからなかったが、君はまだ十代で若くていいね、なんて嫌味で返しても聞こえなかったように話を続ける新人くん。たった2歳しか年が変わらないというのに、若いなぁと思ってしまう。
その点、よく知る同い年の青年は18という年齢を感じさせないくらい大人びていた。顔立ちなどの見た目だけでなく、悲しいかな自分よりも知性のあるクールな性格。総合的に見ても自分が年上であることが怪しいほどに、何にも動じない大人びた人間だった。
―――それが私の彼氏なんですよーっ!!!
キャーッと口に出しそうになったところで、隣にいた新人くんと目が合う。いつも笑顔を絶やさない新人くんの初めて見る引いたような顔に、今自分はどんな醜態を晒していたのだろうと赤くなる頬を押さえてやり過ごした。
「茜さん聞いてください、俺YouTuber目指してんの!」
「ええっ!それはすごい!!」
「でしょ!友達と踊ってる動画がバズってるんですよ!」
今はスマホ出せないから、と店内で大きく動き出した新人くんにギョッと驚く。幸いにも今店内にお客さんはいなかった。若干引きながらも、その新人くんの踊りが最近瑠奈ちゃんと見たウナギのような踊りであることに気が付きプッと吹き出す。
「ハハハ、そのダンス田中くんたちのダンスだったんだね!!」
「茜さんまで知ってるとかすげー!」
そう言ってバイト中だということを忘れてはしゃぐ彼は、店長に頭を叩かれてやっとダンスを終了した。スミマセン、と笑う彼を、店長を始めみんな許してしまうのは、彼の一種の才能なのかもしれない。
「茜ちゃん、茜ちゃん」
「どうしたんですか、篠原さん」
「茜ちゃんの好きな彼、さっきまで来てたわよ♡」
「えっ!?」
実は山田とは時間が合わず会えていなかった。もう一週間以上経つだろう。せっかくのチャンスを逃してしまったことに落ち込んでいると、乙女心なんて無縁のはずの店長が気を利かせてくれて、早上がりさせてもらうことになった。
急いで着替えを済ませて外へ出るが、山田の姿は見当たらなかった。篠原さんの話から時間が経ちすぎてしまったんだろう。それでも会いたい気持ちが抑えられなくて、スマホの着信履歴から山田を呼び出してしまう。呼出音がしばらく鳴り響き、もう切ろうかと思ったところで通話が開始された。
『……はい』
「山田!今大丈夫?」
『もうすぐ塾始まるんで用件手短にお願いします』
これが山田の通常運転だということは分かっているのに、少し冷たい物言いが心にグサグサと突き刺さる。
「あ…えーと…」
『……』
「や、山田に会えないの寂しくて、ちょっと会えたらなーって思っただけ!塾がんばってねそれじゃっっ!」
言いたかったことを一方的に言い放って通話終了のボタンを押す。
(アアアア!何コレ!これじゃあまるで子供のわがままじゃない!!!大人の女からは遠ざかるばかりだわ!!!)
道端であることも忘れて頭を抱えて座り込む。通行人の視線なんて気にならないほどの醜態に落ち込んでいると、スマホが着信を知らせるために振動した。
画面には、山田秋斗の文字。
『今ドコ?』
* * *
現在地を伝えると、走ってきたのか息を切らして額から汗を流す山田が目の前にいた。
「や、やまだ……何をしてるの?」
嬉しい気持ちと、先程の醜態から来る恥ずかしさと、塾のはずなのにと困惑した気持ちがそれぞれせめぎ合い、片言な話し方になってしまった。
「茜さんが会いたいって言ったんですよ」
「塾って……」
「ハァ……茜さんが会いたいって……」
「も!もうわかったから!ごめんなさい!」
忘れたいと思っている恥ずかしい台詞を何度も繰り返し刺してくる山田を睨みつけるが頬に熱が集まるのを止めることはできない。それでも―――。
会いたいって言ったら会いに来てくれるんだ
その事実が嬉しくて、口元が緩んでしまうのを抑えられないくらいに嬉しくて。
「そんなに走ってくるほど私のことが好きなのかい、山田くん?」
そう言った私を珍しくムッとした顔で見つめてきたと思ったら、いつの間にか山田の腕の中に閉じ込められていた。突然の抱擁に胸の高鳴りが収まらない。
「そんな顔で……笑わないでください」
「え……?」
微かに聞こえてきた山田の低い声。自分の心臓の音がうるさすぎて全て聞き取ることができなかった。身体をガッと離されると、今度は目をしっかりと見つめてきて。頬に片手を添えられて、親指で唇をなぞられる。
「だから、そんな可愛い顔で笑わないで」
「かっかっかわかわかわ!?」
なぜ山田が急にそんなことを言い出したのかは分からないが、無自覚に突然爆弾投下する男なのでそこを深く考えるのは止めた。
山田が私の顔に触れる手が優しくて、見つめてくら目が珍しく私に甘えてきているような錯覚を起こさせる。心臓をギュッと掴まれたような感覚にたまらなくなり、山田の髪を両手で撫で回した。
「ちょっと止めてください」
再び抱きしめられて山田から本気で止められるまで、柔らかい髪の感触を楽しんだのだった。
* * *
「茜ちゃん、今日も来てるじゃない!彼!」
「エヘヘ」
後日、塾の前にバイト先のコンビニへと立ち寄るようになった山田は「塾終わったら迎えに来ます」と彼にしては珍しく通る声で私に話しかけた。この一言でバイト先でも山田は私の彼氏として公認の存在となった。
「あんなイケメン高校生捕まえるとか、茜さんなんの弱み握ったんですか?」
失礼なことを言う新人くんをひと睨みする。それにしても、どうやら私が思ってる以上に山田は私のことが好きらしい。
年下バイトくん編 終了
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