Lover’s CINEMA

 

待ち合わせ場所に指定した映画館の入り口まで走り抜けると、約束した相手の姿は見えなかった。時計を見ると、約束した時間から2分過ぎた針が私を責め立てる。待ち合わせ時間に遅れることは滅多に無い約束相手だが、私が遅刻したからといって怒って帰ってしまう男でもない。トイレにでも行ったのかもしれない。身長は高さもあり目立つ顔立ちをしているから、この場所に居ればすぐわかるはずだ、と荒い呼吸を一旦落ち着かせて待つことにした。

「茜さん」

耳に良く馴染んだ声で背後から声を掛けられる。声のする方へと振り返り、数日ぶりに会えた恋人を視界に入れると、自分の口元に自然と笑みが溢れるのを感じた。

「山田!ごめんね、待った?」

「そんな待ってはないです」

山田の言う“そんな”が果たしてどれくらいの時間を指すのかは不明だが、待たせてしまったのは確かだろう。

それにしても、と目の前にいる山田を見て考える。今日の山田は一段とカッコいい。ダークグレーのチェスターコートを身にまとい両手をポケットへ突っ込む彼は、全く高校生には見えない容姿をしていた。そこら辺の雑誌に掲載されている大学生モデルにも負けていないだろう。

これが恋人への贔屓を含んだ評価ではないことは、周囲の女性が山田に寄せる視線が物語っていた。ここまで女性を引き寄せる容姿は恋人として自慢である一方、ヤキモキしてしまうのも事実だった。

ズキッと足に痛みを感じる。走った際に痛めた10センチヒールのブーツと、真冬の中のショートパンツは、容姿の良い彼に少しでも釣り合いたいと、家を出る直前まで苦慮した上で選択したものだった。

「チケット買っておきました」

「ありがとう!1,800円だよね?」

「いいです、これくらい」

そして、山田は彼氏としても申し分ないスキルを既に保有していた。恋愛経験はゼロなはずなのに、生まれ持った優しさが彼を動かしているのか、世間で言われるモテ男の行動と見事に一致している。しかも、無意識に。

「えー!ありがとう。そうしたら私はポップコーンを買ってくる!山田何味派?」

「んー塩ですかね」

「了解!」

売店まで行くとキャラメル味のポップコーンが美味しそうだったので、ハーフ&ハーフを注文して二人で食べることを決めた。山田は私の持つポップコーンとドリンクを当たり前のように取り上げると、指定された番号の劇場へと歩いていった。本当に出来た男だな、と幸せを噛み締めながら置いていかれないように山田の後を追う。

上映時間となり、劇場全体から灯りが消えていく。ここから始まる予告の時間が私は好きだった。次回見たい面白そうな映画や、好きな作品の続編映画化情報、たまに予告から泣いてしまうものまであり、既に本編を見ているかのような感情を味わうことができるからだ。

そして今日も、次回に観たいと思えるような作品が映し出されている。

「ねぇ!この映画面白そう!」

「え?」

この楽しみを共有したくて、右隣へ座る山田にコソッと話しかけてみる。しかし、劇場特有の音響に私の声は山田に届かなかったらしい。

そこまでして伝えるような言葉でも無かったので、何でもないと手を振ったのだが、山田は上半身を私の方へと寄せて耳を傾けてきた。

「なんですか?」

二度も言うのは何だか躊躇われたが、渋々と私は山田の左耳に両手で輪を作るようにして小声で囁いた。

「この映画面白そう!」

今度はちゃんと声が届いたようだ。

「そうっすね」

山田はいつも通りの相槌を打った。予想通りの反応に少し笑って、映画の予告の続きを見ることにした。山田の耳に当てていた手を離すと右手を山田に掴まれる。そのまま山田は私と繋いだ手を私の膝の上へと下ろし、再び画面へと向き直った。

“一緒にいるときは手を繋ぎたい”

この言葉を律儀に実行してくれているのか、私と手を繋ぎたいという意思を持ってしている行動なのかはわからなかった。映像を見ている山田の横顔に惹かれながらも、映画に集中しようと首を横に振って気を紛らわせることにした。

さて、これから始まる映画は王道ラブストーリーと名高い作品だ。

婚約者のいる名家のご令嬢である主人公は、パーティで出会った無名作家の男性に惹かれてしまう。そこから運命のいたずらにより偶然が重なり親交を深めていくことに。愛を育んでいく二人を待ち受けるのは数々の試練と、運命の選択。反対する両親を振り払い豪華客船へと乗り込んだ二人は船上で事故に巻き込まれ、永遠の愛を誓い合った末に別れを―――。

どことなく聞いたことのあるような話だが、二人の愛のストーリーに涙なしで見ることはできないという宣伝文句に惹かれて私が選択した作品だった。

 

* * *

 

二時間超に渡るストーリーが終わり、鼻を啜るほど泣きながらエンドロールを眺めていると、ふと隣にいる山田の反応が気になった。

チラッと右隣に視線を向けると、山田も私のほうを見ていたようで視線が絡み合う。

「ふっ……」

山田は口元を一瞬緩ませて顔を正面へと戻した。なぜ笑われたのか、その理由が分かったのは映画が終わってトイレへ行ったときだった。マスカラが落ちて頬に黒い残骸が残っていた。あの暗闇の中で赤い鼻と崩れた化粧を見られていたのかと思うと恥ずかしさでこのまま逃げ出したくなった。外で待っていた山田の顔を直視できないでいると、当たり前のように手を引かれ、山田から今後の予定について尋ねられる。

今日この映画に山田を誘った理由は、彼に恋愛とは何かを知ってもらおうと思ったからだった。山田に彼氏として不満があるというわけではない。でも少しだけ、少しだけ乙女心を察してくれないかという期待を込めて―――。

「あの主人公、なんで婚約者がいるのにあの男のことを好きになったんすかね」

「うーん、自分の持っていない性格にどうしようもなく惹かれることがあるからそれで……」

「自分の性格と違う人間なんて五万といるでしょ」

「そうだけど……!」

「作家も待ち伏せしたりして偶然を装ってるし、強引に部屋へ連れ込んでるし」

「え!あれは偶然だったでしょ!」

近くのカフェで先ほどから繰り返されるこのやり取りにため息を吐く。記憶力の良い山田は登場人物の心情について一つ一つ解説を求めてきては、なぜその考えに至るのか理解できないと論破してくる。正直、感情移入してしまえばさらっと受け流してしまうようなシーンの記憶は曖昧だったので、答えに困る質問ばかりだった。

このようなやり取りを続けていると、いくら無意識に彼氏力が高くても、やはり山田は恋愛というものを理解していないことが伝わってくる。すなわち、山田が私のことを好きだといった言葉も事実かどうかは危ういということだ。

私との出会いは山田にとって最悪な思い出だろうし、その後も山田の周りを騒がしくしたり、熱が出て看病させたりと、自分でいうのも何だが山田が私のどこに惹かれて好きと言ってくれたのかは分からなかった。

この討論はカフェを出てからも続き、山田に恋愛映画を勧めたことを後悔していた頃、外は既に暗くなっていた。真冬の夜空は空気が澄み切っていて、少し切ない気持ちになる。

「あ!イルミネーションやってる!」

少し歩き一本奥の道へ入ると、一面金色に輝くイルミネーションが視界いっぱいに広がってきた。群馬から東京に来て初めての冬に見たイルミネーションに感動したことを思い出す。

「きれい……」

「これって電球の塊じゃないすか」

「山田わかってない!!!」

本当に乙女心をわかってないんだから、と呟いて山田の方を睨むと、真面目な顔をした山田がその場で立ち止まってしまう。急に深刻そうな顔をした山田を不安に思い、顔を覗き込み次の言葉を待つ。

「本当にわかんねーっす」

「え……」

「茜さん、恋愛がわからない俺のこと幻滅しましたか?」

山田の言っている意味を理解するのに時間がかかった。なぜ私が今日あの映画を見ようと言った主旨を知っているのだろう、と。まああれだけ恋愛とは何かを力説した後だったので、何も不思議ではなかったのだが、私の一言でここまで深刻な表情をさせてしまうとは思っていなかったので、宥めるようになるべく優しく問いかけてみることにした。

「やっぱり、恋愛はわからない?」

すると歩行者天国だと思っていた道に速度を飛ばした自転車が真横を過ぎ去った。幸いにも山田から手を引かれたお陰で自転車と接触するようなことはなかった。急に密接した身体に鼓動が早くなっていくのを感じて、このままでは心臓の音が聞こえてしまうのではないかと焦ったが、なかなか山田からは身体を離す素振りが見られなかった。

「今日の映画で共感できたことは一つだけでした」

「どこ……?」

「好きな人の笑った顔が見たいってこと」

山田に至近距離で微笑まれてその場で卒倒しそうになるのをグッと踏みとどまる。ついさっきまで何も分からないと言っていた男の台詞とは思えなかった。これ以上無いくらいに高まる心拍数に息苦しささえ感じる。

「もっとこの先まで見に行きましょうか」

「……うん」

山田から言われた言葉が嬉しくて、山田は私のことなんて好きではないのかもしれない、と考えていたことなんて一瞬で頭から消え去ってしまった。しかし、提案者である山田は一向に身体を離そうとしない。笑みは消え、真顔へと戻った彼に見つめられること早数秒が経とうとした頃、両手で耳から後頭部にかけてを優しく掴まれて、上から落ちてくる山田の顔。薄く目を開けたままの山田に軽くキスをされた。不意打ちのキスに私は目を閉じる暇も無く、超至近距離で山田と視線が絡み合う。

「!?!?!?」

そして、道行く人たちから好奇の目に晒されていることを瞬時に感じ取り、山田の肩を押して引き離す。自分の鼓動の速さは、不意打ちのキス、それとも他人からの視線のどちらによって引き起こされているものなのかは分からなかった。それくらい混乱していたので、山田からのキスを堪能してる余裕は勿論持ち合わせていなかった。呼吸を整えて山田を見ると、いつも通りの何を考えているかわからない表情をしてこちらを見ている。

「何してるの!?」

「もう一つあった。主人公が笑った顔見て、キスしたくなるとこは共感できたなーと」

「え!ここ人通りの多い場所なんだけど!?」

「映画では皆が見てるパーティのダンス中でしたけど?」

「それは映画だけー!!!」

もしかしたら私は山田へ余計な知識を植え込んでしまったのかもしれない。

山田の胸を軽く叩くと悪戯っぽい顔をした山田から再び口を塞がれる。何も考えられなくなった放心状態の私の手を引いた山田はイルミネーションの続く並木道へと進んでいく。私の頭の中はイルミネーションどころではなかった。見たいと言ったのに一定の表情、一定の言葉しか発しない私を不審に思った山田はイルミネーションの中を隅から隅まで歩き続けたようだった。笑った顔が見たいと言ってくれた山田には申し訳ないが、あの後一回も笑った記憶はない。

家に着くと、靴擦れで足が悲惨なことになっていたが、そんなことはどうでもいいくらい、山田と過ごした一日の記憶が脳内には流れ続けた。

私は一体いつまで山田に翻弄され続ければいいのだろう。何かいつもと違う山田を拝む方法は無いものかと、ホラー映画やコメディ番組を一緒に視聴する計画を立て始める。元々は山田にいちいち伝えなくても手を繋いだり、一緒にいたり、ハグしたりしたいという気持ちを察してほしくて考えた計画だったのだが、それ以上のことを公衆の面前でされてしまったので恋愛映画はもういいという結論へと至ったのだった。

案の定、次の日は寝不足で講義中は睡魔との闘いとなってしまい、桃ちゃんにからかわれたのはお約束ということで。

 

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山田も茜ちゃんに好かれた理由が分かっていないので、恋愛とは何かという答えを求めていたりしたらいいなと思います。

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