朝起きたら(その後)

 

覚えているのは、冬の冷気なんて気にならないほど心地よい酔いと、大きな温もりと。

『好きです、俺、茜さんのこと』

そしていつの間にか好きになっていたアイツからの言葉―――。

 

パターンⅰ 朝起きたら『電話した』

 

少しずつ蘇る自分の記憶に戸惑いながら、お酒の力で都合のいい幻想を作り出していなければ、山田はこう言った。“俺がします、明日朝起きたら”と。

起き上がり玄関に放置されていたショルダーバッグの中身を漁り、奥の方に入っていたスマホを取り出す。どうりで部屋が暗いわけだ、時刻を確認するとまだ明け方で、朝とは言えなかった。ロックを解除して、着信は無いかを確認すると、友人からのライン通知があるだけで、約束した人物からの連絡は入っていなかった。

「それもそうか、まだ寝てるよね」

着信が来てるわけないと思いつつも、どこかで期待してしまっている自分がいた。そして不安になる。果たしてあの記憶は本当に現実だったのか、と。

恋愛に興味がないと言った山田が私を好きだと言った。事実であればこれ以上の喜びはない。しかし、考えれば考えるほど自信を無くしていくので、出ないことを分かりながらも着信履歴にいた山田を呼び出し、スマホを耳に当てる。

呼び出しを知らせる音を5回まで数えて、音が途切れる。聞こえてきたのは山田の声ではなく、女の人の機械音。留守番サービスへと繋がってしまった。

『ピーッという発信音の後……』

機械音を途中で切り、床にスマホを転がす。緊張から少し解放されたからか、ため息が溢れ出た。自分でも電話をしたいのかしたくないのか、よくわからなかった。

するとすぐにブーッという低いバイブレーションが床に響き渡る。恐る恐る画面を覗くと、“山田秋斗”の文字が表示されていて、心臓がバクバク鳴り響く。震える指先でフリックしてスマホを耳に当てる。自分の心臓の音だけがよく聞こえてきた。

『茜さん?何かありました?』

電話越しだと低くなる声と、更に寝起きなことが相まって掠れた声に名前を呼ばれて、全くもって落ち着かない。

『茜さん?』

「あ、ごめん。寝てたよね」

『まぁ……まだ5時前なんで』

こんな時間の電話なんて迷惑極まりない。また山田の都合をお構いなしに行動してしまったことに今更後悔する。

「そうだよね、あの、目が覚めちゃって、ちょっと声が聞きたくなっただけなの」

『…………』

付き合いたてのカップルであれば「可愛いなコイツ」と許されそうな台詞が咄嗟に出てきたことに、自分自身ゾッとし身の毛がよだつ。

「ほ、他の誰かに連絡してみるね、ごめんね山田!」

恥ずかしさのあまり、返答を聞かずに通話を切ってしまう。ジッとしていられず玄関から部屋へとズカズカ移動し、再びベッドへダイブした。

「なにやってんのなにやってんの!ただいまの時刻は4:55!お酒って怖い!禁酒する!」

今の行動もお酒が残ってたから。そして絶対にあの記憶はお酒が生み出した幻だったことを確信し、一人で禁酒を宣言した。するとまたもや手にしたスマホに振動を感じて目をやる。画面には再び“山田秋斗”の表示が。

「こんな時間に起こされて眠れなくなったから一言文句言わせろ?酒飲みすぎて金輪際関わりたくない?気持ち悪い妄想してんじゃねーよ?何言われちゃうんだろう……」

考えすぎてオロオロと戸惑っている間に、いつの間にか着信は切れていた。ホッとしたような、残念なような。そんな気分に浸る間もなく再び振動するスマホに、意を決して出ることにする。

「あ、もしもし山田……?」

『茜さん、勝手に切らないでくださいよ』

「ごめんごめん」

ハハハという空笑いが通話越しにバレていないことを願う。どうやら声色的に怒りは含まれていなそうなので安心する。

『昨日、酔った茜さん家まで送って』

「あ、やっぱり夢じゃないよね!ごめんね遠回りさせて……」

『それは別にいいんすけど』

どこからどこまでが現実なんだ、と頭をフル回転させるも、焼肉屋の途中からの記憶が一切ない。そして断片的に持っている記憶には、手を引かれたこと、告白されたこと、抱きしめられたことだった。しかし、やはりどこかこの記憶は現実味に欠けていた。

『相当酔ってたみたいだから、体調とか大丈夫か気になって』

「山田……本当に優しい。睡眠時間削ってまで私の心配してくれるなんて……」

『……変なテンション。まだ酔ってますね』

感謝の気持ちを少々大袈裟に告げようとした私に、呆れた表情をしている山田の顔が容易に想像できて、少しおかしくなる。

「全然大丈夫!明け方なのに付き合ってくれてありがとね」

『まあ俺も、声聞きたかっただけですから』

「え……」

山田らしからぬ発言に耳を疑った。私の声が聞きたかったとは、つまりは―――?

『ちゃんと寝て、朝起きたら約束通り連絡しますよ』

「え……ちょ……」

『おやすみなさい、茜さん』

“約束”、それは幻だと決めつけた記憶。“明日、朝起きたら電話します”と言った山田の声がはっきり聞こえてきて、頬が熱くなる。山田から連絡が入る5時間後まで、私は一睡もできずに終始山田のことを考える羽目になってしまった。

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