ある日、作家になってしまった件について epilogue

ある日、作家になってしまった件について

 

「どうしよう」

皇室のロイヤルガード兼、帝国の姫の護衛騎士であるフィリックス・ロベインは頭を抱えていた。いくら自分が招いてしまった結果とは言え、冷や汗が止まらないほど焦っていた。

彼がなぜこのような事態に陥ってしまったかというと、一時間ほど前の皇帝・クロードとの会話まで遡る。

 

***

 

「え?」

クロードからの司令に耳を疑い、とっさに聞き返してしまう。

「だから、この本を書いた著者へ今年のアエテルニタス賞を授けようと思ってる」

「それはそれは、陛下を救った本ですからね」

記憶を取り戻したクロードは黒魔法に起因する頭痛に悩まされることがなくなり、記憶を無くす前よりも一つ一つの行動に気力が溢れていた。これまで滞っていた政務も全て片付け、時間を持て余しているのか子育てに関する本に目を通す時間が増えたのだが、結論一番初めに読んだ「娘から好かれる方法10選」がお気に召したようだった。

「……!?年末に授与式があるんですよね?」

「そうだ。今年は俺も顔を出す」

「な、なぜですか?」

「お前が一向に著者を連れてこないから、生意気な文を書くこいつを一度見てみたいと思ってな」

フン、と憎たらしく笑みを浮かべるクロードに、フィリックスの額からは一筋の汗がツーっと垂れる。

「“著者:R”としか書いてないから、書店も問屋もどんな人物が知らないらしい」

「私もそこまで調べたんですが、なかなかその先にたどり着けず……」

「賞を与えれば俺の前に出ざるを得ないだろう」

クックッと歪んだクロードの笑みを見たフィリックスは数ヶ月後に控えた授与式で頭が埋め尽くされてしまった。その後別件をクロードから話されるも心ここにあらず状態で、クロードから執務室を追い出された。

 

***

 

そして冒頭へと戻る。

もうお分かりかと思うが、“娘から好かれる方法10選”の著者は彼、フィリックス・ロベインであった。

クロードはアタナシア姫と4歳の頃に出会い、理想の父親像とは大きくかけ離れた彼を見たフィリックスは、父親とはどうあるべきかを社交界の父親たちから学び、クロードはどうあるべきかをまとめたメモが原作となっていた。

姫が14歳を迎えた頃には、超が付くほど親バカへと変貌していたクロードにこの本は必要なかったが、姪との関係を悩んでいたアルフィアス公爵にアドバイスをしたら、その父親知識は本を出すべきだと勧められ、結婚すらしていないのにあれよこれよという間に育児本の出版が決まった。

皇室の業務をしている傍ら、実家のロベイン家には本の感想を綴った父親たちからの手紙が大量に届いており、休みで帰省している間に内容を確認しては第2版、第3版を出していった。

そんな中起こった、クロードの突然の記憶喪失。目が覚めたら父親になってしまっていたというクロードに手助けをしたくて、内心ドキドキしながら自分の書いた本を手渡した。

『この本なんて読んでみたらいかがですか?巷で父親に話題みたいですよ』

フィリックスは自分で言いながら、少し恥ずかしくなった。しかし、そんな感情を抱いたのはこの時だけだった。あまりにも素直になれないクロードに少しずつやきもきするようになってしまい、本の内容はよりクロードに一致するよう書き換えた。幸いにも、上手くいかないと本を燃やしてしまうので、最新版を渡すことができたのだった。こうして最新版は現在20版まで記録を更新し続けている。

それにしても、匂いを気にするあまり人が死にそうになるし、仕立て屋を過労死寸前まで追い込むし、とこの本を書いたことによって多くの人間を巻き込んだことは否めない。一瞬だけ生まれ変わったかのように人が良くなったクロードからの激務の押し付けが減り、皆が幸せを享受したこともあったが―――あの幸せは続かなかったことを思い出し苦笑する。

「ってそうじゃない!授与式どうしよう!」

顔バレNGとして、何が何でも断固拒否するか。いや、皇帝命令に逆らったらいずれ死が待っている。

途方に暮れて、膝を抱えて落ち込んでいると、そんなフィリックスの様子を視界に入れたアタナシアが声を掛ける。

「フィリックス、どうしたの?具合でも悪いの?」

「ひめさまァァァ」

うわーんとアタナシアにすがり付き、全てを打ち明ける。クロードが自分を探していることや、クロードがアタナシアとの関係に悩み自分の書いた本の通りに実行していたことなど包み隠さずぶちまけた。

「ああ、あの“娘から好かれる〜”ってパパがよく持ってた本でしょ。あれフィリックスが書いた本だったんだ」

すごいじゃないと目を輝かせるアタナシアに褒められて、フィリックスは頭をかいて照れてしまう。そう彼はあのオベリア屈指のベストセラーに贈られる“アエテルニタス賞”を受賞する予定の作家なのだ。満たされる自尊心と、すぐに襲ってくる恐怖心とで彼の心情はなかなかに忙しなかった。

「でも陛下に殺されちゃうんです」

「あ!いいこと思いついた!ルーカスならどうにかしてくれるよきっと!」

アタナシアに手を引っ張られて、魔塔のほうへと連れて行かれる。4歳から見てきた彼女は母親そっくりの風貌へと近づいていった。それでも、父親であるクロードを一緒に騙そうと共闘する姿は幼い頃と何ら変わりなくて安堵する。

このままずっと、彼女の友人でいたい、心からそう感じたフィリックスであった。

 

***

 

本の内容について事細かに聞かれる授与式では、代役を立てることは難しく、ルーカスの魔法によって外見を初老男性という全く違う人間に変えてもらい参加をした。

贈答品を受け取る際には、皇帝陛下直々に手渡されるということもあり、至近距離でバレてしまうのではないかと内心ドキドキした。全身をやたら見回してくるクロードに気付かれているんじゃないかと全身から汗が吹き出たが、「次の本はいつ出るんだ?」「あそこのシーンは良かった」「この前娘が部屋を開けるときはノックをしろと怒ってきたんだが」など熱心に質問攻めをされ、いつものフィリックスに対する態度よりも感心を持った様子に気付かれていないことを察して安堵する。

贈答品を受け取れば終了なのに、なかなか質問の終わらないクロードは自分の身体の前に品を持ち続けたので、フィリックスは両腕を伸ばしたまま、いつまでも受け取ることができなかった。

そんな様子をアタナシアはニコニコと見守り、少し離れた席に座ったアルフィアス公爵も興味津々に二人のやりとりを見続けた。

こうして、最初で最後の作家としての公の舞台は幕を閉じたのであった。“著者:R”はそれから二度と本を出すことはなく、“娘から好かれる方法10選”で相当な印税を手にして余生を過ごしているに違いないと噂されるのであった―――。

 

ある日、父親になってしまった件について 完

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