ある日、父親になってしまった件について:娘から好かれる方法10選⑩

娘から好かれる方法10選 第三章 コミニュケーション 第四節 誕生日に感謝の気持ちを伝えよう

”最終章です。あなたはいつも娘の誕生日をお祝いしていますか?誕生日を祝わないのは論外、そしてただ祝うだけではいけません。娘の欲しいものをリサーチしてプレゼントしましょう。そして、あなたの娘に生まれてよかったと思ってもらえたら、これ以上幸せなことはありません。”

 

「パパ、私お願いが一つあるの。パパにしか叶えられないことなんだ」

ある昼下がりのティータイム。愛しい存在は蒼い目を輝かせながら俺に願い事をした。それを叶えてあげたいと思っていたのに、芝生に横たわり血を吐く彼女を見て心臓の音だけが自身の中で強く鳴り響いていた。

―――死んだ?

出会った当初はあんなに殺したいと思っていたのに、今の自分はこの現実を受け入れることができない。彼女を失うことなんて。

―――勝手に逝くことは許さない……

気が付けばフィリックスの静止も振り払い、彼女の強い魔力の中へと飛び込んでいた。身体が張り裂けそうになる強い魔力に歯を食いしばり、己の魔力をぶつけた。アタナシアの暴走した魔力が抑えられたのを確認してすぐ、気力を使い果たして意識が遠のく。そこからの記憶は一切なかった。

「…………なんということだ」

アタナシアとダイアナの故郷であるシオドナへ行き、海で遊ぶ彼女に付き合うと気付けば日が暮れていた。
テレポートや変装で魔力を使用したことと、ダイアナの両親との対面に心身ともに疲れ果てていた。自室へ戻ると久しぶりに深い眠りについたのだった。

とても変な気分だった。嫌な記憶を思い出し、現実から目を逸らしたいのに、昨日まで頻繁に起こっていた頭痛が引き、頭が冴えてしまっている。眠気も無く、嫌でも考えることを止められない。

「アタナシア」

ポツリと誰もいない部屋で呟いた。忘れた娘との記憶を思い出したいと、アタナシアの父親である自分が羨ましいとは思っていたのに。

愛しい娘が血まみれで倒れている姿、記憶を失った俺と対面して絶望している顔、パーティで跪かせた光景、保護魔法を破壊しようとして別れを告げてきたこと、家出をした事実―――。

それらすべてが脳裏に呼び起こされ、いかに自分が娘を傷つけたのかを思い出す。それでも傍にいようとしたアタナシアがたまらなく愛おしい。

まだ日が昇り始めた頃の時間帯にも関わらず、エメラルド宮へと歩き出す。宮殿ではすれ違いざまにメイドたちが驚いた表情で挨拶をしてくるが、そんなもの全く気にならない。行き慣れた部屋を目指し、扉を開けるとベッドには気持ち良さそうな顔をして眠るアタナシアの姿があった。
ベッドに腰掛け彼女の頬に手を沿えると、眠りが浅かったのか眉間が動き薄っすらと目を開けた。

「パパ……?」

「あぁ」

両手で目を擦るアタナシアが年齢よりも幼く見えて、愛しさが増すものの、罪悪感から顔を直視することは躊躇われた。それでも今だけはアタナシアと一緒にいたくて、布団の中から彼女を出して抱えると、横抱きにして膝の上に乗せる。

まだ夢見心地にふにゃりと笑う顔が可愛らしい。頬を何度か突き、その柔らかさを堪能して、抱きしめたまま彼女の頭に顎を乗せる。

「アタナシア」

「なぁに?」

「…………」

記憶が戻ったんだ、と伝えたら彼女はどういう反応を見せるのだろう。嬉しいと泣いてくれるだろうか、それとも憎いと咎めるのだろうか。

一言が口に出せずにいる内に、腕の中のアタナシアは再び眠りについていた。少し改善されてきたこのままの関係でいるのも悪くないのかもしれない。

「すまない」

しばらくの間、体勢を変えずに物思いにふけりながら、時間が過ぎていった。

***

何も伝えないまま日が経ち、アタナシアの十五歳の誕生日を迎えることになった。ダイアナの命日でもあるこの日はを娘と過ごしたことがなかったが、今年からは変えていこうと決心したことは記憶に新しい。

「姫様へのプレゼントは本当に用意しなくてよろしかったのでしょうか」

「あぁ」

「中身が何であっても姫様は必ず喜ばれると思いますよ」

毎年フィリックスに用意させていたアタナシアへの誕生日プレゼントは、“自分で選んでこそ娘に喜ばれる”らしいので、本の言うことに従ってみることにした。

正直、記憶を失う前までの娘との関係は良好で、娘も俺を気に入っていたに違いなかった。故にこの本を読む必要もないとは思ったのだが、一度壊してしまった関係に不安が付き纏う。序盤の章にも“娘を怒らせたときには素直に謝ることが今後の関係を大きく左右するでしょう”と記載があり、未だ実行できていないことに焦りを隠せないでいた。

―――今までフィリックスに用意させたプレゼントのほうが良かったと残念がられたら立ち直れるのか?

娘という存在ができてから、これまで培ってきた自信は尽く崩れていった。自分よりも過ごす時間の長いフィリックスのほうが娘の理解者となってしまっている始末だ。

誕生日“おめでとう”、生まれてきてくれて“ありがとう”、傷つけて“ごめん”

この三つを伝えることが今日のミッションだった。プレゼントの入った箱を握りしめて、数日ぶりにエメラルド宮へと足を運んだ。

昼の時間ということもあり、昼食の準備で忙しいのか宮内は少し騒がしい。

「……へ、陛下!?」
「えっうそ!?」
「陛下がお越しよ!!!」

メイドたちが俺の姿を視界に入れて焦っている様子を目にしながらも、アタナシアの部屋を自ら開けて中へと入る。しかし、娘の姿は無く、部屋には誰も居なかった。呼びつけたメイドから娘のいる部屋まで案内され、扉を開けるとそこにいたのは娘一人ではなかった。

「パパ!?」

エメラルド宮だけでなくガーネット宮のメイドたちや、皇室専属騎士たち、見慣れない顔ぶれまで揃っており、テーブルの上にはありったけのチョコレートで作られたスイーツたちと、部屋の隅にはプレゼントの数々が置かれていた。

「お前たち仕事を放り投げて何をしている?」

その中に自分も含まれていることに気づかず、楽しそうにアタナシアの周りをうろつく者たちを咎める。

「パパちがうの!みんなお昼休憩の時間を使って私に会いに来てくれたの!」

焦るアタナシアをお構いなしに、睨みを効かせると騎士やガーネット宮のメイドたちはそそくさと部屋を後にしていった。横暴な態度に呆れたのか、ため息を吐いた娘を横目にやっと空いた席について深く座ると、メイドたちがチョコレートを一部片付け昼食を並べ始める。

「きょ、今日はどうしたの……?」

「…………」

まずは、“誕生日おめでとう”だ。一年前は言えたじゃないか。言えたのは当日では無かったが。

「お前の誕生日だろう」

「え……うそ」

「…………」

「お祝いしに来てくれたの?パパからお祝いされるの初めてだよ!」

言いたいことは口に出さずとも伝わったようで、娘の顔がパァッと明るくなった。この顔を見たのは、去年デビュタントのパートナーを承諾したとき依頼な気がする。

「何か欲しいものはあるか」

この可愛らしい娘の欲しいものを何でも与えたくなり、プレゼントを用意していることも忘れて尋ねる。アタナシアはうーんと顔をしかめて、“デビュタントみたいな行事あったっけ”とブツブツ呟くも、答えは見つからなかったらしい。

「パパとこうして誕生日を一緒に過ごせるだけで私は幸せだよ」

それは偽りとは思えない言葉で。魔力暴走して生死を彷徨ったからこそ出てくる言葉だったのか、はたまた記憶を無くし二度と親子の時間を過ごすことはないと思っていたから出た言葉だったのか。その真意を聞く勇気はなかった。

「そうか」

そこでようやく懐に忍ばせていた箱の存在を思い出して、アタナシアの前に出す。

「気に入るかは知らんが、プレゼントを渡さないのも恨まれそうだったんでな」

「……?」

包装を丁寧に剥いでいき、小さな箱を開けると出てきたのはルビーのように透き通った赤い石が埋め込まれたネックレス。

「綺麗……」

この前シオドナを訪れた時に、ダイアナの母親から譲り受けた物だった。彼女が大切にしていた遺品はきっと孫に似合うだろうと、手渡された。彼女の瞳を思い起こさせる石の色はとても綺麗だった。

ダイアナの物とは説明しなかったが、アタナシアは既に気に入ったようで早速メイドに着けさせていた。

「パパ、ありがとう。私、パパの娘に生まれてとっても幸せだよ」

目に涙を浮かべるアタナシアに、今日言おうとしていたことを二つも言われてしまった。洞察力の優れている彼女のことだ、最後に伝えようとしていることにも既に気が付いているのかもしれない。

アタナシアの目をじっと見つめて、彼女の座る椅子のほうまで近づき、彼女の頭の上に右手を乗せる。そんな俺の行動から彼女も目を離さない。

「アタナシア、毎年誕生日を祝ってやれなくて、すまなかった。これからは、毎年会いに来るよ」

大きい目を更に見開いたアタナシアは、先程まで堪えていた涙が零れ落ち、止まらなくなった涙を隠すように両手で顔を覆った。

「もう、遅いよパパ」

“おかえり”そう言って、俺の腰に両腕を回し、腹のほうに顔を埋めて泣きじゃくるアタナシアがたまらなく愛しかった。そっと彼女の背中に自分も両手を沿えて、泣き止むまで傍にいた。

ダイアナ、アタナシアを俺に残してくれて、ありがとう。

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