娘から好かれる方法10選 第三章 コミュニケーション 第一節 幼少期の頃からコミュニケーションを取ろう
”娘との関係を左右するのは、幼少期の頃にどれだけ父親として接したかに関係しています。大きくなってから娘に好かれようとしても、娘は父親に良い印象を持っていないので、新しく関係を築くことは至難の業と言えるでしょう。”
「フィリックス!!!」
「はい陛下」
「前々から思っていたが……この本は俺をどれだけ侮辱すれば気が済むのだ!著者を…著者を呼んでこい!!!」
「落ち着いてください陛下!」
この本を怒りに任せて燃やすのはもう何度目になるかわからない。その度にフィリックスがクロードの頭が冷めた頃合いを見計らって新しい本を用意するのだが。一体今度は何があったと言うのだ、とフィリックスは苦笑して耳を傾ける。
どうやら、今読んでいた新しい章の内容がクロードのお気に召さなかったらしい。本の内容を確認して、フィリックスはああ、と納得する。章タイトルは「幼少期の頃からコミュニケーションを取ろう」だった。既に15歳になろうとしているクロードの娘・アタナシアは幼少期とは到底言える年齢ではなく、その時期を逃してしまった父親が娘と仲良くなるのは絶望的だと記されているのだ。9年若返ってしまった短気な皇帝の怒りを鎮めるために代替案を模索する。
「ですが陛下、姫様は幼少期に陛下と仲良く過ごされていたので、問題無いかと思うのです」
「俺にその記憶がないではないか。思い出の共有ができない。本には大きくなっても思い出を共有することで仲が深まると書いてある」
「……そうしたら、映像石を見るのはどうでしょう?皇宮には公式行事の映像石などは保管されていますし…デビュタントとか」
「デビュタントと言っても14歳だろう。幼少期ではないではないか」
皇宮で保管されている映像石は限りがある。公式行事と言っても、アタナシアが公式行事へ参加したのはデビュタントが初めてのため、アタナシアが移っている映像石はほぼ無いに等しかった。
実はフィリックスは個人的にアタナシアと映っている映像石をいくつも保管していたが、それは全てフィリックス自身が映っているものだった。フィリックスが幼いアタナシアを胸に抱えているところ、眠るアタナシアをおんぶしているところ。他にもアタナシアと追いかけっこをして遊ぶところ、一緒に昼寝をするところ―――。フィリックスの宝物と言っても過言ではない映像石をクロードに見せることは、嫉妬から破壊されかねない。そんなリスクを抱えての提案を行うことはできなかった。しかし、フィリックスの脳裏にある一つの記憶が蘇る。
「そういえば……姫様がまだ幼い頃、陛下が私に大量の映像石を確保するよう言われた記憶が……」
「それは俺がアタナシアの映った映像石を持っているということか?」
「はい。陛下は姫様が幼い頃からとても可愛がってらっしゃいましたから」
「……」
黙り込んでしまったクロードに、自身の宝物を差し出すか悩むフィリックス。クロードの顔色を伺うと、彼も様子を伺うようにフィリックスの方を見ていた。
「おい……俺が立ち寄るのを禁止していた部屋はあるか」
「……!はい!いくつかありましたので、順番に回りましょう」
満面の笑みで答えるフィリックスを不審な目で見つめるクロードであったが、目的のために大人しくフィリックスの後をついていくことを決めたようだった。
***
「か…………」
俺は言葉を失った。
フィリックスに連れてこられた部屋の中には何が置いてあるか自分自身でも把握していないため、念のためフィリックスを部屋の外に待たせて部屋の中を確認すると、そこには100をも超える映像石が陳列されていた。フィリックスの読みは当たっていたことに感心しながら、一番左に置いてある映像石を手に取り再生させた。
『パパっ』
とても幼いアタナシアがフィリックスに連れられて”俺”のほうへ向かって走ってくる映像だった。短い手足を一生懸命動かしながら、何がそんなに嬉しいのか笑顔で近づいてくる。
『パパぁ!会いたかったよぉ~』
『危ないから走り回るなと言っただろう』
『エヘヘ』
当たり前のように”俺”の足に絡みついてくるアタナシアを優しく腕に抱きかかえて椅子に座る”俺”。
『今日はね、パパにプレゼントがあるんだよっ』
『……?』
『はいっ』
アタナシアが”俺”に手渡したのは真っ赤なバラの花。
『アーティのお庭で綺麗に咲いてたから、パパに渡したくって』
長さの異なる3本のバラを受け取った”俺”は、直ぐにアタナシアの手のひらを確認している。
『おい、バラには棘があるのに素手で触ったのか?』
剣幕な表情でアタナシアを睨む”俺”は、アタナシアの手が傷ついたのではないかが心配でたまらないようだった。しかし、強く言いすぎてしまったためか、アタナシアが驚いて涙目になってしまったことに気付いて”俺”は怯んでいる。
『だって……パパにあげたかったんだもん……』
アタナシアに涙は流させまいと、彼女を抱えたまま椅子から立ち上がりあたふたしている”俺”の姿は、俺から見ても滑稽た。フィリックスがニコニコした表情で遠くから見つめているのが憎たらしい。
『アタナシア、次から花を摘むときはフィリックスに任せるんだぞ』
『パパにアーティが取ってあげたかったのにぃぃ』
『おい!フィリックス!!!』
部屋中が混乱に巻き込まれたところで映像はストップになった。こういった映像があと100回以上あると考えると、懲りずによく記録し続けたなと思う。ただ、記録し続けた”俺”の気持ちも良く分かってしまう。それほど―――。
「姫様の泣き顔、可愛かったですねー」
心の中で思っていたことを背後で呟かれたことに驚いてしまい、ビクッと身体を揺らしてしまった。部屋の外で待機していろと命令したはずのフィリックスが待ちくたびれたのか、一緒に映像を見ていたようだった。
「まさか陛下がこんなにも映像石を保管されていたとは…しかもさっきの映像は5歳なので、相当昔から映像を保存していたようですね」
私の映像石よりも多い、という聞き捨てならない言葉を呟いたフィリックスを問い詰めようとしたが、別の映像石を勝手に再生し始めて呼びかけには応じなかった。呆れてフィリックスの行動を見ていると、突然再生された映像石に映るアタナシアの寝顔の表情から目が離せなくなる。
「な……なんてことだ」
「はい?」
「か……わ……」
「可愛いですねー姫様の寝顔は本当天使のようです」
「……」
”俺”の膝の上で丸まってスヤスヤと眠りにつくアタナシアは、フィリックスの言う通り、背中に翼が見えるようだった。”俺”の右手の人差し指を小さな手で握りしめながら眠る姿に胸が苦しくなった。
一通りの映像石の視聴に一日を費やして、一つ疑問に思ったことをフィリックスに尋ねる。
「アタナシアが赤ん坊の頃の映像石はないのか?」
「姫様が生まれた頃の映像石は…皇宮では保管されていないので多分無いかと…リリー様ならもしかすると…」
「なぜ無いんだ?」
「あ、陛下が姫様に出会われたのは姫様が4歳の時ですので」
―――4歳の時に初めて出会っただと・・・?
「なぜだ?それまでアタナシアはどう過ごしていた?」
「私もよく分かっておりませんが…ルビー宮でひっそりと過ごされていて、4歳の時にたまたまガーネット宮に迷われたときに陛下と出会われ、陛下が興味を持ち交流が始まりました」
想像していたのと全く違うアタナシアとの出会いに困惑する。
『私を愛してくださったように、陛下にはこの子を愛してほしいです』
ダイアナの代わりに生まれ落ちた命を4年以上の間、放置していたというのか。親の愛を必要とは思わないが、幼少期を孤独に生きてきたアタナシアを思うといたたまれない気持ちに支配される。
そして俺にはもう一つ、見たい映像があった。
「フィリックス、アタナシアの誕生日の映像石は無いのか?」
「……」
アタナシアの誕生日はさぞ盛大に祝っていたであろう”俺”を超えたくて、確認したいと思っていた。しかし、答えにくそうにしているフィリックスを問い詰めると、想定外の事実を聞かされることになる。
「陛下……陛下は姫様に贈り物は毎年されていますが、直接お祝いされたことはありません」
「……は???」
「姫様のお誕生日はダイアナ様の命日でもありますので……」
想定外とは言いながらも、フィリックスにそう言われれば”俺”が葛藤している情けない姿を想像することができる。ダイアナの死を未だに受け入れることができず、アタナシアの誕生日を心から祝福することができないんだろう。ただ誕生日に贈り物を渡していることから、祝う気がないわけではないらしい。
「アタナシアの誕生日の予定は?」
「えっと……多分例年通りエメラルド宮で仲のいい者たちだけを集めたお祝いをすることになるかと」
「俺も出る」
「えっ???」
「俺も出る、贈り物も用意しておけ」
困惑しているフィリックスを部屋に残して前へと進む。
不眠は続いているが、そろそろダイアナの死を受け入れる時なのかもしれない。俺にとってはつい最近のようだが、”俺”にとっては15年も経ったことなのだ。だから、これまでの”俺”がアタナシアへしてあげられなかったことをしよう。それがダイアナとの間に生まれてくれた娘との新たな関係への一歩になるはずだから。
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