ある日、父親になってしまった件について:娘から好かれる方法10選⑥

娘から好かれる方法10選 第二章 外見 第三節 酔っぱらった姿は見せないようにしよう

”酒に酔うと思考が大胆になりがちですよね。娘との距離を縮められていない父親は特に気を付けてください。だらしない、酒臭いのダブルマイナスポイントにより、娘から拒絶される可能性が高くなるでしょう。”

 

一人で使うには長すぎるテーブルの上に、メイドたちによって食事が一品一品並べられていく。

公務を終えたオベリア帝国の皇帝・クロードはいつも通り一人、席へ着いた。彼にとってこの光景は幼少期から一つも変わらない日常であった。何か変化があるとすれば、それは「酒」だろうか。

「酒は取り下げろ」

「かしこまりました」

彼は食事に合わせて嗜んでいた酒をここ数日断っていた。その理由は肝臓の調子が良くないから、といった健康上の理由からくるものではない。本に酒は止めるようにと記されていたから、ただそれだけだった。

いつの間にか彼の愛読書となった「娘から好かれる方法10選」には、「酔っぱらいは娘から嫌われる」と記されていた。だらしない姿を見せることはイメージダウンになるのだとか。

酒に溺れた大人の醜さに対して子供ながらに嫌悪した幼少期を思い出し、酔うことなど無いと知りながらも酒を断つことを決めたのだった。

そう、彼はとても極端な性格をしていた。娘から嫌われる可能性がある以上、その芽は確実に潰しておきたいのだ。

肉を小さく切り分けて口へ運ぶ。幼少期から身に付いている美しい所作のせいか、部屋には時折フォークを皿の上に置くといった最小限の音しか響かなかった。

彼自身はこの静けさを気にしたことは無かったが、アルコールを体内に含んでいないからか何処か物足りなさを感じていた。

「アタナシアは?」

彼の最近の口癖は専らアタナシアこれだった。皇宮にいる者はこの問いに答えられないと仕事を怠慢していると見做されるので、愛娘の行動は逐一フィリックスに情報が集約されるようになっていた。

これに関してアタナシアは、プライバシーが無いと不満を抱きつつも、姫とはそういうものだと渋々納得しているようだ。クロードから存在を認知されるまで皇宮内を一人自由に走り回れたことが異常だったのだ、と。

「姫様は現在エメラルド宮で夕食をとられているところです」

部屋に居たメイドが卒なく答える。フィリックスがアタナシアの護衛に当たっているなど不在の際は、クロードの側近にアタナシアの情報が入るようネットワーク形成が徹底されている。

(あの騒がしいお喋りが恋しくなるとはな)

クロードはそう思ってはいても、アタナシアをガーネット宮へ呼び出せという言葉を発することができない。既に夕食を取っているのに中断させて嫌われてしまっては敵わないからだ。

この場にフィリックスがいれば、何かと理由を付けてはアタナシアを呼ぶのだろう。しかし、そのフィリックスはエメラルド宮で彼女と一緒に過ごしている最中なので、この願望が叶うことはない。

彼はその事実を残念に感じたことに少し驚いたものの、食事を再開させた。特別反応の無かった彼の態度に、メイドは冷や汗をかきながら反応を伺っているようだった。

この数ヶ月間、彼は彼なりの努力をして突然現れた娘に歩み寄ってきた。ことごとく本の教えを実行すると失敗に終わるが、なぜか実行した数だけ娘との距離を縮めることに成功はしている。

彼女との記憶は一切無いものの、傍にいて欲しいと思うし、彼女の身を脅かす何かから守りたいとも思う。これが父性かと問われるとはっきりとした肯定は出せないものの、それに近い感覚であることに間違いは無かった。

それでも彼女が求めているのは過去の自分別の人間だった。一緒の時間を過ごしていても時々自分を通して別の誰かのことを考えていることは一目瞭然で、時々切ない顔をしたと思えば、ある時は怖い顔をして頭を鈍器で殴られそうになったことだってある。

いくら距離を縮めようとも所詮自分は代わりであり、彼女にとっての父親は自分ではないのだ。

それが彼が娘との距離を大胆に縮めることができない理由だった。記憶を取り戻す努力をしないといけないのだろうか。

考えれば考えるほど苛々が募っていき、表情は険しくなっていく。その表情を確認したメイドは、彼の気に触る行動を取ってしまったかもしれないと恐怖した。彼女は殺されるかもしれないという恐怖に大きく息を吸って吐き出すと、カチコチに固まった身体で最後の力を振り絞り、フィリックスへ応援要請を出した。

「陛下もやっとその章まで読み終えられたのですね」

翌日、クロードの執務室を訪ねてきたのは自称・パパ友を公言しているアルフィアス・ロジャーであった。

どこから嗅ぎつけたのか、話もしていないのにクロードの本の進捗や実践内容まで熟知しているこの男に、一度皇宮内にスパイがいると思ったクロードは、皇宮内にいる執事、メイド、騎士たち全ての人間の身辺調査を行ったことがある。結局スパイと思わしき人物を特定することはできずに終了した。

「さすがは陛下。姫様のために酒を断たれているとは、父親の鑑とは正に陛下のこと」

繰り返しとなるが、クロードの口からは一度も酒を断っているという話はしていないのである。アルフィアス領にいるはずの人間がなぜ一週間も経っていない出来立てほやほやの話を知っているのか、クロードには見当も付かなかった。

この男は公務と称して以前にも増して謁見に訪れるようになった。帝国の三大公爵の一人である彼との仕事は不幸なことに十分にあるため、理由を付けては謁見許可願を申請されてしまう。

勿論仕事の話は進めるが、こうして急に話が脱線し、子供の話になるのだ。やれ息子、姪との距離が縮まったエピソードや、彼らがいかに優秀であるかといった話が殆どであったが、時折挟みこんでくるアタナシアの情報収集タイムはさすがタヌキ、と言ったところだろう。クロードからアタナシアの情報を引き出すことはできずに苦慮していることだろうが。

「ですが陛下、本に書いてあることが全てではありません。時に酒の力を借りたほうがいい場合もあります」

最近はアルフィアスの話を聞き流し別の仕事を片付けるのが基本スタイルとなっていたクロードだが、本を否定したアルフィアスの話に興味をそそられて、ペンを走らせる手を一旦止める。

「ほう?」

やっとクロードの関心を引けたアルフィアスは自信を取り戻したかのように顔が明るくなった。彼は話を続ける。

「少し姫様に対して遠慮してしまっていることも、酒の力を借りることで一歩踏み出すことができるようになります」

「酒くらいで性格が変わったりはせんがな」

「そんな陛下の気分を変えるような酒を本日お持ちしたんですよ」

待ってましたと言わんばかりの笑顔で彼が鞄の中から取り出したのは、アルコール度数がいかにも高そうな蒸留酒だった。クロードは手渡された蒸留酒をくるりと一周させたが、これまで目にしたことはない製品であった。

「うちの領で製造していて、息子が企画・販売に携わっている新しい製品なんです。これがもう大当たりなんですよ。是非首都でも流通させたいのですが、息子がどこに目を付けたかと言いますとーーー」

彼の息子の話は一段と長いことを知っていたクロードは彼の話を耳から遮断した。

これで酔うことができたならどれだけ楽なことか、と酔えないクロードは心の中で嘆いた。
もうこの世に居ない女を思い出して、感情が揺さぶられる夜を過ごすこともなく眠りに付けたなら、とーーー。

一通り息子自慢を話せてスッキリしたのか、アルフィアスは業務連絡をいくつか口にして部屋を退出した。

彼のせいで全く仕事が片付いていないクロードは、次回こそ半殺しにしてあのうるさい口を黙らせてやることを誓うが、自分が知る最後の姿より9歳年を取った彼は手強さが増していて、最近の悩みの種の一つになりつつあった。

そんな疲れからか、彼の置き土産である蒸留酒がやたらクロードの視界へと入ってくる。存在を主張しているのだ。見ると飲みたくなってきてしまうのが人間というもの。思いのほか身体は酒を求めているのだな、とよくわからない納得をしたクロードは、禁酒への誓いを今日だけ破り、夕食前に蒸留酒の封を開けた。

グラスに注ぐと鼻を掠めたのは、蒸留酒には似合わない甘い香り。その香りに魅せられるように、酒を喉へ流し込んでいく。その香りがただの蒸留酒では無いことに気付いたときには既に遅く、アルコール度数が高いからか、久しぶりに体内へ入れたためか全身が熱くなり、珍しく酔いが回る感覚を持った。

怪しい酒を差し出してきたアルフィアスをどう問い詰めるかを思案しようとしたところで、急に体が軽くなり、それと同時にアルフィアスのことも頭から消えていく。

「アタナシアに会いに行かなければ」

脳内にあった雑念は一切消えて、ずっと心の内に秘めていた願望一つだけが頭にポツンと浮き出てくる。今、彼の頭の中にはアタナシアただ一人だった。

「アタナシア」

エメラルド宮ではアタナシアの夕食の準備時間だったようだ。
クロードは慌ただしく駆け回るメイドたちに目もくれずにアタナシアの部屋へ入っていった。ノックもせずに突然現れたクロードに、アタナシアをはじめとする部屋にいたメイドたちは驚いている様子だった。

「パパ、急にどうしたの?」

「夕食は一緒に食べよう」

酒により少し上気した顔のクロードだったが、険しい顔が変化することは無かった。しかし、いつもと様子が少し異なるクロードに気付いたアタナシアは心配そうに見つめていた。

「もちろん。リリー、パパの分もお願いできる?」

「ええ、陛下少々お待ちくださいませ」

「お前が一人で夕食を食べていては寂しいのかもと気になってな」

「・・・?」

父の急な申し入れに対応するようアタナシアはリリーに指示を出すと、慌ただしかった宮はより一層騒がしさが増していた。

クロード自身は心の内で思っていることが全て言葉として発してしまっていることを自覚しながらも、焦りなどという感情は一切持ち合わせておらず、自分にもこんな一面があったのかと感心していた。

そんな様子に苦笑するアタナシアを気にすることなく、ほとんど足を踏み入れたことのない彼女の部屋を見回す。

まだ14歳の少女らしいパステルカラーで埋め尽くされたメルヘンな装飾。これも記憶の無い自分が指示をして作らせたのだろうか、そんなことを考えているとアタナシアから声を掛けられていることに気が付く。

「準備ができるまでこちらにお座りください」

部屋の奥にあるソファーへ案内されると、クロードを奥に座るよう促して、アタナシアは向かい合った席へと着いた。

クロードは腰を下ろすと両隣も前後も広く空間が空いていて、同じ空間にいるのに彼女との距離が現れているようだと、ムスッとした表情を見せた。

「お前もこっちへ来い」

「・・・?はい」

言われるがままにクロードの傍へ来たアタナシアは、彼の横に腰かける。すると、クロードは違う、と言って自身の膝の上を叩いてみせた。

「ここだ」

「はい・・・は?」

14歳にもなってそんなこと出来ない!と叫ぶアタナシアを、獲物を射止める瞬間のような冷たい眼をしたクロードが、言葉を発することなく威圧で従わせようとする。命の危険を感じたアタナシアは、顔を赤らめ文句を言いながらも、渋々彼の膝の上で横座りをした。

「パパ、何だか今日は素直で可愛いわね」

そう言うと、アタナシアは自分が優位であるかのように、クロードの頭の上に手を乗せて子供をあやす様に撫でた。彼女のその手をクロードはパッと掴み、視線を彼女へ合わせると口から本心が零れ出た。

「お前のほうが可愛い」

「!?!?!?」

口をあんぐりと開けて固まっているアタナシアの顔が可笑しくて、クロードは珍しく笑った。

戸惑ったり、怒ったり、笑ったり、百面相するアタナシアの顔は飽きないな、と見つめていると、彼女の顔が急に別の女の顔に代わって見えた。

『陛下、からかわないでください』

そう言って笑顔で頬を膨らます女の表情が呼び起こされる。

「お前はあいつにそっくりだ」

「あいつ?」

「ダイアナーーー」

「パパ・・・」

彼女の故郷の話、彼女の両親の話、彼女の好きな茶の話、彼女を手にいれた日、彼女から癒された日、彼女が自分の子を身籠った日、そして彼女を失った日―――。彼女と過ごした全ての日々が夢では無いのだと目の前の少女が証明している。

生涯忘れることは無いであろう女、ダイアナとの思い出がフラッシュバックされ、急に酔いが冷めたかのように口が開かなくなったクロードは、言葉の代わりに膝の上に抱えた娘を強く抱きしめる。

体温の高い彼女を抱えると少しずつ眠気に誘われていく。酔えたところで、この傷が癒えることはやはりないんだなと実感して、一生解放されることのない苦しみに絶望した。

翌朝目覚めると、見慣れない天井が視界に入り飛び起きる。周囲を見回すとぬいぐるみが置いてあったり、パステルカラーを基調としたデザインがあることから、アタナシアの部屋だと判断する。

娘のベッドを占領して眠ってしまった記憶が全く無いクロードであったが、彼女を探して昨日の出来事を聞き出すことは本能が拒否をしたので、自室へ戻ることにした。

「陛下、昨日はお楽しみだったようで」

部屋で待っていたのはニヤニヤと口元を緩ませながら主を待っていたフィリックス。まるでいかがわしいことでもしていたかのような口ぶりに嫌悪感を抱き睨みつけたが、フィリックスは全く気にしていない様子で話を続けた。

「あれ、覚えていらっしゃらないんですか?でも陛下、心配なさらないでください」

そう言ったフィリックスにクロードはとても嫌な予感がした。フィリックスは手元に映像石を出現させると、寄り添う自分と娘の映像が映し出されていた。急ぎ魔法で石を破壊するも、これを他人に見られていたのかと思うと羞恥心で冷静ではいられない。

「ああ!何するんですか!」

「お前こそ何を勝手に記録してるんだ」

「また陛下が記憶を失っても大丈夫なように一つ一つ映像を残してるんじゃないですか」

まだまだありますよ、そう言ったフィリックスに怒る気も失せて無理やり下がらせる。

クロードは一人になると少しずつ昨日の醜態を思い出していった。大胆な発言をした記憶も思い起こされ、頭を抱える。

もし、「泥酔して甘えてきたんだけど気持ち悪い」などアタナシアから思われていたらどうしよう、と酒を開けたことに後悔が止まらないクロードであった。

そして本当に実行したかった夕食を共にする、という記憶は一切無かった。彼は彼女の夕食と睡眠の時間をただ邪魔しに行った、酔っぱらい親父と化していた。これでは本の教えを一つも履行していない。悪い事例集をそのまま実行しただけだ。

それもこれも全てはあの効き目の強い酒を持ってきたアルフィアスーーー。

酔えるものなら酔いたいと思っていたことをすっかり忘れたクロードは、アルフィアスを恨んだ。

ふと、最後の記憶が呼び起こされる。クロードがアタナシアを抱きしめて、不覚にも彼女の母親を思い出してしまった後だ。

俯いたクロードの顔を覗き込んだアタナシアは心配そうにしながらも、まるで子供を安心させるように優しく微笑んだ。

「私はパパとママの娘だよ。たとえパパに記憶が無くても私がずっとパパの傍にいるから。泣かないで」

「アタナシア・・・」

酒を飲むと距離が縮まると言ったアルフィアスの言葉もあながち嘘では無いのかもしれない。

だが、それとこれとは別話だ。今まで酔ったこともないクロードを酔わせてしまうほどの蒸留酒を差し出し、娘に醜態を晒させた彼にどんな罰を与えようかと熟考するクロードであった。

『魔法酒のおかげで、初めて本音を聞けました。ありがとう』

大ヒット中の蒸留酒を企画したアルフィアスの息子は、可愛らしく装飾された手紙の中身を確認すると満足気に微笑んだ。

「イゼキエル、どうかしたのか?」

「父上。可愛らしい魔法使い様から、目的は達成されたとご報告をいただきました」

「ああ、蒸留酒に最後の加工をした魔法使いか。報酬は要らないとは不思議な者だな」

「お金ではなく、魔法酒を作りたかっただけのようですから」

「お前の言う通り、陛下にも勧めてきたから、きっと帝国中で好調に売れていくことだろう」

「素直でない人を素直にさせたい人もいれば、素直じゃない自分に勇気を与えたい人もいる。この世の中、需要は十分見込まれますからね」

「その調子だ、イゼキエル」

公爵領の更なる発展と息子の優秀さにアルフィアスは上機嫌だった。この後自分の身に何が起こるかも知らずに―――。

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