ある日、父親になってしまった件について:娘から好かれる方法10選③

娘から好かれる方法10選 第一章 性格 第三節 娘の意思を尊重しよう

“娘の行動があなたの考えに沿わないとき、つい小言を口にしていませんか。いくら親子とはいえ、様々な外部的要因により、思考が完全一致することはありません。
一方的に叱りつける頑固親父は娘から嫌われます。頑なに否定するのではなく、娘がなぜその考えに至ったのかを理解するために、会話をすることから始めましょう。”

 

「なんだ、これは」

クロードの嗅覚を襲ったのは、皿の上に置かれた謎の物体。外は黄色、中身はピンク、更には黒い斑点模様の付いたグロテスクな見た目をしている。
あろうことか、皿の横にはフォークが用意されており、この物体は食べ物であるらしい。

この食べ物は、クロードの目の前に座る一人娘・アタナシアが用意したものだった。渡したいものがある、と意気揚々に告げる彼女は、メイドに運ばせたソレをクロードに食べるよう勧めてきた。

「なんか、身体に良い食べ物らしいです」

「このゴミみたいな物体が、か」

皇宮では嗅いだことのない腐敗臭が部屋中に漂っている。
さすがのアタナシアも強烈な臭いに、顔が引きつるのを隠せない様子であった。クロードも臭いに耐え切れず、鼻と口を手で覆った。

見るからに腐った物体を少しでも和らげようとシェフが考えたのか、皿の上には色とりどりの花びらが散りばめられているが、そんな子供騙しで食欲は1ミリもそそられない。

アタナシアによって無理やり口に入れられる危険を防ぐため、クロードは口を覆う手により一層力を込めた。

「お前が食べればいいだろう」

「で、でも仕事で疲れてるパパに食べてもらいたくって―――」

「うっ・・・」

鼻も口も塞いでいるはずなのに、身体の中に入ってくる酷い異臭に身の危険を感じたクロードは、危険物を早く部屋の外へ排除すべきだったが、せっかく娘がくれた物を捨てるのは少々気が引けた。

フィリックスに食べさせるか、と彼の立つ方向へ視線を向けると、焦った様子で背に何かを隠した瞬間をクロードは見逃さなかった。

「今、隠した物をよこせ」

「へ、陛下これは―――」

フィリックスがあたふたする様子を見ていたアタナシアが急に立ち上がり、フィリックスの元へ駆けていった。
アタナシアがフィリックスと共謀してこの物体を用意したと勘づいたクロードは、アタナシアよりも早くフィリックスの元へとたどり着く。
フィリックスの両腕を掴み胸を床に押し付けると、彼が握りしめていた紙を奪うことに成功した。

そこに書かれていた内容を見たクロードは絶句する。

『最近物忘れの激しい中年の方は必見!”記憶をグングン取り戻すフルーツ”好評発売中』

「ちゅ、中年だとーーー」

どうやら異臭を放っている物体はフルーツらしく、紙はフルーツの広告チラシだった。

クロードは、アタナシアが自分の体調を気遣ってくれたものとばかり思っていたが、実は小馬鹿にされていたことに青筋を立てた。

「パパ、ちがうの」

「なにがちがうんだ」

「えーと、だからそれは」

「全員、このゴミと共に立ち去れ!!!」

初夏という季節にも関わらず、部屋の中はひんやりと涼しくなった。
アタナシア、フィリックス、そしてメイドたちは全員、クロードによって部屋から追い出された。異臭を放つフルーツと共にーーー。

騒々しい人間たちを追い出したお陰で部屋は静寂を取り戻した。その中でクロードは一人、去り際のアタナシアの顔を思い出していた。

頭を掻きむしり、ため息を吐く。身体が気怠い気がしてソファーへ移動して横になった。

もう少し我慢すればよかったかもしれない、とクロードは思った。部屋を追い出したときに泣いてしまいそうな顔をしたアタナシアが頭から離れなかったからだ。

そこでふと、記憶を失う前の自分だったら、という仮定が頭に浮かんだ。今のようにアタナシアへの接し方に悩むこともなかっただろう、とどこへぶつけたらいいか分からない憤りを募らせる。

アタナシアの用意したフルーツもクロードの記憶を取り戻させるためだと考えられた。1年近くを共に過ごしてきた今のクロードは、いくら距離を縮めたところで彼女にとっては、本物の父が不在の間の僅かな繋ぎでしかないのだろう。

余計なことまで考え始めたことで、この後予定していた仕事をする気が全く起こらなくなったクロードは、そのまま目を閉じて気持ちが和らぐのを待つことにした。

明け方まで寝付けなかったクロードは、日が高く昇った頃にフィリックスから起こされた。

「陛下!仕事も中途半端でいつまで寝てるんですか!」

誰のせいだ、とクロードはフィリックスを睨みつけるも、当の本人は全く気にせず、閉ざされたカーテンを開けて日の光を部屋の中へ入れた。

昨晩どれだけ考えてもアタナシアへどう接すれば良かったかの正解が分からなかったクロードは、アタナシアの扱いに関しては一級なフィリックスに、今後の立ち振る舞いについてさりげなく尋ねることにした。

「姫は何をしている?」

「落ち込んでますよ、陛下のためを思って用意したのに怒られてしまったんですから」

「・・・・・・」

クロードが聞きたいのは現在のアタナシアの様子ではなく、彼女との関係の修復方法だった。フィリックスの余計な情報により罪悪感がさらに大きくなったクロードは、彼をきつく睨みつけた。

そんなクロードの様子に気がついたのか、フィリックスは救いの手を差し伸べる。

「あの本の3節はもうお読みになりました?」

「いやまだ少ししか目を通していないが」

「ちょうど3節に今の陛下に良いアドバイスがあるので、読んでみるといいですよ。もちろん今日締めの仕事を片付けた後に、ですけどね」

机の上に無造作に置かれた一冊の本へ二人は視線を向ける。
本の内容を要約して伝えてくればいいものを、とクロードはフィリックスを恨めしく思った。
しかしフィリックスは忙しなく部屋を出て行ってしまったため、クロードにとって本を読むことがアタナシアとの関係を修復するための唯一の道となってしまった。

クロードは昨日放置した仕事に手を付けた。集中力を最大限まで高め、通常の倍以上の生産性を発揮させた。早く本の続きを読みたくて、期日を勝手に引き伸ばしたものもあるが。

数時間後に緊急の仕事を全て片付けたクロードは、ひと息ついてすぐに読みかけの本を手に取った。挟んでいたしおりを目印に、ページを捲る。

”娘から嫌われる父親の特徴は「頑固」「威圧的」「人を見下す」”

続きのページを開いてすぐ目に止まった文章に、クロードは自己防衛反応が働き本を閉じようとする。

すると、いつの間にか執務室へ戻っていたフィリックスが瞬時に手をそのページに差し込み、続きを読めと目で催促した。渋々と文章に視線を戻すクロード。

”一方的に怒る前に、娘の話は聞いてあげましたか?”

たしかにアタナシアは何かを話そうとする素振りを見せていたが、どうせ記憶を失う前の父親に会いたいからという理由に決まっているだろう、とクロードは話を遮ったことを思い出す。

”娘にも考えがあるはずです”

「・・・・・・」

「まずは姫様の話をもう一度聞いてみませんか?」

「・・・・・・」

一方的に怒ったことを自覚していたクロードは、本とフィリックスの助言によりアタナシアがなぜあのゴミを自分に食べさせようとしたのかを聞いてみようと思った。

しかし、今すぐアタナシアへ会いに行く勇気は無かったので、クロードは本の続きを読むという一旦逃げの選択を取ることにした。

娘というのは偉そうな父親を好まない傾向にあるらしく、娘に対してだけでなく他人への態度も同様に観察しては採点基準に含まれるのだという。
しかし、クロードはオベリア帝国の皇帝であった。

「俺に威厳が無くてどうする」

「公務の時だけでいいってことですよ。プライベートでは威厳なんていりません」

ふうん、とフィリックスの回答に納得した様子のクロード。

「そしてこれは姫様にだけ態度を改めればいいというわけではありません。私を含めた全ての人間に対して、丁寧な扱いをしていただかなくてはなりません」

「なぜお前にそんなことをしなければならない」

「陛下、姫様は父親の他人に対する態度を見て、好き嫌いを判断されるのですよ」

娘以外への態度を改めることが腑に落ちないクロードはチッと舌打ちをしたが、フィリックスが自信げに微笑んでくるので圧されてしまう。
フィリックスのアタナシアの扱いに関してだけは口で勝てないクロードであった。

その会話を境にクロードは、彼の外見をした他人が中に入り込んだのではないかと皇宮内で噂されるほどの変貌っぷりだった。
身に纏っていた殺気が消え、部下たちを気にかけるようになったのだ。

あまりの変貌に、例のフルーツを食べて陛下の頭がイカれてしまったのではないか、というのが有力説として使用人たちの間で囁かれていた。

それでも命の危険と隣り合わせだった日々に比べたら、今のほうがマシと判断した皇宮の人々によって『どんな極悪人でも善人に変えるフルーツ』として、あの異臭の放つフルーツは帝国中に知れ渡るようになった。
皇室御用達のフルーツを求めた民たちによって、一時期入手困難にまでなるほどだった。

事の真相を知っている唯一の男・フィリックスはほくそ笑んでいた。彼は日常茶飯事であったクロードによる無理難題な任務が激減し、最大限の恩恵を受けていた。

どよめく城内に一人、事情を知らない娘が不安そうに過ごしていることに誰も気づかず、あっという間に数日間が過ぎていった。

とある日の執務室ーーー。
コンコン、とドアがノックされる。
フィリックスが訪問者を確認して戻ってくると、アタナシアが来ていることを告げられたクロード。
謁見を許可すると、俯いたアタナシアが部屋に入ってきた。
クロードは何を考えているか分からない数日ぶりのアタナシアを前に、心臓が大きく音を立てているのを感じていた。

「この間は無理強いをしてしまい、すみませんでした」

(これがあの本の力かーーー!)

自らが謝りに行かなくとも娘から歩み寄ってきたことに、3節にしてやっと効果を発揮してきた例の本を思い浮かべフッと笑みが溢れる。

自信に満ち溢れたクロードは、数日前からシミュレーションをしていた、アタナシアから謝られた場合の返答パターンを口にする。

「いや、俺もついカッとなってしまった」

「・・・・・・」

シミュレーション上では、この後「やっぱり今のパパが好き」と涙ぐみ駆け寄ってくるはずだった。
しかし、目の前にいるアタナシアは眉間に皺を寄せてクロードを凝視している。
想定とは違う反応に内心戸惑いながらも、クロードはそれを表に出すことはせず、次の会話へ進むことにした。

「なぜ、あんなもので記憶を無理に取り戻させようとした?」

「それは・・・」

言いにくそうに口籠るアタナシアを見て、早く言えと急かしたくなる気持ちをクロードは必死に抑え込んだ。クロードは学んだのだ、娘の考えにしっかり耳を傾けることを。

(早く言え早く言え早く言え早く言え早く言え早く言えーーー)

発した言葉ではかなり譲歩していたものの、心の内では無理に抑え込んでいる言葉に連動して、苛ついた表情は全く隠せてはいなかった。アタナシアを捉えた宝石眼がギラギラと輝きを放っている。

フィリックスは言葉と表情のギャップにギョッとしたような表情をしたが、アタナシアが幸いにも俯いたままだったため本人に気づかれることはなかった。

しばらくの沈黙の後、やっとアタナシアが口を開いた。

「記憶を失う前にパパと約束したから」

「何を?」

「街に出て季節限定スイーツを食べに行くって」

あまりに薄い内容にクロードは拍子抜けして、首を傾げた。そんな過去の自分との約束のためにゴミを食べさせられそうになったのかと、喉まで出たがグッと堪える。

「スイーツ?そんなもの城まで取り寄せればーーー」

「パパが来年街に出かけて一緒に食べようって言ってくれたの!今年のその期間がもうすぐ終わっちゃうの!」

パパはお出かけとか好きじゃないのに奇跡的に約束してくれたから、と涙目で呟くアタナシアに、ゴミを食べることを強要された怒りが不思議と消えていった。
そして、怒りが収まった空間にアタナシアの願いを叶えたいという気持ちが芽生える。

「ーーーそんなもの、初めから素直にそう言えば連れて行ってやったものを」

気づけば用意していた台詞は頭から抜けていて、無意識に自然と言葉を発していた。

「え・・・」

きょとん、とクロードを見つめてくるアタナシアは想定外の言葉に驚いているようだった。そんなアタナシアをよそに、クロードは優しい口調で言葉を紡ぐ。

「行くか、街に」

「ーーー本当に?」

「ああ、俺がそう言ったんだろう」

「パパ、なんかやっぱり最近変だよ」

「・・・・・・」

アタナシアはクロードのことを変だと言ったが、その割には瞳を輝かせて上機嫌なことがクロードにも伝わった。

本の通りに他人への態度を見直した結果がアタナシアからの評価へ繋がったのか、とクロードは本の効果を素直に受け入れた。

アタナシアが去った後、著者を調べるようにとフィリックスへ指令を出す。本を読むより直接指南を受けたほうが、アタナシアとの距離を縮める近道と考えたからだった。

さて、とクロードは次の章が記されたページを捲った。アタナシアと街へ出かける前に予習をするためだ。
いつの間にか、クロードは【娘から好かれる方法10選】の虜になりつつあったーーー。

ちなみにアタナシアとの関係が修復されたクロードは2日も経つと元の態度へ戻ってしまい、皇宮には再び例のフルーツが大量に入荷され、どう皇帝の胃の中へ入れるかの対策委員会が秘密裏に動き始めたとか。
フィリックスは短かった幸せな日々を思い出しては涙を流した。

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