ある日、父親になってしまった件について:娘から好かれる方法10選②

娘から好かれる方法10選 第一章 性格 第二節 些細なことでも褒めよう

“あなたは普段から娘を褒めていますか。例えば、娘は外見一つにも日々気を使っていることでしょう。もちろん、生まれながらにしてあなたの娘が可愛いことは事実でしょうが、あらゆる努力の末に今の可愛さがあるのです。娘さんの傍にいるあなたにしか分からない魅力を見つけ、しっかりと褒めてあげましょう。父親からの言葉を喜ばないわけがないのですから。”

 

ある夜、皇宮の一角にある煌びやかな宮殿でパーティーが開催されていた。会場にはオベリア帝国中の貴族が集まり、贅を尽くした食事やワインを彼らは口にしながら、談笑を楽しんでいる。

その中でも、会場の奥に当たる一部の空間だけは張り詰めた空気が流れていた。玉座に腰掛けているのは、オベリア帝国を黒魔法から救った英雄、クロード・デイ・エルジェア・オベリア皇帝陛下。その隣にはこれまた豪華な装飾の施された椅子が用意されており、主が座るのを待っているようだった。

騒々しい会場がどよめき立つ。皆が声の大きくなった方へ視線を向けると、オベリア帝国唯一の姫である、アタナシア姫が護衛騎士に手を引かれて会場入りしたところであった。

透き通るような白い肌と美しく波立つシルバーブロンドの髪、王族の証である宝石眼を持った彼女は、バラ模様の刺繍が入った淡いパープルのドレスに身を包み、老若男女を問わず会場に居る全員を虜にした。

彼女が遠慮がちに少し微笑めば、その微笑みを受けた者は、貴族らしからぬ声を上げて頬を赤らめる。

彼女は父であるクロードへ一礼し挨拶を済ませると、彼の隣に用意された席へと着く。並んだ父娘は神に愛されし容姿を持つと言っても過言ではなく、両手を合わせる者まで現れるほどだった。

可憐な娘の登場にも眉一つ動かさないクロードに、「冷徹な皇帝が寵愛する一人娘」という帝国中の話題の真意を確かめに来た遠方地の者は少々残念がっている様子だった。

そんな無表情のクロードへ列を成して挨拶をを待つ貴族たち。挨拶を順番に受けるクロードは、実はパーティーが開始してからずっと心ここにあらずな状態であったことを知るものは、この会場内に居ないだろう。

クロードは、顔を正面へ向けながら、こっそりと隣の娘に視線を向ける。アタナシアの頭の天辺から足の先までを確認すると、何やら思い詰めた様子でため息をつく。

(“いつもより着飾っているな”・・・?)

この男、第2節まで読み進めた本【娘から好かれる方法10選】の内容が頭から離れないようだ。

内容は一言でまとめると“娘を褒めよう”だった。著者により、手始めに“外見を褒める”ことから勧められているが、クロードはアタナシアに何と声を掛けたらいいのかが分からなかった。

先ほどから挨拶に来る者たちは口を揃えて言う。

「アタナシア姫様、想像以上のお美しさです」

本で求められている言葉か、とクロードはアタナシアの反応を確認してみるが、彼女は頬を赤らめ謙遜したように首を振るだけ。

クロードにはアタナシアのこの反応が喜んでいるのか、困っているのかすら分からず、益々何も言葉を掛けられないでいた。

「陛下、姫様、アルフィアスでございます」

クロードが悶々と考え事をしている頃、全身に光り輝くオーラ身に纏わせたアルフィアス公爵に挨拶の順番が回ってきた。

公爵領は皇宮からさほど距離も無いため、特にクロードは数日に一度は彼と顔を合わせている。

「公爵には嫌というほど会っている。挨拶はよい」

アルフィアス公爵はクロードの台詞に苦笑いしたが、言葉通りに引き下がらないのがロジャー・アルフィアスという男だった。

彼はアタナシアの方へ顔を向けて微笑むと、アタナシアは内心何を考えているか分からない彼の笑みを疑ったのか、少々引いたような表情を浮かべて対応する。

「アタナシア姫様、本日もお美しいですね」

「ありがとう」

「本日のドレスもとても良くお似合いですね。大人びた姫様にぴったりの色合いです。さすが姫様が選ばれる物はセンスが桁違いですね」

色合いや刺繍など、アタナシアの身に纏うドレスを一通り褒めると、アルフィアス公爵は満足したのか、クロードに軽いウィンクを一つ投げてその場を去っていった。

ウィンクを投げるという前代未聞のアルフィアス公爵の態度に、クロードは一瞬寒気が襲った後、次第に沸々と怒りが芽生えてきたようだった。

「何と無礼な―――」

実は、【娘から好かれる方法10選】の読者仲間、兼先輩として、アルフィアス公爵は娘への扱いの手本を見せようとしたのだった。

だが残念なことにクロードにはその真意が全く持って伝わっていないばかりか、見本に使われたアタナシアの機嫌まで損ねる形となってしまった。

アルフィアス公爵がその事実に気付かず立ち去ったことは幸か不幸か。確実に不幸なのは、彼の次に挨拶をしている目の前の貴族だろう。

「はあ―――あんなに褒められても、今日のドレス選んだのハンナだし」

アルフィアス公爵の胡散臭いお世辞に笑顔を維持できなくなったアタナシアは、一歩後ろに下がっている護衛騎士のフィリックスへ愚痴を零す。

「まあまあ、その絶賛された素晴らしいドレスをここまで美しく着こなせるのも姫様だけなんですから」

「そうかしら」

フィリックスの一言で不機嫌だったアタナシアは一瞬にして満更でもない様子で上機嫌になった。人の感情に鈍感なクロードにすら彼女のその変貌っぷりは明らかで、フィリックスに感心した。

しかし彼には、アルフィアス公爵がなぜアタナシアを怒らせて、フィリックスはなぜ彼女を喜ばすことができたのかが分からなかった。

眉間に皺を寄せて表情を険しくさせたクロードに、フィリックスは小声で耳打ちする。

「陛下、なにも外見を褒めなくてはいけないわけではありませんよ」

さすがはクロードの側近、フィリックスは彼が何を考えているのか口に出さずとも理解していた。

「姫様の気になる部分はありませんか?感心する部分というか」

ふむ、とクロードは顎に指を沿えて、貴族からの挨拶を受けるアタナシアを見つめてみる。

アタナシアはいつものように柔らかく微笑んでいるわけではなかった。適度な相槌を打ち、相手の会話を引き出しているようにも見える。

実際にクロードが一人で対応すると瞬く間に挨拶の時間は終了するが、今日は心なしか一人当たりの時間が長く、列が延々と続いていた。

自分と娘で丁度いいバランスが取れているのかもしれない、と彼女との相性の良さにクロードは少し口角が上がった。

それ以外にクロードがアタナシアを気に入っている点は、どこぞの姫のように儚げで弱弱しい印象を与えていない振る舞いだった。

この堂々とした皇族としての振舞いを持ち合わせたアタナシアは、姫という役職以上に、己の後継者としてもいずれ通用するだろう、と誰に対してかは本人も分かっていないが鼻を鳴らし誇らしげなクロード。

(”これ”が正解だろう―――)

一頻りアタナシアの感心できるところについての考えが纏まったクロードは、彼女へ自信満々に声を掛ける。

「アタナシア」

「はい?」

挨拶中の突然の問いかけにアタナシアは驚くも、振り向き角度・目の上げ方・声のトーンと全て彼女によって計算し尽くされた愛くるしい姿を用意してクロードに返事をする。

この攻撃は99%の大人が絆されるとアタナシアは自覚しているが、そこに属さない1%の人間の一人が現在のクロードだった。

アタナシアは相変わらず無表情のクロードが何を言い出すのか心の準備をしつつ、瞼をパチパチと開閉させて上目遣いをして、彼が次に口を開くのを待った。

「お前、男らしいな」

「は?」

クロードが言葉を発した瞬間、アタナシアの愛くるしい顔は瞬時に鬼の形相へと変化した。

クロードは想定していた返しと180度違うアタナシアの反応に珍しく焦りを表に見せた。

クロードは直ぐにフィリックスの方へ顔を向け、アタナシアと同じく歪んだ表情をして彼を睨みつける。理不尽な八つ当たりに困惑するフィリックス。

この時、運悪く挨拶をしていた人間は、生きた心地がしなかったと言う。親子ということもあり、アタナシアは怒った顔までクロードそっくりだった。

そのまま父娘は口を利かずに貴族らへの対応を続けた。一通りの招待客との挨拶を終えると、居心地の悪そうなクロードは、フィリックスへアタナシアを令嬢らが集うエリアへ連れていくよう命じ、彼自身は予め予定されていた遠方地の貴族ら数人と国政の話へ入った。

いくらクロードの圧倒的な魔力に貴族は頭が上がらないとはいえ、自分たちの領地が有利になるよう彼の懐へ潜り込もうとする。

最近は誰と話していても、貴族らの興味の対象はオベリア国の唯一の姫であるアタナシアであることにクロードは気付いていた。

アタナシアとの旅行先や特産品の紹介、彼女の年頃に興味がある物など話題は尽きない。その中でも一番多い話は令息の紹介だった。今回も同様、直接的に婿候補として紹介してくるわけではなかったが、跡取り息子の優秀さを無理に刷り込む貴族らの会話にクロードはうんざりしていた。

騒々しい会場で、利己のために蠢く貴族らの会話に、クロードは嫌でも幼少期からの不遇が思い起こされる。

兄が皇帝だった頃、クロードに媚を売る者は居ないに等しかった。嘘くさい笑顔の仮面を被った彼らは、クロードの皇帝との不仲を察知して、彼と深い交流をすることを避けた。

そのため、彼は国のために提言したいことがあっても発言する権限は与えられず、力のある者に協力を求めようとしても話を聞いて貰える機会すら誰からも与えられなかった。

クロードが兄を殺した後、手のひらを返したように擦り寄る貴族に彼は吐き気を覚え、遠方へ左遷させたり、中には処刑した者もいた。よって、今目の前にいる者は兄派で左遷した人間たちだった。

現在はクロードに対して忠誠を誓っているが、それは彼への恐怖心を起因とするものだ。それはここにいる遠方貴族に限った話ではないのかもしれない。恐怖心とは別で忠誠を誓った人間は、クロードが知る限りフィリックス一人だった。

これだから馴れ合いのパーティーなど嫌なのだ、とクロードが目の前で娘に関わる低俗な話を続ける貴族らを黙らせようとした時、礼服が遠慮がちに引かれたことに気付いて後ろを振り返る。

「―――アタナシア」

そこに立っていたのは心配そうにクロードを見つめるアタナシアだった。

「すごい顔してるけど、何かありましたか?」

「・・・・・・」

クロードはアタナシアを視界に入れた瞬間、心の中を渦巻いていた黒い感情がすっと消えて、気持ちが和らいでいくのを感じていた。

つい先ほどまでも別の意味で胸をざわめかせる原因だったアタナシアが、心の拠り所になっていることに苦笑する。

アタナシアはクロードの不機嫌の原因を察したのか、彼の腕に自分の腕を絡めて甘えた声を出す。

「パパ、私もう疲れたからエメラルド宮に帰りたい」

しかし、話題の姫が目の前に現れた貴族らは、我先にとアタナシアへ話しかける。

シロおじさんのが表面上は上品でまだいいわね、と一瞬蔑んだ目を見せたアタナシアは満面の笑みを見せるだけで、何一つ彼らの問いには答えなかった。

それでも距離を詰めようとする貴族らとアタナシアの間に突風が差し込む。正確には、クロードから発せられたバリアのような光が貴族らを吹き飛ばした。

「醜いぞ、娘に近づくな」

強い睨みを利かせたクロードは会場の出入り口へと向かった。拍子抜けして吹き飛ばされた貴族らを見つめるアタナシアに気付き、早く来いと呼び寄せる。

追ってきたフィリックスにクロードは後処理を命じ、アタナシアと共に会場を後にした。

なぜクロードの怒りに触れたのか分からない遠方貴族と、アタナシア姫に近づいた末路を見た出席者たちは暫くの間、その場から動けずにいた。

クロードの暴挙に慣れたフィリックスを始めとする騎士、そして皇宮所属のメイドたちは、荒らされたテーブルと食事たちを手際よく片付けていく。そして、ものの数分もしない内に新しい食事がテーブルの上には並べられていた。

それでも食が喉を通らず静まり返った会場内に対して、フィリックスは「陛下は娘との関係修復に奮闘中で少々殺気立っていること」をエピソードを交えて紹介し、親近感を抱いた親世代からの支持率が微量ながら上昇した。

余談だが、この話は翌日街の新聞に取り上げられ、多くのオベリアの民に、冷徹な皇帝陛下が一人の父親だったことが知れ渡ることになる。

そんなフォローを命じたつもりは微塵もないクロードは、アタナシアを連れてエメラルド宮へと歩く。耳に入るのはお互いの足音のみ。浅ましい男たちの声から解放されたことに相まって、夜も更けた宮殿の外は本来の皇宮の静けさがより一層際立っていた。ふう、とクロードは息を吐く。

「お前の傍は心地がいいな」

「・・・」

クロードの上辺でない台詞に、アタナシアは嬉しそうに目尻を下げて、私もですと呟いた。

クロードは望んでいた自分だけに向けられるアタナシアの顔に表に出さないものの、内心とても満足していた。

先ほど同様、なぜこの言葉がアタナシアを喜ばせたのかまでは理解できていなかったクロードは、「お前の傍は心地いい」というフレーズを連発するようになる。

しかし、2回目の発言以降は、同じ返しをアタナシアから得ることは叶わず、むしろ機嫌が悪くなってきてしまったため、クロードは困惑した。

クロードが第2節の内容を習得するまでの道のりは険しい―――。

【娘から好かれる方法10選】の改訂版には、この第2節に”服装ばかり褒めても喜ばれない”、”同じ褒め言葉の連発厳禁”という注意書きが新たに追加されたとかされなかったとか。

 

つづく

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