ある日、父親になってしまった件について:娘から好かれる方法10選①

娘から好かれる方法10選 第一章 性格 第一節 表情を豊かにしよう

“娘は父親のことをよく見ています。娘が父親に話したいことがあっても、仏頂面な顔をしていたら「また今度でいいや」と去ってしまうでしょう。娘と接したい気持ちがあるのに、表情のせいで娘から差し伸べられたはずのチャンスを失っているのです。娘が何を考えているか分からなくても、娘から声を掛けやすいよう常に優しく微笑みかけてください。面白いことがあったら一緒に笑う、悲しいことがあったら一緒に悲しむ。父親が娘の一番の理解者であることを、まずは表情からアピールしましょう。”

 

『陛下、姫様と良い関係を築くために、こちらの本を参考になさってみてはいかがでしょうか』

娘との関係を良いものにしようと思い立ち、先日部下から差し出された【娘から好かれる方法10選】というタイトルの本を手に取ってみる。本には別紙が巻かれており、本の紹介文が複数件記されていた。

“この本のおかげで5年ぶりに娘が口を聞いてくれるようになりました”

“娘を持つすべての父親に読んでほしい”

何とも胡散臭い感想だ。今年のベストセラーとまで記されているこの本に、果たして自分の求める答えは載っているのだろうか、と疑問を抱く。

クロードは本を開き、ページを捲って直ぐに絶句することになった。目次に記された各章のタイトルは、到底行動へと移せないことばかりが並べられていたからだ。

(【表情を豊かにしよう】【些細なことでも褒めよう】だと・・・。身だしなみの項目は問題ないだろうが・・・【妻を大切にしよう】、【家事を手伝おう】これはどうやっても不可能ではないか)

【第一節、表情を豊かにしよう】に書かれた内容は、クロードにとって実行不可能だと断言できる。“優しく微笑みかける”とは、一体何をどうすれば良いのかから分からない。本にはご丁寧に1ページ分を使用して目尻の下げ方、口角の上げ方が絵で示されていた。

絵を凝視していると、どこか自分の容姿と似ているような気がして憎らしい。この著者を後で調べて絵を差し替えさせるよう命令しなければ、と考えながら“優しく微笑みかける”について読み進めていった。

「い」の発音の形をした口でしばらく過ごすと、公務の時間だとフィリックスに告げられ謁見室へと移動する。

「陛下、アルフィアスがご挨拶申し上げます」

アルフィアス公爵の話を聞いていると、いや顔を見ただけで口角が下がるのをクロードは自覚した。気がついたところで無理に口角を上げる気にもならなかった。公爵の話を右から左へ受け流していると、彼はクロードの机の上に置かれた本に気が付き、少し嬉しそうに話題を振ってきた。

「陛下も【娘から好かれる方法10選】を読まれているのですね。いや、初めは私も半信半疑でしたが効果が絶大で驚きました」

「公爵に娘はいないだろう」

「ええ。家には姫様と年の近い姪がいるので、その子用で購入してみたんです。どうも年頃の娘との距離は難しくて」

この本の愛読者であった公爵は、本のレビューで紹介されていたような内容を興奮気味に話してくる。掲載されたレビューの一人は彼なのではないかと疑うほどだ。

「まあ昔から陛下とアタナシア姫様は仲睦まじいご様子。こんな本なんて参考にはならなかったでしょう」

「・・・表情を豊かにしよう、は実践したか」

「ええもちろん。一節の基礎ですからね。実践してすぐ前より話しかけられる回数が増えましたよ」

ふむ、とクロードは考え込む。この本の通りに実行すれば娘から話しかけられる回数が増える、と。そういえば娘にはいつも自分から話しかけてばかりだなと、公爵の話に今日初めて興味が湧いたような反応を見せた。

「優しく微笑む、の表情を今ここでして見せろ」

「え・・・なぜですか」

突然のクロードからの命令に困惑する公爵。話題を振ったのは自身であるものの、この冷徹な皇帝陛下を前に微笑するのは気が滅入るようだった。

「絵では分かりにくいのだ」

非常に気乗りしないが、娘を持つ父親トークによって、姪であるジェニットを陛下に会わせる理由がまた一つ増えるのではと考えた公爵は、プライドを捨てて全力で任務を全うすることを決意した。

「なるほど。そういうことでしたら・・・」

公爵は全力の微笑みをクロードにして見せた。金色の瞳からは見たこともないほどの輝きが溢れ出ている。公爵を知らない人が見たら、きっと美しいと言う反応を見せるだろう。「イケオジ」などと世間で騒がれている彼の家族にしか見せない優しい微笑みーーー。

「・・・・・・」

一方で長年公爵と付き合いのあるクロードは鳥肌が止まらなかった。なぜ数秒前の自分はこんなことを言い出してしまったのだろうか、と後悔していた。

「もういい、下がれ」

「陛下、練習するのであれば棒を咥える方法がいいかと思います」

クロードは冷めた声で退出を告げたが、公爵は開き直りいつもの調子を取り戻して本の魅力についての説明を続けてきた。クロードが頭を抱え始めたところで、部屋の外で待機をしていたフィリックスが入室する。彼は次の予定が控えていると声を掛けると、公爵は退出し、クロードはやっと公爵のマシンガントークから解放され安堵した。結局公爵が何の用で訪ねてきたのか分からず、終始本の話で謁見は終了した。

その日の昼下がり、クロードは庭の椅子に一人腰掛け、フィリックスへ呼びに行かせた娘を待つ。テーブルには棒状の形をした菓子があったので、一本を横にして口に咥えて口角を上げてみた。余程筋力が無いのだろう、短時間も維持できず、菓子は折れてしまう。

「お菓子食べてるなんて珍しいですね」

クロードは口角上げの練習に集中していたからか、娘が近くまで来ていたことに気づかなかった。万全とは言えなかったが、練習の成果を少し実践してみようと思い、声のする方へ振り向いた。

「アタナシア」

「?」

“優しく微笑んで”みせたクロードが確認したアタナシアの表情は、彼が初めて見る顔だった。いつもの可愛らしい顔は崩れ、全体的に左側へ引きつっている。

「なんだ、その顔は」

(それ、こっちの台詞なんですけど)

アタナシアの心の声はフィリックスやメイドたちなど、一人を除いてこの場にいた全員に駄々漏れであった。

クロードは残念なことに、「微笑む」のに必要なもう一つのポイントである「目尻を下げる」ことを忘れていた。きつい目元を維持したまま、口角だけ上がっていたクロードの表情は、人を殺めることを楽しむ愉快犯のような顔をしていた。皆の顔が引きつるのも当然だ。

結局、アタナシアとの会話が弾まなかったクロードは、本にやつ当たりをし、燃やして処分した。すっかり本の存在を忘れて翌朝執務室へ行くと再び同じ本が机の上に置かれて、苛立ちを覚える。

「フィリックス・・・」

余計なことを、とクロードは思ったが、燃やすのはもう一度読んでからにしてみようと気まぐれな感情で思い直す。彼にとって、娘との仲を深めることが今現在の最も重要な案件だったからだ。

“優しく微笑む”のページでは、目元の部分が目立つように赤いインクで囲われており、昨日の反省点が本人に伝えられたのだった。

 

つづく

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