『姫様には私が就いておりますので。アルフィアス公子はお引き取りください』
冷たく声を発したのは、私のピンチをフォローしに来てくれたルーカス。アルフィアス公爵邸に滞在して、お礼も言わないまま宮殿へ戻った私に会いに来てくれたイゼキエル。彼に好意を伝えられ困惑していたところに、タイミング良くルーカスが現れた。
ナイス!と心の中で称賛したのも束の間だった。対面した二人の間には殺伐とした空気が流れていて、その理由は分からずとも、気まずさにため息を吐かずにはいられない。私が把握している限りで、この二人が接触するのはまだ2回目のはずだ。1回目はイゼキエルが私の図書館に不法侵入したとき。その時すでに、初対面でありながらお互いが挑発するような態度で対峙した二人に、私がルーカスの肩を持つことで事を収束させたのだった。
この二人が相性抜群の性格だとは思わない。だが、全く歩み寄れないというわけでもないだろう。片方はあの優しい男主人公・イゼキエルである。問題はもう片方のルーカスであると言ったところか。仲良くなれば良い奴というのが分かってくるが、理解するまでに長い時間を要するのが難点だ。
イゼキエルも誰にでも優しくするわけではないらしいので、ルーカスの挑発的な態度に不愉快を示さずにはいられないのだろう。イゼキエルは冷静に、ルーカスへ質問した。
「姫様をお送りするのに、私がいたら何か不都合なことでも?」
「私でなければ姫様の護衛を務めることはできません」
「姫様の護衛はロベイン卿がお勤めしていると伺っていますが」
「ロベイン卿が不在だから、皇室からの信用の高い私が代役を仰せつかっているのです」
「なら貴方は後ろから付いてくればいい。私はまだ姫様との話が終わっていません」
双方引くことを知らないのか、一向に収束する気配が無い。イゼキエルのキラキラした表情は良く見ると目が笑っていないし、ルーカスの表情はどんどん険しくなっていき、口調さえ崩さないものの荒々しくなっている。
(もう・・・めんどくさい・・・)
私に関係のない話であれば、そのまま置いていけるのに、「どちらが私を見送るか」から始まった言い争いだから見捨てるわけにもいかず。
結論も出なそうなので、フィリックスを呼んでもらおうと辺りを見回しても、リリーを始めとするメイドたちの姿が見えない。そういえば、気を利かせて部屋の外で待機していたことを思い出し、扉の外を覗くと外は外で何だか騒がしい。
(ちょっとこれ以上何も起こらないでよね・・・)
騒々しい集団がこちらに近づいてきているのを感じる。足音と声がどんどん大きくなるにつれて、何やら揉めていることがわかった。扉を一旦閉めて、この部屋を通りすぎてくれることを神に祈った。そんな私に目もくれず、私の目の前では変わらず二人が言い争っている。
嫌な予感は大体当たるもので、足音が扉の前で止まり、私の祈りは神に届かず終わったことを察した。廊下からはリリーの声も聞こえてきて、リリーが厄介ごとに巻き込まれていることは分かった。
「陛下、今姫様はご友人と歓談中でして・・・」
(うわ・・・そこにいるのはクロードかぁ・・・)
なぜこのタイミングでクロードが訪ねてきたのか理由は分からないが、対応を間違えれば大惨事になりかねない。穏便に、ここにいる二人を含め全員にエメラルド宮から出てもらわなくては。両頬をバチンと叩き、自分自身に喝を入れる。
「フィリックス。お前、姫の護衛騎士だと誇らしげに俺に語っていたな」
「もちろんでございます、陛下」
「なぜお前は今、姫の傍を離れているのか」
「それは陛下から押し付けられた業務をこなしていたからです」
「それでよく姫の護衛騎士を名乗れるな」
「エメラルド宮の外に出ることがあれば姫様のお傍を離れませんが、友人にお会いする分には問題ないかと。アルフィアス公爵の息子ですし」
「黙れ、口答えするな」
フィリックスのとぼけた態度から深刻な状況でないことは感じ取れるが、クロードの機嫌は顔を見ないことには分からない。会話から決して良いとは言えないだろう。このままフィリックスに相手をさせると悪化しかねないと判断し、恐る恐る扉を開ける。
「陛下、ごきげんよう」
14年間、鉄仮面の前で笑顔を作り続けてきただけのことはある。私の笑顔は完璧だ。ほら、可愛いでしょう。と自分自身を鼓舞したものの、その笑顔も引きつってしまうほどの真っ黒なオーラがクロードを包み込んでいた。
(げっ、結構悪いやつ)
最近よく見かけた気だるい顔ではなく、殺気の混じった恐ろしい顔。整った美しい顔をしているが、何をしでかすかわからないサイコパスなこの顔は一種のホラーだ。
「朝の挨拶にも来ないで何をしているのかと思えば、男と逢引しているとはな」
(面倒くさいのがもう一人増えてしまった・・・)
自分がジェニットをひいきにしていることは棚に上げて。そんな差別を受けては、挨拶だって行く気が失せるというものだ。
そう、ジェニットとの三人の奇妙なお茶会から、再び日課にしようと思っていた朝の挨拶をしに行くことを私はサボっていた。それに関してクロードは何も言ってこなかったし、クロードからアクションがあるまで放置することを私は決心していた。私が自らクロードの元へ戻ってきたとは言え、何でも思い通りになる都合のいいやつだと思われたら嫌だったからだ。
「しかも一人ではなく二人とは。ここはお前の後宮か」
(はぁ!?)
確かにイゼキエルもルーカスも美形だし、両手に花状態ではあるけれど。クロードは「小娘の分際で逆ハーレムを築くな」と嫌味を言いに来たのだろうか。返答に苦慮していると、クロードの視線は私から外れ、イゼキエルの方へと移った。
「お前がアルフィアスの息子か。父親と共に早く宮殿から去れ」
何はともあれ、これでイゼキエルとルーカスのプチ喧嘩にピリオドが打てる。と思いきや、クロードの鋭い視線に全く動じない男主人公・イゼキエル。彼の鋼のメンタルは一体どこから来ているのだろうか。頭の良い彼は何を言えば正解かを僅かな時間で考えているように見える。
だが、お願いだから挨拶と承諾だけにしてほしい。クロードを怒らせずに静かに立ち去って欲しいと願わずにはいられない。
「陛下!話の途中で急に居なくなられては困ります」
イゼキエルが言葉を発する前に、彼の父であるアルフィアス公爵が私たちの前に現れた。随分と焦った様子で、ガーネット宮の謁見室から走ってきたのか、息が上がってしまっている。きっと今日もジェニットを皇室へ入れる道を探りに来たに違いない。この男さえ居なければここまで悩むこともないのに、と恨みの念をこっそり送ることにする。
「なぜお前がエメラルド宮に入ってきている」
「陛下を追ってきたらすんなり入れたのでここにいるのです」
「ここの警護は何をしているのだ。姫の宮だぞ」
アルフィアス公爵の登場で更に機嫌を悪くしたクロードは、私の目の錯覚か、彼の周りには火花が散らばり始めてきている気がする。ここまで来ると、誰が何を言っても噛みつく狂犬状態だ。
「貴様は何だ、初めて見る顔だな」
クロードはどうやら全てに噛みつかないと気が済まなくなったのか、次はルーカスへ標的を定めたようだ。先ほどまで私の傍にいたルーカスは、危険を察知したのかクロードの視界に入らないよう輪の中心から外れていた。しかし、クロードはこの部屋に足を踏み入れた時から目を付けていたのだろう。渋々ルーカスはクロードへ頭を下げて挨拶をする。
「皇室所属の魔法使い、兼アタナシア姫様のお話相手を任命されております。ルーカスでございます」
「話相手?そんなものを認めた覚えはない」
(そりゃあ、パパは記憶ないからね・・・)
心の中で出来もしないツッコミを入れると、死に急いでいるのかフィリックスがクロードに反抗する。
「いいえ、陛下が決めたことです。魔法使い様なら姫様の魔力も調整できていいだろうと」
「魔法使い・・・そうか」
フィリックスの余計な台詞に珍しく噛みつかず、何かを悟った様子のクロード。不気味な笑みを浮かべたクロードに私は思わず顔が引きつった。
「こいつにそそのかされて、姫は魔法を使えるようになったのではないか?貴様、姫がここを抜け出す手助けをしたな」
(ルーカスがあの時傍に居れば、あんな命がけな家出もしなくて済んだわよ!)
「ちょ、またその話・・・」
「姫様は元々強大な魔力の持ち主、私は何も教えたりしていません」
ルーカスの話し方からは心底面倒くさいという感情が溢れ出ていた。ルーカスもクロードが来る前に瞬間移動すれば良かったのに、そんなにイゼキエルとの言い争いに夢中になっていたのだろうか。
それにしてもクロードが来てから争点が全く別の方向へ進んでいる。私の人生はツイてないけど、今日は特にツイてない気がする。
「陛下はこの魔法使い様が姫様の傍にいることを認めていないということですね」
「イゼキエル!」
張り詰めた空気であるにも関わらず、怖いもの知らずのイゼキエルがクロードに対して突然発言するものだから、アルフィアス公爵は声を荒げてイゼキエルを静止させる。しかし残念なことに父の思いは息子へは届かず、イゼキエルは突き進もうとする。
「姫様を部屋までお送りする役目は彼でなくてもいいのですね」
「公子様には関係のないことです。口を慎みなさいませ」
「魔法使い様こそ今まで私に大口叩いておきながら、陛下から認められていない非公式な存在だったではないですか」
イゼキエルVSルーカスの第二ラウンドが開始され、誰も口を挟む暇もない言い合いに、ポカンと見つめる一同。一人険しい顔でその光景を見ていたクロードの怒りが爆発した。
「どちらも認めない」
騒がしかった部屋にクロードの冷徹な声が響き渡り、久しぶりの静寂が訪れた。私とアルフィアス公爵は、クロードの次の行動に身構え、息を飲んだ。
「フィリックス」
「はい、陛下」
「姫を部屋まで連れていくのは誰の役目だ」
「もちろん姫様の一番の友人である私でございます」
「は?」
フィリックスの返答に気の抜けた声を発したクロードを無視して、さあ姫様、と私の背中に手を当てるフィリックスに異論を唱える者は居なかった。
「邪魔だな、いつか消してやる」
後ろでルーカスが何かを呟いた気がしたけど、やっと事態が収束しそうなこのタイミングを逃すわけにはいかない。
姫以外全員去れ、というクロードの命令でこの場は正式にお開きとなった。
「姫様、また参りますのでお話の続きはその時に」
イゼキエルが何事もなかったかのように私に別れの挨拶をしてきたので、今度からは事前に連絡をくださいね、と伝えると、それもお互い様ですよね、と意地悪な返答をされた。
「もう公子様はエメラルド宮だけでなく、皇宮に足を踏み入れることさえ許されないでしょうね」
「魔法使い様も今までのように姫様のお傍に居るのを陛下が許されないでしょう」
「私を誰だと思っているのです。そんなことどうとでもできるので」
早くこの二人を引き離さないと、いつまでも言い争いを続けかねない。「イゼキエル、頼むから大人しくしててくれ」と愛息子を宥めて、この部屋を去っていくアルフィアス公爵に、私は初めて同情した。
全員部屋から出たところで、クロードが庭にお茶の準備をするようメイドへ指令を出した。火花はもう見えないが、不機嫌さが抜けていないクロードをどう対処しようかと考えながら後ろを付いて歩く。
そういえば、久しぶりのクロードとの二人の時間だ。前はそれが当たり前でいつしか一緒に過ごす時間は、穏やかな時間になっていたのに、なぜこうなってしまったんだろう。席に着くと暫く気まずい沈黙が続いた。特に何を話すわけでもなく、お茶を口に含むと珍しくクロードの方が口を開いた。
「アタナシア、アルフィアスの姪だけでは不満か」
またジェニットのことか、とすぐ嫉妬で頭が埋め尽くされる。すると、離れたところで見張りをしているフィリックスが、手で大きく罰を作りながら首を振っていた。たぶん、この前二人で話したことを伝えようとしてくれているのだろう。
『陛下は、姫様のことを家族だと思っているのですよ』
「マグリタさんは好きですよ、友達ですから」
「もっと友が欲しいのであれば言え、俺が連れてくる」
クロードは私が友人・ジェニットに会いたがっていると思ったから宮殿に呼んでいたのだろうか。真意はわからないが、口数の少ないこの男から本心を暴き出すのは至難の業だということを思い出して、これ以上腹を立てる自分のことが馬鹿らしくなってきた。
「私、エメラルド宮に籠りきりは寂しいです。でも、その分陛下が相手をしてくだされば、新しい友人はいりません」
「・・・しているではないか」
これで私の相手をしているつもりだというクロードは、少し気まずそうに私から視線を外して答えた。分かりにくいが照れているとも取れなくない表情に、単純な私は気分が少し晴れてきたので、笑顔でクロードを見つめる。
「美味しいチョコレートを見つけたんです。食べてくれますよね?」
「・・・・・・・」
「ね?パパ?ね???」
イゼキエルとルーカスにはまた内緒で会いに行こう。
終
コメントを残す