『おじさんは本当に娘をわかってないね。私のパパも大概だけど、おじさんもひどいよ』
正しいことではないことは百も承知で、従姪であるジェニット宛てに届いた手紙の封をそっと開けた。封を開けたことがバレないように、そっとだ。もちろん、人の手紙の内容を盗み見するなんてことをしたのは、生まれてこの方今日が初めてだった。
背後を気にしながら確認した手紙に記されていたのは、自分自身のことを指していると思われる内容だった。差出人はこの帝国の姫、宛先は私の従姪。ネガティブな言葉の数々に心臓の音が少しずつ大きく鳴り始め、手紙を持つ手は動揺からか安定せずに震えていた。
手紙を盗み見てまでジェニットの行動を探ろうとしたのは、最近どうしても気になることがあったからだ。
”おじさんもひどいよ”
私はここ数日、ジェニットから避けられているような気がしていた。そして、この手紙の一文からも、私が何か彼女を傷つける振る舞いをしたということが伺える。しかし、一体何を?
心当たりがあるとすれば―――。それは数日前の、あの一件なのかもしれない。
血は水よりも濃し、なんて
数日前、ジェニットが皇宮へ出掛ける際の出来事だった。『いってきます』という明るい声に導かれて、まだ今日は朝の挨拶をしたきりだったなと彼女の元へと足を運ぶ。
その時、つい目を引いたのは彼女の腕に身に付けられたパープルの紐で結われたブレスレット。お世辞にも貴族令嬢が付けるに相応しいとは言い難い代物に、つい口を挟んでしまう。
「ジェニット、その腕に付けているものは?」
「あ、その……えっと……」
腕のブレスレットと私の顔とを交互に見て、ジェニットはあたふたとした。次に私が言おうとしていることを察知し、困っているのであろう。彼女は私に似て賢い娘だった。
「ジェニット、貴族としての自覚を身に付けろと日ごろから言っているだろう」
「でも、これは……」
「貸しなさい。私が預かる」
珍しく私の言葉に素直に従おうとしないジェニットを不審に思い、彼女の手首をそっと掴み、その大事そうにしているブレスレットを確認しようとした。
しかし、彼女から強く手を振り払われてしまう。彼女はブレスレットをもう片方の手で握り、私に背を向けた。彼女の初めての反抗といっても過言ではない行動に、私は動揺を隠せない。
「……嫌です。私の宝物なんです」
「こんなものがか?」
つい口から出てしまった言葉に、ジェニットの目が見開き瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。それに焦ると同時に、彼女の宝物は一体いつからこのブレスレットになったのか、誰から貰ったものなのかが気になってしまい、上手く次の言葉を繋ぐことができない。
「公爵、私があげたものだよ」
そんな中で、平均より少し高めの憎たらしい声が背後から突然聞こえてきて身体が強張る。
渋々振り返ると、そこには輝かしいブロンドヘアに、皇族の証である宝石眼を持つ男。今や「先帝」と呼ばれるだけの、権力・財力・信用など全て失ったただの男は、ジェニットの父親枠として未だアルフィアス邸に滞在していた。
騒動後、ジェニットが18歳になるまでアルフィアス邸で面倒を見る、という条件を生みの親でもある先帝に提示はしたものの、彼は親子は一緒にいるべきだと頑なに主張した。『アルフィアス邸で養う人間が一人増えたところで、痛くも痒くもないだろう?』と問われ、公爵家のプライドから頷くしかなくなってしまった結果、彼はアルフィアス邸を我が物顔で徘徊している。
早く出ていけという気持ちを毎度グッと堪え、嫌味を交えて言葉を返した。
「それをあなたがジェニットに…?」
いくら稼ぎが無く我が家へ寄生しているとは言え、生活に困らないだけの金は渡していた。また、どこの場でも気にせず肌を露出する現皇帝とは異なり、先帝は見目には気を遣う人間だった。このことから、安物のブレスレットを贈るという行動に疑問を抱かずにはいられなかった。
また何か企んでいるのではないか、そう思ってしまえばこの男の行動には一つ一つ反論しないと気が済まない。
「失礼ですが、ジェニットはまだアルフィアスで預かる身。貴族として相応しいものを身に付けてもらわないと困ります」
「いいじゃないか。庶民的なものを持たせたって。父親の私が良いと言っているんだから」
にんまりと笑う先帝に苛立ちが募る。彼は娘に自分が父親だと明かして以降、こうしてジェニットは自分の娘であることを一々強調してきた。
良いところだけを掻っ攫ったこの男のことが、私は心底憎かった。ジェニットには姫となるに相応しい教育をと、時に鬼となりながらも一生懸命育てたというのに、誰が見ても申し分ない淑女になった途端、父親だと名乗り出てきたこの男。
今回のようなことは一度や二度の話ではなかった。ジェニットの振る舞いを正そうとすると、聞き耳を立てているのか必ずと言っていいほど甘やかしに現れる。
ジェニットが血の繋がらない私よりも、娘を甘やかそうとする本当の父親を慕うのも当たり前のことだった。
結局この日は先帝がジェニットの肩を抱き、馬車へとエスコートをして別れてしまった。それ以降、彼女と話ができていないということは、このブレスレットを侮辱した一件が彼女を傷つけてしまった原因なのかもしれない。
そして、この話を聞いたアタナシア姫が、先ほどの手紙に記したに違いない。”おじさんもひどいよ”と。
急いで手紙を封筒の中へと戻し、封を開けたことがわからないよう偽装した。最近妙に余所余所しいジェニットが気になり、遂にジェニットに宛てられた手紙の中を見るという愚行までする始末に、頭を抱えた。そんな自身の悩みとは無縁な、ジェニットの楽しそうな笑い声が、自室の窓から耳へと入ってくる。
何が面白いのかと気になり窓際へと近づくと、ジェニットとその父親が庭園を二人で歩き話をしている姿が目に入った。長らく時を共に過ごさなかったとは言え、太陽の下で娘の話に耳を傾ける様子は親子以外の何物でもなかった。ジェニットも幸せそうに笑い、父親を見上げている。
その姿に胸がズキッと痛む。最近、ジェニットが純粋に笑顔を浮かべる様子を見ていない気がする。彼女に身分は姫だと伝え、我々は家族ではないのだと線引きした瞬間から、もしかしたら彼女の本当の笑顔を見ることはなくなっていたのかもしれない。
そんな私の視線に気づいた男が、私へと視線を上げて、口角を吊り上げた。その顔が『お前の役目は終わった』と言われている気がして、拳を力強く握りしめる。
長年の夢であったアルフィアスの皇室入り。しかし、先帝の娘であるジェニットが玉座を手にすることはもうない。それならば、私に似た自慢の息子を皇室へと入れることに専念し、もうジェニットを甘やかしてもいいのではないだろうか。今まで親としての愛情を与えてやれなかった分、父親には無いものを、私だからこそ与えてやれるものを。
これまでの計画を練り直し、自分の夢も、手塩にかけて育てた従姪も、全て手に入れるのだ。そう固く決意をして、封を偽装した手紙を彼女のメイドへ手渡した。
***
まずはジェニットの信頼を取り戻さなければならない。あの男が渡したという安物のブレスレットが気になり、彼女に相応しいものを与えるのはどうかと考えに至る。つまりは対抗心だった。
「姫様」
「シロおじさん、こんにちは」
皇帝陛下への謁見からの帰り道、ちょうどいいところに情報収集に適した帝国の姫がいた。彼女が身に纏うものはすべて一級品の物ばかり。これをジェニットが身に着けたら、彼女の上品さが際立ち、より美しさが引き出せるなと考える。
「姫様、今日もお美しいですね」
「あ…ありがとう」
何故か嫌そうな顔をした姫に、子供らしく素直に喜べばいいものを、と内心小言を吐く。するとその思いを察したのか、彼女がこの場から立ち去ろうとしたので急いで引き止めた。特に話す内容を決めてはいなかったが、当たり障りのない会話からしようかと話題を振る。
「今度のダンスパーティー、ぜひ我が息子イゼキエルをパートナーに如何でしょう?」
「……私のパートナーはフィリックスってパパが決めてるし」
「ああ、陛下が」
この娘の親である陛下もなかなかにガードが強固だ。娘に近寄る機会すら与えさせない。皇室の血をこのまま姫の代で途絶えさせるつもりなのではないかと私が心配になるほどだ。
会話が途切れたタイミングを見計らい、再びこの場から去ろうとする彼女を慌てて引き止める。
「姫様!」
「もう、なにシロおじさん!」
「折り入ってご相談が……」
案内されたのはエメラルドとピンクで揃えられた内装の部屋で、机には色とりどりの種類豊富なデザートが次から次へと並べられていく。謁見室や客間は運悪く大掃除中で、今は姫の部屋しか落ち着いて話せる場所は無いらしい。
一方の私は姫の私生活に踏み入れることに落ち着かない気持ちでいると、彼女から相談とは何だと振られて、言葉を一つ一つ選ぶことにした。
「姫様はご贔屓にされている宝飾店などございますか?」
「うーん、私は何も知らないで用意された物から選んでるけど……」
「では、姫様のお好みは?」
「え、それ知ってどうするの? 私おじさんからプレゼントなんていらないよ?」
嫌そうにプレゼントを拒否する姫に、なぜ私がという言葉はグッと堪え、仕切り直しに咳を一つする。
「ジェニットに……似合う何かを選びたくて」
「ふーん。シロおじさんでもそんなこと考えるんだ」
そう言うと、姫はカタログをメイドに持って来させ、デザートを口に含みながら今の流行について丁寧に解説してくれた。今どきの娘はこういう物に関心があるのかと初めは聞いていたが、その雲行きは徐々に怪しくなる。一度どちらがジェニットの好みを知っているかという話に発展してしまってからは、収集がつかなくなってしまった。
「ジェニットは可愛いタイプだから、こういうハートとかワンポイント付いているもののほうが」
「ジェニットは可愛いですが、同時に美しさも兼ね揃えている子なので、シンプルなこれとか」
「ジェニットは可愛い系なの!」
「いえ姫様、ジェニットは可愛くもあり美しくもあるのです」
「そんな欲張ったデザイン無いから!」
どうやら根本的に彼女とは馬が合わないらしい。一時間に渡る討論の末、目を半分閉じてソファーへ深く腰掛けた姫は諦めの言葉を投げた。
「もうシロおじさんがいいと思ったやつにすればいいんじゃない? おじさんより私のほうがジェニットのこと知ってると思うけど」
「……」
あんなに自分のほうがと主張していたものの、姫とジェニットとの手紙のやり取りを思い出すと急に自信がなくなり、言葉に詰まる。
再度姫が良いと言った品物を見て、ジェニットが腕に身に着けているのを想像した。一つ一つ、その行為を繰り返して、彼女に似合う一品を探し求める。
「そういえば、なんでブレスレットなの?」
「あ……いえ。誕生日などの記念日ではないので、ブレスレットが無難かな、と」
「なるほどね。確かにジェニットがいつも身につけてるブレスレットって―――」
今最も気になるジェニットのブレスレット事情について、姫からその先の言葉を聞くことは叶わなかった。巨大な暗黒のオーラを身に纏った陛下がバーンという音と共に扉を開け、詰め寄ってきたからだ。
「今度は姫に取り入り息子と引き合わせようとしているんだろう? 俺にはわかるぞアルフィアス」
久々に目にした不気味な笑みに血の気が引き、挨拶も早々に急ぎ皇宮を後にした。
結局は姫のアドバイスを参考に、皇宮からの帰路に早速ブレスレットを購入し、ジェニットを呼び出す。しかし、購入したものの何と言って渡せばいいかが分からない。『お前によく似合うと思って』『父親よりも私のほうがお前に合うものはよくわかっているつもりだから』、考えている間にノックが響き、ジェニットの到着を報せた。
「ジェニット、こっちのほうがいいだろう」
頭上にクエスチョンマークが浮かぶジェニットに箱を開けるよう伝えると、包装紙を丁寧に剥がして中身を取り出していく。どんな反応を見せるのか、内心気が気でない。
ジェニットの目にブレスレットが映し出されたとき、彼女は喜びではなく、寂しそうな表情を浮かべた。
「……はい。ありがとうございます」
人形を与えれば瞳を輝かせて喜んでいた彼女が、今は瞳に影さえ見える。一体、何が気に入らないと言うのだろうか。
「もっと貴族令嬢としての自覚を持ちますね」
「……いや、そういうつもりでは」
ペコリとお辞儀をして部屋から出ていってしまった彼女を引き止めることができなかった。はぁっと深いため息を吐いて、父親の与えた物には敵わないことを嘆きたくなる。
「血は水よりも濃しというしな」
改めてジェニットと自分はただの同居人にすぎないのだと実感して胸が苦しくなる。赤子の頃から、彼女の成長を一番近くで見ていたのは私だというのに。
***
「ジェニットに新しいブレスレットを渡したそうじゃないか」
朝早くから執務室を訪ねてきた先帝は、不機嫌そうな顔をしてソファーに深く腰掛けた。その態度に、昨日ジェニットと気まずくなってしまったことも相まって苛立ってしまう。
「それがなにか? 貴族として相応しいものを与えたまでです」
「君は頭が固すぎるよ。もう少しジェニットを自由にしてやってくれないか」
「アルフィアスで保護している間は、私の教育方針に従ってもらいます」
「このままじゃジェニットに嫌われちゃうよ? おじさん」
また、だ。挑発的な笑みに乗って不利な状況にならないように、と平静を装う。
「ジェニットが赤子の時も、幼少期の天使のような顔も見たことなどないくせに」
「は?」
先帝から聞いたこともない腹の底から響く声が聞こえて初めて、無意識のうちに自分が心の声を発していたことに気がついた。
「これから見るから別にいいよ」
「…………」
苛立つ男は用件も早々に部屋を立ち去っていった。ジェニットの成長が記録された映像石を絶対にこの男には見せないと心に誓い、すぐに執事へ格納場所を地下室へと変更するよう命じた。
「絶対に、誰が何と言っても見せるなよ」
「ふふふ、はい。旦那様」
***
これまでの仕返しとばかりに、ジェニットを補佐として皇宮へ連れて行くと告げると、先帝は心底嫌な顔をした。その顔は今まで見た中で一番滑稽だった。今後、皇宮へ向かう時はジェニットを必ず連れて行こうとほくそ笑む。
「ジェニット、偉そうな皇帝とお姫様に会っても無視するんだよ」
「い、いってきます」
ジェニットの腕には私が先日渡したブレスレットと、彼女には不釣り合いな紐のブレスレットの二つが付けられていた。相反するように付けられた二つの楔は、父親として執着する私と先帝を現しているようだった。
馬車の中で話しかけても上の空なジェニットが気になりつつも、表情を変えないよう努めて過ごし、気づけば皇宮に到着していた。
いつも通り、各案件の承認を貰いに陛下の元へと訪ねる。ジェニットは姫のいるエメラルド宮へと向かった。
「おじさんもパパもほんとしつこい」
陛下との話も終わり、ジェニットを迎えに行こうと歩く途中で、聞き慣れた声が自分の話をしていることに気付いて、反射的にそっと木の幹に身を隠す。そこにいたのは姫とジェニットだった。
「子供たちにまで不仲を強要しないでほしいよね」
しかし、姫の言葉に疑問が生じる。私と陛下は表面上とても仲が良い。陛下の忠臣と呼ばれるアルフィアスだ。姫と仲良くするな、と今後の政治に関わるような話を命じたことなど一度も無かった。むしろ仲良くしていくべきだとさえ思っている。それでも不安な芽は早急に潰しておくべきだと意を決して、木から顔を覗かせて娘たちの会話に口を挟む。
「姫様、陛下と仲違いでもされているのですか? 私は陛下ととても仲良しなのですが」
同じ背丈の二人が揃って肩を震わせて振り返った。私の顔を見た姫は大きくため息を吐いて「びっくりさせないで」と睨んできた。
「ん? パパと仲良いかは置いておいて、シロおじさんの話じゃないよ! 私のおじさんの話!」
「姫様のおじさん?」
思わず目が点になる。姫様の言うおじさんは私ではないのだろうか。幼い頃からこの白い髪が犬のようだと付けられたあだ名が。
「そう! ジェニットのお父さん。パパと仲が悪くて、ジェニットに私と仲良くするなって言って来てるみたい」
“おじさんは本当に娘をわかってないね。私のパパも大概だけど、おじさんもひどいよ”
そこで初めて手紙で姫が話していた相手が自分では無いことに気が付き、数日間眠れぬ夜を過ごしてきた心の靄が晴れていく。
「ああ、そのおじさんですね。確かに、あの御方はひどいです」
「でしょー! シロおじさんたまには話分かるじゃん!」
ニコッと笑い親指を突き立てられたその時、姫の腕にぶら下がった既視感のあるブレスレット。それは姫に似合うとは言い難い、ブルーの紐で結われたシンプルなデザインだった。
「姫様、そのブレスレット」
「ああ。ジェニットとお揃いなの。ね?」
「あ、えっと、その……」
俯いて顔を赤らめたジェニットに、さらに心の乱れが安定していく。よく見るとそのブレスレットは、彼女が身につけているものと色は違えど同じデザインだった。
「なんだ、先帝からの贈り物じゃなかったのか」
ホッとして呟いてしまった言葉に、姫はなぜかしまったという顔をした。私も一息ついたと同時に、姫からの贈り物を侮辱してしまったことに今更ながら気が付いて冷や汗が止まらなくなる。姫のことが大好きなジェニットのことだ、その言葉に失望したに違いない。先帝にカッとなって発してしまった言動の数々を反省した。
「ジェニット……」
「あ、シロおじさん、結局悩んでそれにしたんだね」
「え……?」
「シロおじさん、どれがジェニットに似合うか一生懸命選んでたよ」
ジェニットの手首を指さした姫は、私が先日姫のアドバイス通りに購入したブレスレットがぶら下げられていた。
「おじさんが一生懸命……?」
「あ、まあ。嫌なら無理に付けなくても」
キョトンとした顔で、自分の手首を見つめるジェニット。また受け入れられなかったらどうしよう、と緊張してきたその時、彼女は眩しく笑った。
「へへ、宝物がまた一つ増えちゃいました」
どっちを付けたらいいか分からないという彼女に、今日みたいに二つ付ければいいと姫が笑う。その組み合わせが良いとは決して思わなかったが、あの男からの贈り物ではないとわかった途端、紐で作られた安物のブレスレットに対する嫌悪感も無くなっていった。
何度も手首に付けたブレスレットを確認して微笑む彼女を、私は何よりも愛おしく感じた。
***
何はともあれジェニットとの関係を修復した私は、父親よりも強固な関係を築けるようにと早速一つ手を打つことにした。
「ジェニット、私の手伝いをすれば皇宮へ行き姫様に会うことができるから、そうしなさい」
「はい!」
その嬉しさを隠せない返事に満足な笑みを浮かべていると、皇宮へは足を踏み入れられない男は空かさず口を挟んできた。
「ジェニット、皇宮なんて行かなくていいから、私とティータイムをしよう」
「あっ、えーっと……」
ジェニットが私と先帝を交互に見る。一体この男はいつまでアルフィアス邸へ居座る気なんだろう、と腹立たしくなる。
「そろそろ自立されてはいかがですか、アナスタシウス様」
「お前こそ、あんな魔物の巣窟に娘を連れて行くなよ。一人で行けないの?」
口車に乗せられないように無視を決め込むと、男は余裕のある表情で話を続けた。
「まあいいさ。大方の目星はついたから」
「何のですか」
「娘のメモリーたちさ」
ウインクを飛ばされて全身から鳥肌がゾクゾクと立った。
「早く皇宮でもどこでもいってらっしゃーい」
「……娘のメモリー?」
「あ、ジェニットは置いてってね」
地下室へ隠した映像石の在処が男にバレてしまっていることにようやく気づき、激しく動揺した。
「地下室へ勝手に入ったら不法侵入として……!」
「なんでー? 公爵の物は私の物だろう?」
『地下室だろうと思った♪』と言ってフフンと鼻を鳴らし男は部屋を去る。
墓穴を掘ってしまったこと、そしていつまでも悩みの種となり続ける男に対して苛立ち、頭を抱えて髪を掻きむしった。
あの男に対抗するために、姫の力を借りるしかないかと再度作戦を練る。再起不能となり一人この邸宅からあの男が出ていく作戦を―――。
生みの親と育ての親、戦いはまだ始まったばかりだ。
続かない
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