オベリア帝国の姫とロイヤルガードの内緒事Ⅲ

「フィリックスは見合いをしている頃だろう」

クロードの一言に私は固まった。誰が、何をしていると言ったのか。理解するまでに数十秒掛かった私の顔は表情管理ができていなかったに違いない。

「……え?」
「フィリックスはどこにいるんだと聞いてきたのはお前だろう。見合いに行った」

何事も無いようにティーカップに入った紅茶を啜るクロードは、口元が隠れているものの内心ほくそ笑んでいる気がした。

「なんでそんな急に?」
「まだまだ時間に余裕がありそうだったしな。護衛騎士の分際でお前を大層可愛がってるから、そろそろ結婚して子供を作れと言ったんだ」
「……」
「俺よりも抱っこが上手いと自慢していたしな」

いつの頃の話をしているのか、という台詞をグッと飲み込み、クロードの鬱憤を晴らすためだけにお見合いへと参加させられたフィリックスに同情する。

しかし、そんな悠長なことは言っていられない。今までフィリックスが目の前の男のせいで、激務に追い込まれて恋愛をする暇も無かっただけで、もし良い人に出会ってしまったら恋に落ちるのは一瞬、という可能性だってある。

「これまで浮いた話一つ無いからな。万が一何かのきっかけでお前に惚れでもして間違いを起こす可能性だって無いとも限らない」

クロードの話に適当に相槌を打ちながら、私はフィリックスの帰りを今か今かと待ち侘びた―――。

オベリア帝国の姫とロイヤルガードの内緒事Ⅲ

「え? いやあの……綺麗な人でした……」
「どんな風に?」

何を会話したかも記憶に無いクロードとのティータイムの後、私は自室へと籠もり、フィリックスが皇宮に戻ったという報せを待った。

陽が落ちる前に皇宮へと帰ってきたフィリックスに駆け寄ると、慣れないことをして疲れ果てた顔をしているだろうという予想とは裏腹に、いつもと変わらぬ表情で挨拶をする騎士がそこにはいた。

もし、クロードから今回の話を聞かされていなければ、私は何も知らずにいたという事実に距離を感じて寂しくなる。

早速、「お見合いはどうだった?」とエメラルド宮に入ったばかりのフィリックスに詰め寄ると、目を泳がせて困惑した表情を見せてくる。

そして”綺麗な人”という当たり障りの無い言葉にもっと情報を提示しろと廊下の隅まで追いつめているところだった。

「ええと、年齢は姫様よりも少し上で……品があって、口数は少ないですけどハッキリな物言いをされていて」

私より大人っぽい女性だったと言いたいのだろうか、フィリックスの口から出てくる女性像を頭で想像しては胸が痛む。

「まるで……フフッ」
「……」

初めこそ口籠っていたくせに、お見合い相手の女の特徴を上げていく内に何かを思い出したのか急に笑い出したフィリックス。笑う理由が分からず、でもフィリックスを笑顔にさせている理由を知りたくもないと二つの想いが葛藤し胸の靄が晴れない。

せめて女というものに興味が無いほうがどれだけの救いがあっただろう。これまで私が決死の覚悟で伝えてきた気持ちに全く靡かなかったのは、本当に私に対して女を感じられないということが証明されてしまったようで気持ちが沈んだ。

女性の特徴について楽しそうに話しているフィリックスは、きっとその大人びた”綺麗な女性”を気に入ったのだろう。そのような話を聞き続けることはできず、最後まで聞かずにフィリックスを置いたまま自室へと戻り、布団を頭から被って今後について思案した。

勝ち目は無くてもフィリックスを諦めることは、できない。強くて、優しくて、可愛くて、忠誠のためなら冷酷にもなれる。そんな唯一無二の騎士が私はどうしようもなく好きだったから。

***

「姫様! 昨日はお話の途中で急に居なくなられて驚きましたよ」

翌朝、クロードとのティータイムの迎えへとやってきたフィリックスと対面し、意を決して口を開く。

「フィリックス」
「はい」
「5歩」
「……はい?」
「5歩下がって」
「…………え?」

表情管理、と心の中で何度も唱えてフィリックスを下がらせることに成功した。私の姿は彼にどう映って見えているのだろうか。

『口数は少ないですけどハッキリな物言いをされていて』

昨日のお見合い相手の参考になる人間が、話を聞いた限りではクロードしかいなかったので、どうしてもクロードの真似をしているように見えてしまうのが難点ではある。

それでも昨日フィリックスが話していたお見合い相手に劣らない大人っぽさが出ていることを期待して背筋を伸ばした。

「姫様……なぜ……」

目尻が下がり、垂れ下がる犬耳と尻尾の幻覚が見えるが心を鬼にする。フィリックスに女を意識させるには、今までのように妹や娘のような存在でいてはいけないのだ。

呆然と立ち尽くすフィリックスをその場に置いて、クロードの待つ庭園へと向かう。合流したクロードは、私のフィリックスへ対する言動を目にして、満足気に鼻を鳴らした。

「これが本来あるべき護衛の姿だ」
「そ、そんなぁ」
「10歩下がれ」
「姫様……」

フィリックスはクロードへ抗議しては私たちに近寄る距離を制限され、ティータイムが終わる頃にはフィリックスが小粒でしか認識できない距離まで離れてしまった。

「それにしても急にどうしたんだ、あんなにフィリックスを傍に置きたがっていたのに」
「そ、それは……」
「(お見合い相手よりも良い女だとアピールしたいなんて、パパに言ったら……)」

フィリックスへの好意を告げてみたところ、専属護衛から外された数ヶ月前の出来事を思い出し、口を噤む。

「ほら、フィリックスも結婚するって言うし。そろそろフィリックス離れしないとなと思って」
「……そうだな。いい心がけだ」

何だか浮かない顔をしたクロードが気になったが、いつも気分屋のクロードの表情を一々気にかけていては身が持たないと判断し、深く考えずにティーカップに淹れられた最後の一口を口に含んだ。

クロードと別れ、100歩近い間隔調整から解放されたフィリックスは、私の言いつけ通り10歩の距離を保ちながらもしつこく私に声を掛けてきた。

しかし、ここで折れてしまったら何のために心を鬼にしてきたのか分からない。せっかくフィリックスの好みの女性になろうとしているのに、どうしてそれを止めようとするの、と足早に歩みを進める。

自室のドアを勢いよく開け、フィリックスの声を遮るようにドアを閉めようとしたところで、反射神経の良い騎士は身体を滑り込ませて部屋の中へと侵入してきた。

「フィリックス! 許可もしていないのに皇族の部屋に勝ってに入るなんて!」
「姫様! 今だけご無礼をお許しください」

手を力強く握られ、身長差のある高さからじっと見下ろされる。いつもは目線を合わせてくれるし、跪いて下から見上げてくることばかりだった。そんな今まで見せてきた縋るような表情ではなく、真剣な表情を見せられて心臓が高鳴るのを抑えることはできなかった。

「お願い離して」

思わず目を逸らして、なるべく平静を装うように落ち着いた声を絞り出す。しかし、フィリックスは逃げるなとばかりにもう片方の手で肩を掴むと私の身体を引き寄せ、目を合わせようと顔を近づけてきた。

口を開ければお互いの吐息が顔に掛かる距離感に、次第に呼吸は浅くなり、脳に酸素が回らなくなってくる。顔を逸らせば、更に顔を近付けてくる。そんな攻防を繰り返し、お互いの鼻先が触れた時、己の限界を感じて目を閉じた。

「ほ、本当にもう止めて……」
「なんで?」
「近いよ」
「近付いてるんです」

目を閉じているからか、いつもより低い声が耳を通り、吐息が口に触れるのを感じて胸が苦しくなる。きっと顔を前に出せば唇が触れる距離にいる。求めて止まない男が、私の目の前に―――。

「私が何か気に触ることをしましたか? 直すので遠慮なく仰ってください」
「だから何でも無いってば!」

もう何度目になるか分からないが、掴まれていない方の手でフィリックスの胸を押し、顔を逸らす。すると、握られた手首の力は更に強くなり、その痛みに思わず目を開けると必死な瞳が至近距離で私に訴えかけているように見えた。

「俺が何をしたって言うんですか!」
「そ、それは……」
「それは?」

私はフィリックスの真剣な顔に弱い。勿論、いつもの子犬のような表情も愛しく感じるものの、たまに見せる真剣な顔にどうしようもなく胸が締め付けられるのだ。そんなギャップのある表情で見つめられて、逃げられるわけが無かった。

「……フィリックスが、綺麗な人とお見合いしたって言うから」

負けを認めてしまったら、フィリックスの顔を余計に直視できなかった。きっと呆れた顔をしていることが想像できる。

しかし、私の予想はまたもや外れ、フィリックスは真剣な顔をして口を開いた。

「俺離れでもしようと思いましたか?」
「(違うよ、その逆でフィリックスを私の元に縛り付ける作戦を遂行しているんだよ)」

そんな恥ずかしいことを続けて口に出すことはできずに口籠っていると、フッとフィリックスは顔の緊張を解いて目尻を下げた。いつも知っているフィリックスのようで、またどこか違う年相応の大人びた表情だった。

「結婚なんてしませんよ」
「え?」
「私にとってお守りする対象は姫様お一人とずっと昔に誓いましたから」

押しても離れなかった身体が遂に離れ、一歩後ろに下がったフィリックスが跪き、再び真剣な顔で私を見上げた。

「この先も、ずっとあなたに付いていき、この命尽きるまで一番近くでお守りすると決めたのです」

待ち焦がれた言葉とは意味の異なるものではあったが、フィリックスが一生自分の傍にいると誓ったことに心が満たされた。私がやっと堪えきれなくなり笑うと、フィリックスも目尻を下げて嬉しそうに笑った。

昨晩、あまりよく眠れなかった私は安心感から急に眠気が襲ってくるが、フィリックスとまだ一緒に居たい気持ちを諦めることができなかった。

「フィリックス、一緒に寝よう?」
「……それは陛下に殺されてしまいます」
「パパには内緒にするから」
「姫様……私だって男なんですからね、そう易々と男たちを軽々と誘ってはダメですよ?」

どうせ襲ってなんかくれないくせに、という言葉は心の中に仕舞い込み、小言のうるさいいつものフィリックスをベッドへと連れ込む。幼い頃、よくこうして添い寝をせがんだことを思い出した。

騎士の制服を身に纏ったままのフィリックスが、このまま寝るわけがないことは知りながらも、目が覚めてからもフィリックスに傍にいてほしいという願いを込める。彼の両手を握りしめて、その手を自分の口元まで寄せてから目を閉じた。

何度も意識が飛びそうになるのを紛らわすように、フィリックスへと話し掛ける。

「ねえ」
「なんですか?」
「本当に結婚しないの?」
「まあ今後のことは分からないですが」
「……」
「陛下が私の結婚をお許しにならないでしょうから」

突然のフィリックスの言葉の意味が理解できずに、閉じた目を再び開いて考える。

「……パパが?」

結局どれだけ考えても分からずに、私の口から発することができたのはたった一言だった。そんな私の様子にも気が付かずに、フィリックスは楽し気に話を続けていく。

「はい。陛下はあれで私のことが好きなので、他のものに時間を割いたら間違いなく不満を抱くでしょうね」
「はぁ?」
「昔なんて私が別の騎士と仲良くしてたら『まだまだ鍛錬が足りないようだな』と言って業務増やされましたしね、あとあの時も……」
「ちょっと待ってよ! パパが今回の縁談を勧めてきたんでしょ?」
「私が断ると思ったんじゃないですかね。軽い気持ちで承諾したら『本気か?』と聞き返されたので、その反応が面白くて縁談を断れなくなりました」
「そ、そんなの相手の方にも失礼じゃない!」
「こんな年の離れた騎士を、姫様くらいの女性が相手にするわけないじゃないですか」

巻き込んでしまって申し訳ないと昨日はお詫びに行っただけです、とフィリックスは笑った。そんな事はなかった。現に私がどうしようもなくフィリックスに惹かれていたし、お茶会の令嬢たちの間では”赤血の騎士”は結婚相手として大人気だ。

「え、じゃあ何。私はパパとフィリックスの痴話喧嘩に巻き込まれたってこと?」

フィリックスは楽しそうにニコニコとしている。もしかして―――。

翌日クロードからフィリックスの縁談は破談になったと聞かされた。

「結局、縁談も断られたらしい」
「そうなんだ」
「アイツは昔からこの手の話に疎いからな」
「ふーん」
「良かったな、フィリックスが結婚しなくて」
「それはパパが一番そう思ってるんでしょ」

珍しく饒舌なクロードの耳に入らないくらいの声量で呟く。

「今なんか言ったか?」
「何にも言ってないよぉ」

嬉しいはずの報せは、私を疑惑へと誘い込んだのだった。もしかしたら、最大のライバルは目の前で今日も紅茶を啜るこの男なのかもしれない。

フィリアタに見せかけたクロフィリ(?)
フィリックスが89話で自分のこと「俺」と言うギャップにやられました。

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