ずっと傍で守るから

 

「え?お前なんでそいつら野放しにしてんの?」
「だって……」

庭園で向かい合い紅茶を啜るお姫様は気まずそうに俺から視線を逸らした。彼女が人を残虐な方法で裁くことを良く思っていないことは分かっている。

しかし、だからと言って裁かなくても良いという理由にはならない。なぜなら彼女はその悪意によって傷つけられて涙を流し、俺を苛立たせたのだから。何もせずに許すなんて、間違っている。

ずっと傍で守るから

オベリア帝国の皇帝が黒魔法による呪いから解き放たれて目を覚ますと、皇帝が眠っている間に敵勢力へと付いた者は一掃されることになった。

しかし、敵勢力の筆頭であったアルフィアス公爵が前皇帝の魔術によって操られていたことが明らかとなり、その無実と皇帝への忠誠心が証明されると、アルフィアス派閥に従うしかなかった者たちや、自分たちも魔術によって操作されていたのだと主張する者が後を絶たず、実質制裁を与えられたものは前皇帝ただ一人という結果に終わってしまったらしい。

しかし、そんな事情は俺の知るところではない。力の無いまだデビュタント明けの幼い皇女を傷つけるために、故意に接触してきた屑のような人間が少なくとも数人は罪を償わずにいるのだ。

「早く殺そうぜ」
「だからそう簡単に人を殺めることはできないって何度言ったら…」
「でもお前泣かされてたじゃん」

ウッ、と気まずそうに言葉を飲み込むお姫様を見て、じゃあ殺す以外に何で制裁を与えるかと切り返した自分自身に、大概コイツには俺も甘いなと自嘲する。

「幽閉するか?帝国の外へ追放するか?いっそ精神イカれさせちまうか?」
「もう!私に嫌味を言ってきたのは確かだけど、反省して謝って欲しいだけだってば!」
「謝らせる?それだけ?」

強く頷くお姫様に、頭の中にどれだけ花が咲き乱れているのか見て見たいもんだな、と思いながらも声に出すことはせず、視線で訴えた。

「わかったからとりあえず、お前傷つけたやつ誰か教えて」
「え……それ教えなきゃダメ?」
「当たり前だろ」
「謝ってもらいたいだけなんだけど」
「だからわかったって」

疑心な気持ちを隠さない表情で俺を見つめてくるお姫様に、かしこいなと口元が吊り上がる。もちろん、謝っては貰うが、その他のことをやらないとは約束しない。

(お姫様がそれで許せても、俺の怒りは収まらないだろう?)

長く共に過ごしてきたからか、俺の性格を熟知し始めた彼女は一向に首を縦に振ろうとはせず、その対象者を口にすることはなかった。

それでも犯人を特定する方法は何も口から聞き出すことだけしか無いわけではない。彼女の記憶を視れば顔も名前もすぐにわかるだろう。そろそろ彼女の機嫌も悪くなりそうだったので、一旦引くという判断をした。

「だから私が自分で責任持って対応するから、ルーカスは何もしなくて大丈夫」

わかった、と口に出そうとして、お姫様の背後に突然現れたのは彼女の護衛騎士のロベイン卿だった。

「姫様」
「あれフィリックス!どうしたの?」
「今聞こえたお話ですが、私に処理のお役目をいただけないでしょうか」
「え?」
「私が然るべき報いを奴らに与えますので、姫様は何もご心配なさらず」

突然の騎士からの申し出にお姫様は混乱しているようだった。「え、でも」と曖昧な音を口に出しながら、きっぱり断ることをしなかった。

俺のときは即座に否定したよな、と自分自身との態度の差に苛立ちが芽生えて彼女を睨む。しかしそんな俺の視線にも気づかずに答えを悩んでいるところもまた腹立たしい。

「然るべき報いって……あの人たちに何をしようとしてる?」
「それは勿論、命を持って償って貰うのです」

ロベイン卿はいつも見せる笑顔を表向きには顔に張り付かせながら、さらりと処刑すると言ってみせた。

内容には同意するが、実行者には同意できない。なぜ騎士がその役目を担い、怒りを抱えている俺は外から見ていないといけないのか。

「フィリックス、私は……」
「ロベイン卿、それは私の役目だと今姫様にお話していたところなのですが」
「魔法使い様」

お姫様の話を遮り、話に割って入ると騎士の顔からは笑みが消えた。

「なぜ魔法使い様の役目なのでしょうか?私は姫様の護衛を命じられている騎士ですが」
「卿の手を煩わせることではないと言っているのです」
「なぜこの役目が煩わしいことなのでしょう。姫様を傷つけた人間に直接手を下せるのですよ?光栄な任務です」
「それなら私も姫様を傷つけた人間を直接処理したいと思っているのですが」
「それは騎士である私の役目です」

一向に引こうとしない騎士の頑固さに、苛立ちがどんどんと募っていく。すると、今まで俺たちのやり取りを静観していたお姫様は騎士の傍へと寄り、あろうことか両手を握って至近距離で騎士と見つめ合った。

「フィリックス、私フィリックスにそんなことしてほしくない」
「姫様……お許しください」
「フィリックスは大事な人だから、私が悪口を言われたくらいで人を殺める人間になってほしくないの」
「姫様……」

眉尻がヒクヒクと動いたのが自分でも分かった。なぜお姫様は騎士を説得するのか。最初に処刑しようと提案したのは俺だぞ、と勢い良く二人へ近づき繋がれた手を引き離す。

「これは姫様の友人である私の役目なので、ロベイン卿の出る幕は無いという意味です」

成人した姿の俺よりも少し高い身長を持つ騎士から力強い目力で見下ろされて、身長の設定を間違えたなと後悔する。あと5センチ高く設定しておけばこのように見下ろされることもなかったはずだ。

(目障りだな。このまま殺してやろうか)

いくらロイヤルガードとは言え、帝国一体を吹き飛ばせる力を持つ俺には誰も適うまい。ガンを飛ばし返して、何の暗示を掛けようか頭の中で考えを巡らせていると、お姫様の小さな手によって視界を遮られた。

「二人ともちょっと待ってってば!」

止めに入ろうとした彼女の手を振り払い、再び騎士と目を合わせる。

「私は姫様の友人ですが、ロベイン卿はただの陛下の部下でしょう。身の程を弁えるべきではないでしょうか?」
「私は陛下の騎士ではありますが、同時に姫様の初めての友人でもあるのです。姫様に年の近い友人が必要だという理由で、私が魔法使い様を推薦したのですから」

自分が彼女に釣り合う特別な人間だと宣戦布告されているのだろうか。

退屈だった数百年間。誰も従えることのできない魔力を生まれ持ち、己に不可能なことなど無いと信じて疑わなかった。塔の魔法使いだけが同類だと、俺を理解してくれると思いながらも、結局愛した人間を追って死んでしまったが。

そんな孤独で最強の俺に釣り合うのは、近年稀に見る強い魔力を持った皇族である彼女だけだ。友人だと自分の身を唯一案じてくれる彼女―――。

この騎士が一人いなくなったくらいで、彼女の安全が守られないわけではない。帝国一強い俺がずっと傍にいるわけだし、むしろ傍にいるのはこれからも俺一人でいいのだから―――。

「コイツは俺のモンだ」
「……今何と?」
「あ?聞こえなかったか?このお姫様は俺のものだって言ったんだよ。だからコイツに関わることは全て俺が―――」

すると突然騎士がその場に膝をつく。どうやら自分に敬意を示したわけではないらしいことはすぐに分かった。皇宮内で最も特質な魔力を放つ人間の気配が傍でしたからだ。

「貴様……今なんと言った」

背後から聞こえてきたのは怒りを抑え切れていないような、いつも以上に低い声。目の前のお姫様が真っ青になっているのを見て、深いため息を吐く。

「おいおい、俺はお前ら親子の命の恩人だぞ」
「遂に本性を現したな。それはそれ、これはこれだ」
「チッ、めんどくせー」

皇帝はお姫様の腕を掴み自分の背後へと隠そうとしていることを瞬時に察し、彼女の腕を自分も掴み皇帝の行いを阻止した。

「何をする、離せ」
「そっちが離せばいいじゃないですか、オトウサマ」
「お……お父様だと……誰が貴様の……」

怒りにより抑えきれなくなった皇帝の魔力が放出され、俺の身に纏う魔力を威嚇する。負けじと魔力を跳ね返すと、眉間の皺は更に深くなり魔力も更に強くなっていく。帝国の中で唯一厄介な相手であった。皇族を殺せば皇室との契りにより魔法能力が制限されてしまう。せっかく取り戻した魔力だ、それだけは避けたい。

「ここで何をしていた」

突然の質問の意図はわからなかったが、この男の表情からは何を読み取ることもできなそうだったので、素直に回答することにした。

「お姫様を傷つけた奴を殺そうと思って」
「ほう」
「それは誰の役目かをそこの護衛騎士と」
「俺だ」

最後まで言葉を伝えることを許さず、命令を下すように彼女とは異なり冷たい宝石眼が見下ろしてくる。そしてすぐに後悔した。この父親が娘の一大事に応戦しないわけがないことに、早く気付くべきだったのだ。

「は?」
「それはアタナシアの父親である俺の役目に決まっているだろう」
「なんで父親が出てくるんだよ」
「こういう時は家族が一番に出るものだろう。貴様は馬鹿なのか」
「はあっ!??」

いちいち口調が腹立たしい。お姫様の涙を見ることになってもあのまま衰弱死させてしまえばよかったと心の底から後悔した。しばらく言い争い、魔力をぶつけ合いを繰り返していると、震えた細い声が耳に入ってきた。

「ねえ、ちょっと。パパ?ルーカス?」
「何だ」
「何だよ?」

掴んだ腕の方向へ視線を投げると、顔中を泥だらけに汚したお姫様が、今まで見たことのない形相で立っていた。

「二人が魔力をあちこちにやるせいで、お庭も、私の顔もボロボロなんだけど?ちゃんと見てる?」
「あ、ああ」
「大丈夫、泥がついてもついてなくても、そんな変わんねーから」

俺のフォローにも聞く耳を持たず、俯きワナワナと身体を震わせるお姫様に背筋が凍った。

「手を、離して」

ぱっと皇帝と同じタイミングで手を離すと、俺たちに背を向けひび割れた地面を大股で歩き騎士の元へと向かってしまう。

「もういこう、フィリックス」
「はい、姫様」
「おい!まてアタナシア!」
「チッ」

何が彼女を怒らせたのかは分からない。それでも騎士だけ優遇されて傍に居ることを許された理由がもっと分からず、怒りのままに追いかけようとするも天敵の一声によって引き止められてしまう。

「チッ、なんだよ」
「アタナシアを傷つけたという奴は誰なんだ」
「は?俺も知らねえよ、オトウサマ知らねーの?」
「知らん。アタナシアが口を割らないから聞いているんだ。使えんやつだな」
「はぁ!?そんなの姫様が口を割らないんだから分かるわけ……」

ここまで言いかけて、気にかかる記憶をよく思い返してみた。

『私が然るべき報いを奴らに与えますので』
『然るべき報いって……あの人たちに何をしようとしてる?』

騎士が登場したときの二人の会話だ。二人は多分、同じ人物を思い浮かべている。そんな口ぶりだったではないか。

「おい、あの騎士は誰だか検討ついてたみたいだぞ?」
「なんだと?あいつ調査だけすると言って報告を一向に寄越さないかと思えば……自分一人で処理しようと……許さんぞフィリックス」
「あいつをもう一度ここに引きずり出す」

この後、騎士の叫び声とお姫様の怒号が皇宮内で響き渡たることになるが、それはまた別のお話で。

彼女を傷つける者、彼女を自分のものにしようとする者、すべての人間から俺が傍で守り続ける存在でありたいといつも願う。

Fin.

みんなアタナシア傷つけた人間を懲らしめたいと思ってる

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