愛の魔法

 

「人を皇宮に縛り付ける魔法?」

「そうだ」

「またすっげえこと考えるなオベリアの皇帝サマは…」

月明かりが僅かに差し込む薄暗い部屋の中で、その静かな場に相応しい長髪の黒髪を持った男は、皇帝である自分と向かい合い質問の答えを曖昧に濁した。そんなことが聞きたいのではない、と返事を催促するように睨むと、男は関わりたくないとでも言うように大きくため息を吐いた。

「気持ちよく眠っている所を叩き起こされたかと思ったら、お腹の子に宿る神獣の暴走を抑えるよう言うし、今度はまた面倒くさいことに巻き込んでくるし」

「無理なのか」

「無理ではないけど」

つらつらと小言を並べる魔法使いだったが、魔法の腕前が確かだということは記憶が知っていた。だから自分の知らない魔法も知っているだろうと塔へと駆け込んだが、正解だったようだ。

「じゃあやれ」

「それが人に物を頼む態度かよ」

「何だと」

皇帝である自分に対する物言いとは思えない無礼な態度に苛立ちを覚える。能力を買って、この無礼な態度に目を瞑っているというのに。

「俺に救えと言ったアンタの大事なお姫サマ、俺にとっても大事な奴って言う話はアンタから視えた記憶で信じたけど、生まれてからまだ一度も会わせてもらってないし」

椅子にふんぞり返り、権利を主張する魔法使いに舌打ちを打つ。娘を失えば心の拠り所になるはずの人間を失うぞと未来の記憶をチラつかせ、不思議な目で俺の中にある何かを見た魔法使いはその話を信じ母体と赤子を救った。

しかし、娘をこの魔法使いに渡す気は微塵もない。唯一の友人として傍に置き、年頃の娘と二人で過ごす時間を未来の俺は与えてしまったが、この世界でそんな馬鹿なことはさせない。一定の距離で、いつまでも娘を守らせると自分自身に誓った。

「あいつはまだ二歳だ」

「歳なんて関係あるのかよ。少しくらい見せてくれたって良いだろ?」

ダイアナに似て可憐なアタナシアを見たら、例え二歳相手でも目の前の魔法使いが何を起こすかわからない。魔法使いは長生きすることもあり、年齢に拘りがあるとは思えなかった。考えただけでも苛立ちを覚え、本題へと戻す。

「できないのか」

「できるけど」

「けど?」

「そんなことしたら、より奥サマに嫌われると思いますよ?」

魔法使いの言葉はよく理解できなかった。なぜ、皇宮へ縛り付ける魔法を使うとダイアナに嫌われてしまうのか。俺がやったと分からないように偶然を装い外に出られないようにすればいいのだから、外へ出られないのは運が悪いとは思うことがあっても、俺を嫌ったりはしないだろう。

そう思いつつ、その魔法使いの一言が気になり頭から離れない。

「……なぜだ?」

「俺も人の心は分からないけど……外に出す、出さないの問題じゃないでしょ。陛下を許してくれるかどうかは」

―――確かに。時間が解決してくれると思っていたが、数日経った今でもダイアナからの接触は無かった。

「じゃあどうしたらいい」

「態度を改めるべきでしょ」

「態度……?」

「姫のご機嫌取りだけをする教育からの脱却」

『アタナシアにデザートを与えないでください』

そう叫んで怒ったダイアナの表情を思い出す。「もう来ないでくださいね」と魔法使いは背中に声を掛けてきたが、無視して急ぎ部屋を出た。

数日ぶりに寝室へ呼ぶようフィリックスに命じて現れたダイアナは、形式的な挨拶だけした後、いつものように他愛の無い話をすることなく黙った。やはりまだ怒っているようだった。椅子に腰掛けたダイアナの前まで足を運ぶと、俯いたままだったダイアナはゆっくりと顔を上げた。

「アタナシアにデザートを食べさせるのは我慢する」

目を見開いたダイアナは、目をパチパチと何度も瞬きした。まるで聞き間違いでもしたのかと疑うように。

「本当ですか、陛下。アタナシアに我慢させるって」

「ああ」

「アタナシアに頼み込まれても我慢できますか?」

「……ああ」

デザートが食べたいと瞳を潤ませて見上げるアタナシアを思い浮かべて心が苦しくなったが、ダイアナを手放すことだけは出来ない。アタナシアもきっと理解するだろう、聡い娘だ、と言い聞かせて決意する。

「陛下」

立ち上がったダイアナが胸に顔を埋めてきた。数日ぶりに堪能するダイアナの温もりに安心して大きく息を吸う。

「過保護すぎる理由でもあるんでしょうか?」

ベッドまで連れていき、ダイアナを膝の上に乗せると、アタナシアに対する過保護な理由を尋ねられた。自分の行動が過保護に値するのか考えたことはないが、この行動が過保護というのであれば過保護なんだろう。

自分の視た未来にダイアナが居ないこと、アタナシアに降りかかる危険な出来事の数々、これを回避したいということは、今を生きるダイアナに伝える必要は無いと思っている。こんな暗く重い感情を、彼女は知らなくていい。

「お前が命を懸けて産んだアタナシアの…危険は全て排除しておきたいだけだ」

ずっと三人でいつまでも暮らしていけるように、という言葉は飲み込んだが、ダイアナは俺の顔を覗き込んで言った。

「陛下、私はどこにもいかないって言いましたよね?」

「…未来のことはわからないだろう」

「陛下を好きな気持ちだけは、これからも変わらないことを知っています」

ダイアナは膝の上から降りて俺の横へと腰掛ける。温もりが離れたことに焦り、すぐに腕の中へと抱きしめると、優しい顔をしたダイアナが頬に触れ、微笑んだ。「今日は陛下が子供みたい」なんて冗談を口にして。

「俺だって」

すると、言葉を遮るように唇が触れた。部屋の灯りを消し、雰囲気に酔いしれるように身を任せて目を閉じる。身体を密着させて、温もりに安堵した。ダイアナが生きているんだと、あの時視た未来が嘘なんだと未だに見る夢を否定することができるから。ダイアナを想い続けた数十年の日々。そんなもの、この心地良い日々を知ってしまった自分にはもう堪えきれそうにない。

「お前だけだ」

「え?」

「何でもない」

やはり魔法使いに皇宮へダイアナを縛り付ける魔法を使わせようか、とダイアナを腕に抱き想う。もう絶対に自分の手から離れることがないように。

「陛下」

「何だ」

あの、と少し恥ずかしげに俯くダイアナを不思議に思いながら次の言葉を待つ。

「陛下ばっかりアタナシアに好かれていて、二人が仲良くしているから嫉妬してたんです」

小声で囁いた言葉が愛らしく思えて、抱きしめる腕に力を込めた。彼女の身体を押し倒して、首筋に顔を埋めると、甘く柔らかい匂いを鼻いっぱいに吸い込む。

アタナシアに『デザート禁止』という言葉を伝えることを頭の片隅に残しながら、数日ぶりの愛しい妻を堪能した。

 

2件のコメント

もも

マジ泣きしてしまいました。
クロードが前世で憧れた愛情溢れた生活と、育児放棄してしまった幼少期のアナスタシアへの後悔が鮮明に見えました。
前世ではダイアナが、今生ではアタナシアが守護霊のように守ってくれるなんて、クロードが1番幸せ者ですね!

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セロ

>ももさん
マジ泣きありがとうございますっっっ!!!書きたかったことが伝わってめちゃくちゃ嬉しいです!!!
どうにかしてクロードを幸せにしたかったです。でも今のアタナシアとの生活も無かったことにはしてほしくなくて。。。
また他の作品も読んでいただけたら嬉しいです♡

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