オベリア帝国の姫とロイヤルガードの内緒事Ⅱ

 

『フィリックス、私好きな人ができたかも』

『そうなんですか姫様!そんな大事なことを教えていただけるなんて…護衛騎士兼友人である身を誇りに思います』

『…はぁ』

 

オベリア帝国の姫とロイヤルガードの内緒事Ⅱ

 

「誰だ、その相手は」

「…なんのこと?」

日課のティータイムへ向かうと、眉間にシワを寄せたクロードが待っていた。今度はなんだ、と記憶を辿るも心当たりは見つからない。父親であるクロードの地雷は十五年生きてきても迷宮入りの謎の一つだった。

「フィリックスから聞いた」

「(なんで言うのよバカ!)」

その一言でフィリックスがクロードに告げ口した内容を察した。つい昨日、あまりにも鈍感な護衛騎士に少しでも女であることを意識させてみようと『好きな人ができた』と告げてみたことだろう。

しかし騎士の反応は予想通りというべきか、目を輝かせて相手は誰だと聞いてくる始末。まさか恋い焦がれた相手が自分だとは微塵も思ってもいない、その楽しそうな反応から私に対する恋愛感情が米粒ほどもないと言われているようで、昨夜は沈んだ気分で過ごしたものだ。

私から睨まれたフィリックスは悪びれた様子もなく言葉を並べていく。

「姫様が結婚を望まれてしまえば陛下はおひとり…姫様がここを去ったあとのことを考えると昨夜は眠れず、先程陛下へお伝えしたのです」

「……」

もっと違う意味で眠れぬ夜を過ごしてほしかった、なんて言ったところでこの騎士はポカンとするだけで何も察してはくれないだろう。

そんなことを考えている間に、目の前に漂う黒いオーラがどんどん大きくなってきていた。

「パパが一番好きって言ったでしょ!」

「はっ、どうだかな」

そっぽを向いて笑みを浮かべたクロードはあまりにも不気味で、背筋が凍るのを感じる。日に日に愛娘の愛の台詞が効かなくなってきていて、この父親の機嫌を宥めるのはひと苦労だった。

「で?誰なんだ?」

「あ、えーと、ええーとね」

ここでふと、護衛騎士の名を挙げたらどうなるんだろうという興味が湧いた。彼であればクロードの側近であるため自分の管理下に置けるし、私も皇城に滞在したままだ。そしてあわよくば、父親の権力を使い、彼を私のものにするという願望が叶うかもしれない、と。

「じ、実は…フィリックスなの」

「……は?」

冷たい声で聞き返されるも、それよりも気になるのは護衛騎士の反応。チラッと彼の方へ視線を向けると、額から汗をポタポタ溢れさせて目を見開いた姿が目に入った。

「ひ、姫様?冗談はいけません!」

護衛騎士の反応は私を意識したのか、クロードの反応が恐ろしかったからかは定かではないが、声が裏返り動揺を隠せていないのは確かだった。

「フィリックスならパパも許してくれる?」

目の前の猛獣へと視線を戻し、出来るだけ上目遣いで甘えた声を出すことに専念した。

「フィリックス」

「は、はい」

クロードは顔中の強張りを解き、私を見たので「やった!」と心の内でガッツポーズしたのも束の間で、これまで見たこともない、人に恐怖を与えることしかしない顔に豹変したかと思うと、掠れた声で一言告げたのだ。

「アタナシアの護衛騎士は今日までだ」

「「え」」

まさかの展開に驚きすぎて声も出ない。

ーーー最強の騎士を私の護衛騎士から外すですって!?

「陛下、誤解です。姫様はご冗談がお好きなようで」

「まさか護衛にした騎士が仕事もろくにせず娘をたぶらかしていたとはな」

「へ、陛下ぁ!」

護衛騎士、いや元護衛騎士は一年前のデビュタントと同様、粘り強くクロードに懇願したが、この日を境にフィリックスは私の護衛騎士の任務を外されることになった。

ーーーフィリックスでも駄目なの?もしかして私は一生この中に閉じ込められる運命?

フィリックスが好き、だとかそういう感情よりも、クロードの娘の溺愛っぷりが想像以上であったことにむず痒くもあり、不自由さに嘆きたくもなったり。『可愛らしいお姫様』のジェニットへ対する愛も詳細な描写が無いだけで、ここまで大きな愛を抱えた設定だったのだろうか。何れにせよ十八歳までは生きられそうだという安心感がこの時は勝ってから笑いした。

それから翌日にはフィリックスの代わりに別の騎士が私の元を訪ねてきた。お世辞にも若いとは言えない年齢であろう、もう既に引退していそうな騎士だった。

(娘の命よりも娘の貞操を選んだか)

確かに私はクロードの保護魔法に守られてはいるわけだし。それは攻撃相手を死に至らしめるという最恐の魔法だった。何ならクロードの記憶喪失中は城外で生活までしていたのだ。貞操を優先した理由がすぐにわかった気がした。

こうして公務などで慌ただしく過ごしていると、気がつけば一ヶ月が経とうとしていたのだった。私の傍には常に初老の新米護衛騎士がいた。

元護衛騎士は私の騎士の任務を解かれただけで、クロードと一緒に仕事はしているようだったし、公式行事で同じ空間にいることは何度かあった。しかし、クロードは私のことに関しては徹底しているというか、一定の距離に近付かないようフィリックスと距離を取らせた。

私とフィリックスは同じ空間に入った時と、退場するときのニ回だけ毎回視線を交わらせた。

いつも一緒にいるのが当たり前だったフィリックスとの時間が全く無くなったことに、日に日に虚無感が襲ってくる。

『姫様、陛下の元へ参りましょう』

『今日の陛下は姫様に褒められて終始ご満悦でしたね』

『陛下には内緒ですが、令息から姫様宛の手紙を受け取ったのでお渡ししますね』

『姫様、今日も可愛らしいですね』

毎日聴こえてきた声が、夢の中でしか聴くことができなくなった。初めの頃は、少しくらい平気だと軽く見ていたはずなのに、いつの間にか大きくなった存在に困惑した。

「フィリックスはいっつも余計なことをパパに言ってしまうの!」

「ロベイン卿は正直者で、裏表などない方ですからね」

「そうなんだけどさ」

初老の新米護衛騎士はフィリックスとは異なり、クロードに余計なことを告げ口することもなく、私の話を聞いて私の意思を尊重してくれる人間であった。

「そんなに会いたいのなら、魔法を使い会ってくればよろしいのでは」

「えー」

「私も遠くからちゃんと護衛させていただきますよ」

後押しされたので、渋々という体でフィリックスに会いに行くことを決める。透明化魔法を使用して、皇城内を歩き回ると騎士の訓練場で指導をしているフィリックスを発見した。

見たことのない真剣な顔は遠目からでもわかった。もっと近くで見たかったが、一度刃を向けられた前例があったので適度な距離をキープする。

いつからこんなに彼を求めるようになったのか、自分でもよくわからない。あまりにも近くに居すぎて気が付かなかったが、他の誰かの手を取っている姿を想像しただけで怒り狂ってしまうほどには彼のことが好きだった。

「フィリックス」

ボソリと呟くと、風が吹いて私たちの髪を揺らした。フィリックスは風の吹いた方向へと振り向くと、錯覚かもしれないが透明化しているはずの私と目が合ったような気がした。

「元気そうだな」

「パパぁ〜フィリックスのこと、冗談だからそろそろ返してほしいなぁ?」

「……駄目だ」

「なんで!?」

ムッとしたクロードは一度決めたことを簡単に取り下げられないのか、何度頼もうが認めてはくれなかった。

「駄目なものは駄目だ。今、フィリックスは俺の補佐で忙しい」

こうして私とのティータイム中に職務を押し付けられているであろうフィリックスに同情した。

「それより、最近変わったことはないか?」

「たとえば?」

「お前宛の手紙が届いた、とか」

ーーー変わったことといえばフィリックスに会えないことだよ!

なんて心の中で呟きながら、最近の出来事を振り返ってみる。

「いつも通り、リリーが持ってきてくれた令嬢たちからのお手紙しかきてないよ?」

「なら、いい」

「?」

クロードが何を言いたいのかわからないまま、話を打ち切られ、話題は別の話へと移っていったのだった。

その日の夜、既にベッドへ入り目を閉じていた時間にコンコンと叩く音が窓の外から聞こえてきた。こんな時間になんだ、と不審に思うも、何度か鳴った音が気になり窓へと向かう。

そこには昼間と同じ格好をした、元護衛騎士のフィリックスが月明かりの下、バルコニーに立っていた。

「フィリックス!?」

「シーッ!」

窓の外でバタバタと慌てた素振りを見せたフィリックスの姿に、困惑したことは忘れて笑みが溢れてしまう。

窓を開けて、フィリックスを部屋の中へ招き入れる。

「急にどうしたの?」

そう尋ねると、フィリックスはいつもの笑顔を見せてきた。

「姫様に会いたくて来てしまいました」

陛下には内緒です、とウィンクされて胸がときめいてしまう。こういう無自覚な行動は本当に迷惑ーーー。

「わ、わたしも!」

心情とは裏腹に、身体と声は動き出していて。フィリックスとの距離を縮めようとして駆け寄ると、優しく抱きとめられて頭をポンポンと撫でられた。

久しぶりのフィリックスの温かさや匂いへの安心感と、密着度に対する羞恥心とで頭が混乱する。

「ちゃんと食事は取られてますか?」

「とってるよ」

「姫様の護衛騎士はかつての私の上官で、私も陛下も信頼している方なので安心してくださいね」

「そうなんだ」

フィリックスの厚い胸板に顔を埋めて香りをいっぱいに吸い込む。深呼吸を繰り返しても、鼓動のうるささは治まりそうにはないけれど。フィリックスから聞こえてくる心拍数も、思い込みだろうが少し早いような気がしてしまう。

「でもフィリックスが傍にいないと…」

零れ落ちた涙を拭うために頬を撫でられる。涙を流して初めて、フィリックスに会えなくて寂しかったんだと実感する。その手を払って自分で涙を取り払うと、私の涙を見ないようにするためか、フィリックスはその場に座り込み、膝の上に私を抱え込んだ。

後ろから抱きかかえられる形になった私は、突然の触れ合いに涙が引っ込んでしまう。そんなことにも気付かないフィリックスは、後ろから顎を私の肩へと乗せて、私に回した腕の力を強めてきた。

「私たちはこれからもずっと一緒です」

「…?」

「陛下は私が姫様のお傍にいることをそろそろお許しになるでしょう」

突然、予言のようなことを言い出すフィリックスを見ると、何かを企んでいるような不気味な笑みを浮かべていた。

「本当にそうなればいいのに」

そう呟いて目を閉じると、フィリックスは「そういえばなぜ想い人が私だと嘘をついたのか」など雰囲気をぶち壊す問いかけをされたので、聞こえないふりをした。

まだ一緒にいたかったので、本当に眠るつもりはなかったのだが、フィリックスの体温に安心して眠りについてしまい、気づけば朝が来ていた。

翌朝のティータイム。紅茶を口に含んでいると、ピーッという音と共に何かが私たちに近づいてきた。青い鳥が私とクロードの座る机の前に降り立つ。くちばしにはその口には大きすぎるくらいの紙を咥えていた。

「可愛い。手紙…?」

クロードの表情が歪んでいることには気付かず、くちばしから折られた紙を取り広げた。

「『可愛らしいお姫様…へ』?」

表題を口に出してすぐ、クロードから手紙を取り上げられ、燃やされてしまう。

「あぁ!」

オベリアの姫は私だけ。私宛の手紙にちがいないのに!

そこでふと、昨日のフィリックスとの会話が呼び起こされた。

『今姫様には令息たちから手紙が送られてきているんですけどね。それに激怒した陛下が手紙を取り上げていたんですよ』

『えっ』

『でも最近それでも諦めない令息たちが伝書鳩を利用して、姫様の元へと手紙を届けようとしているんです』

『手紙は一度も…』

『まだ姫様の元へと辿り着く前に手紙を取り上げられているのですが、常に監視するのは難しく』

「フィリックス!!!」

「はい、陛下」

手紙を燃やしたクロードが突然立ち上がり、珍しく声を張り上げ騎士を呼び寄せた。その声を聞き、どこで待機をしていたのか、すぐに現れたフィリックス。

「アタナシアの周りを彷徨く連中を蹴散らせ。鳥を一羽も寄せつけるな!!!」

「はい、陛下」

(え、えー)

私と鳥との接触を監視させるために護衛騎士は必要で、やっぱりクロードにとって都合の良いフィリックスを戻させた?

「それでは姫様、行きましょう」

ーーーほ、本当にすぐもとに戻った。

一ヶ月前と同じ光景があっという間に戻ってきた。初老の騎士を見ると、にこやかに笑ってこちらを見ていた。

ピーッ

クロードと別れた後、エメラルド宮へと入る前に、先程の青い鳥がフィリックスの肩へと乗った。フィリックスは、よくやったと小鳥に餌を与えている。

「!?」

何から何までが本当の話なのかわからなくなってきた。大方、クロードに自分なら確実に鳥から手紙を奪い陛下へお持ちするとでも伝えたのだろう。初老の騎士は私の味方だったし、クロードも扱いにくそうな感じだった。そして、自らが用意した鳥を使ってクロードを煽った、と。

「私も、陛下のお気持ちには敵わないかもしれませんが、姫様がこの城にいないなんて考えられません」

突然真剣な顔をして告げられるものだから、クロードと貴方の望みを叶える方法があるんだよ、と教えてあげることにした。

「だからフィリックスが私と結婚してくれたら、パパと3人でずっといられるって言ってるんじゃん」

恥ずかしくてフィリックスの顔を見ることはできなかった。私には一世一代のプロポーズだ。

「はははっ、私なんかに姫様は勿体ないですよ」

あまりにも眩しすぎる笑顔で断りの返事をしてくるこの男は無自覚で残酷だ。それでも、負けを認めるのは悔しいので、満面の笑みを作り出し最後まで対抗することにした。

End.

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