ある日、お茶会を開催した件について

 

オベリア帝国の皇帝が、寵愛していた一人娘を突然幽閉し、それに腹を立てた姫が宮殿から脱走したという世間を騒がせた大事件はオベリア帝国の民の記憶に新しいだろう。大事件の結末は、皇帝の大捜索指令が数ヶ月間街中で行われた後、姫は発見されて宮殿へ戻ったというものらしい。

それからの姫は公式行事に参加し、民に対して顔をよく見せるようになり、美しく可愛らしいオベリアの姫に帝国中が熱狂した。そんな姫を幽閉した皇帝の真意を初めは気にする者も多かったが、真相を知る者は誰も居らず、嘘か真か分からない話が噂がされ、時が経つに連れて人々の関心も薄れていくのだった。

 

ある日、お茶会を開催した件について

 

―――記憶喪失。

皇帝でもあり唯一の父でもあるクロードは、娘の私が生まれてからの記憶を失っていた。小説のアタナシアと同じ運命を辿らないように、クロードと出会ってから9年間、血のにじむような努力をして、寵愛を受けるにまで至ったのに、すべて水の泡になってしまった。クロードに記憶を取り戻してほしいが、ここから更に9年間掛ける気力を今の私は持ち合わせていない。

なぜか私を殺そうとしていたクロードに、再びエメラルド宮へ呼び戻された私は、命の危険を身近に感じながら毎日を生きている。できれば逃走資金を持って逃げたいが、クロードは私が宮殿の外に出ることを許さない。

そして今も、記憶を失う前のクロードとの日課であった朝のティータイムをしているところだ。離れたところでフィリックスが護衛をしていてくれてはいるが、クロードと二人きり。ジッと私から視線を外さないクロードとのティータイムは、昔のような和やかな雰囲気は無く、息が詰まりそうだ。

「今日も顔色が良さそうで安心しました」

「ああ」

ルーカスが身体の治療をしてから体調の良い日が続いているようだった。たまに何かを考えては頭痛がするようだったが、以前ほどではないようだ。

「お前のほうは変わりないか」

「ええ、陛下。毎日学問に勤しんでいるとあっという間に夜になってしまって」

「ふん、いいことだな」

(違うパパ!欲しい返答はそれじゃない!)

そんな心の声は口に出すことは叶わず。クロードが行動を制限するせいで私は毎日退屈な日々を送っているのだ。ルーカスも一度エメラルド宮に顔を出して行ったきり姿を眩ませてしまったから。一度宮殿の外での生活を知ってしまった身としては、部屋に閉じこもり切りの生活は退屈でしょうがない。

宮殿へ戻ってからのルーティンは、クロードとの朝のティータイム、勉強、クロードとのおやつタイム、勉強の繰り返しであった。一度愛嬌いっぱいに外出許可を頼んでみたが、全く通用せず、「また出ていこうとしているのか」と、冷ややかな声で拒否された。殺そうとしたり、執着を見せて縛り付けたり、クロードが何を考えているのか全く読めない。何かこの状況を打開する方法はないかと考えていると、数か月前まで開催していた令嬢たちとのお茶会が頭に浮かんだ。

「陛下、実は以前貴族のご令嬢たちを集めてお茶会を開いたのですが、また今度開いてもいいですか」

「…茶会なんてする必要あるのか」

眉間に皺を寄せたクロードは、なぜそのような行事を催すのか理解ができない、と考えている表情をしていた。記憶を失う前も渋々ルーカスを話し相手に置いたくらいだ。クロードにとってルーカスは、私の魔力を抑制できる、職種は違えど騎士のような護衛感覚で傍に置いたのだろう。友人という存在がいないこの男にとって、お茶会などという催しは理解できるものではないのかもしれない。

「陛下が!年の近い友人を作るべきと考えて、お茶会をエメラルド宮で開催させたんです!」

離れた距離で護衛していたはずのフィリックスが急に現れ、興奮した様子で声を荒げた。そんな熱心な部下の声を、苦虫を嚙み潰したような顔で聞いていたクロードは「近づくな、下がれ」とすぐに突き放す。最近のフィリックスはクロードにも屈しない精神力を見せ始め、暫く噛み付いていたが、クロードの機嫌がどんどん悪くなっていくので私がフィリックスを静止する。

フィリックスが下がった後、数分の沈黙が続いたが、ようやく口を開いたクロードはお茶会の許可を下した。

「どんな悪影響を与える人間がいるか分からないから、茶会の様子は報告するように」

「ありがとうございます、陛下」

(やった!久しぶりに令嬢たちの可愛い話が聞けるわ)

お茶会の許可を心の底から喜んだ私は、クロードに対して満面な笑みを送った。ふん、と鼻を鳴らしたクロードは、記憶を失った直後の冷酷さは抜けていて、少し懐かしい気持ちが胸の中に広がっていった。

 

* * *

 

「みなさん、遠いところを私のためにお集まりいただきありがとうございますね」

身支度を整えて、エメラルド宮の外に集まっていた招待客に挨拶をして椅子へ座ることを促した。以前開催したお茶会よりも人数は多い。それは、私が宮殿に戻って頻繁に送られてくる招待状の中から、今回のお茶会の招待客を選定するのに悩んだ結果であった。

以前はクロードが政治に関係のない友人を作れるようにと慎重に選んだ令嬢たちであったようだが、今回は招待客については口出しをしてこなかったので、私は自分で招待客を選び招待状を送った。

逃亡劇で親交を深めたジェニット、手紙で安否を心配してくれていた以前お茶会に呼んでいた令嬢たち、そして思い出すのは自分を匿ってくれたのに挨拶もしていない―――。

『今度はぜひアタナシア姫様のお茶会に招待してくださいね』

「姫様?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました」

「また学問のことですか?姫様は本当に博識がありますね」

「あなたほどじゃないです、アルフィアス公子」

「姫様、このチョコレートとても美味しいです」

「マグリタさん、このカップケーキもおすすめですよ」

私は今、右にジェニット、左にイゼキエルという何とも贅沢な配置に座っている。両隣に「可愛らしいお姫様」のヒーローとヒロインを置いているなんて。後で大きな罰が当たりそう。

結局、イゼキエルを招待するのであれば、これまでどこぞの父のせいで招待できなかった令息にも声を掛けてみることにした。特に、まだ会ったことのなかった「孤独な灰色の狼」と「花より美しい花」を一目見てみたかったので招待客の中に入れてみた。

社交界最強を揃えてみたが、今日に限って「赤血の騎士」と「孤高な黒い狼」は不在だった。「赤血の騎士」は先ほどまで傍にいたはずだが、クロードに呼び出されたりでもしたのだろうか。全員が揃う機会なんて滅多にないだろうに残念だ。

それにしてもこの物語の貴族たちはどうしてこうも美形が揃っているのだろう。私の周りは勿論のこと、原作には描かれていない人物までこうも素敵だなんて。それでも幼い頃から美形に囲まれて生活をしてきた私は、新しいイケメンに心動かされることはなかったが。特にいつ見ても後光が指しているかのようにキラキラ輝いた父クロードと一緒にいるから感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。そういえば、令嬢たちの良い男の中にクロードはランクインしないのね、なんてファザコンというよりは物語の読者としての感想を抱く。クロードは性格は大問題だがビジュアルで言えば優勝だと思うのだけれど、なんて。

ここでふと、このお茶会に違和感を覚える。以前と何かが違うのだ。少し考えてみると、令嬢たちのいつもの強烈な喋りが影を潜めていることに気が付いた。

日が空いてしまい距離ができたかな、なんて少し寂しさを感じていると、それは私の思い過ごしだったことを知る。令嬢たちは上品な佇まいをしながらも、イゼキエルたちをチラチラと観察しながら、口元が時々緩んでいるのを私は見逃さなかった。今まで令嬢たちの中だけで話題にしていた人物たちが急に目の前に現れて、いつもの会話なんてできるはずがなかった。その姿に私まで口元が緩んでしまっていた。

皆それぞれが少しずつ打ち解けていき、良い雰囲気が作られていく。初めは私も全員を気にしていたが、同年代との楽しい会話に安心感が生まれてくるのを感じ、久しぶりに気を抜き始めてきていた。これは早い内にまた女子だけのお茶会を開催しないといけないなと思いながら楽しいひと時を過ごしたのだった。

晴天に恵まれていた天候であったが、少し雲が見え始めて、日差しが弱まったため肌寒くなってきた。ノースリーブのドレスを着ていたこともあり、身体が冷えそうだったので、メイドを呼び羽織を用意させようとした。

「姫様、良ければこれを」

隣にいたイゼキエルがジャケットを脱ぎ、私の肩に掛けてくれた。さすがは男主人公。女子に対する行いがスマートで完璧だ。

「ありがとうございます。気が利きますね」

「「「……」」」

私がイゼキエルにお礼を伝えた後、突然この場から会話が途絶える。

(…え、私何かした!?)

全員の表情を確認すると、全員が私の方を向いてはいるが、私とは目が合わない。私の背後に何かがある。

「オベリアの太陽に栄光と祝福があらんことを、陛下」

イゼキエルが席を立ちあがり発した挨拶に、私以外の全員が続いた。背後にいる人物が誰なのか分かり背筋が凍りついたが、見えないふりをするわけにもいかず急ぎ振り返る。

(なぜここにパパが…?)

頭の中でクエスチョンが止まらないが、瞬時にクロードの佇まいから機嫌が悪そうなことだけは感じ取った。先程まで姿を消していたフィリックスが、慌てた表情でクロードの後ろに追いついた。なにか言わないといけないと思い、私は口を開く。

「陛下、今日はお茶会の日とお伝えしていましたよね。あ、みなさんにご挨拶しにきてくださったんですか」

クロードは娘の友人に挨拶をしにくるような人間ではない。このお茶会の何かに苛立っていることは確かだが、理由が分からず適当な台詞しか浮かばない。このままではここにいる皆にトラウマを与えかねない。今後一切誰も招待できなくなってしまう。パニック状態の中、クロードはフィリックスを呼びつける。

「フィリックス・ロベイン」

「はい、陛下」

(お願い!暴れないで!)

「なぜ、姫の茶会に男がいる?お前、令嬢だけを集めた健全な茶会だと俺に説明しただろう」

(……?)

―――私の父は何を言っているのだろうか。

「申し訳ございません陛下。以前までは陛下が招待客を選定していたのですが、今回そのような指示が無かったので、アタナシア姫様に選定してみてはと勝手ながら助言をさせていただきました」

「今まで俺が選定していたのであれば、今回も姫が選定した客のリストくらい報告すべきじゃないのか」

そう言ってフィリックスを下がらせると、今度はその鋭い視線を私の方に向けた。

「お前もだ。なぜ招待客の中に男共が混じっている?」

(招待客を相談しなかった私のせいでここまで怒ってるの!?)

「そ、それは陛下から令息を招待してはいけないと言われていないから分からなかったのです!」

「年頃の男はろくなことを考えない。なぜそんなこともわからんのだ」

(ど、どうしよう…確かに記憶を失う前のクロードは令息を呼ばなかったけど…)

クロードからは怒りのオーラが収まることはなく、むしろ私が口を開いてから更に怒りを加速させているようだった。

「陛下、僭越ながら発言することをお許しください」

オロオロした私を見兼ねたのか、イゼキエルが助け舟を出そうと猛獣の前に果敢に立ちはだかった。

「誰だ貴様は」

「アルフィアス家長男のイゼキエル・アルフィアスと申します」

「…父親にそっくりだな」

「姫様をお許しください。私がしつこく宮殿で開催される姫様の茶会に参加したいと申し出たのです」

クロードはイゼキエルの容姿を上から下まで見て品定めをした後、今度は私の肩に掛けられた男物のジャケットを見て、黒のオーラを更に深い暗黒なものへと変貌させた。

「どこで姫と知り合う機会などあったというのだ」

「姫様とはデビュタントでダンスを踊らせていただいたのは陛下もご存知かと。また外で何度か偶然会う機会がありまして」

(パパは記憶を無くしてて、とは言ってないし…)

「やはりお前、何度かこの宮を抜け出していたんだな」

イゼキエルの話を聞いたクロードは私をきつく睨みつけてくる。確かにルーカスの瞬間移動で宮殿を何度か抜け出してイゼキエルと会ったが、決して私の意思ではなかったのだ。

「まってパパ!誤解だよ!私、家出して戻ってきてから一歩もエメラルド宮を抜け出したりしてない!」

「では家出していたとき、この男には会いに行ってたということか?」

「だから、それは本当に偶然で」

「そうやって外部との交流を深めてまたここを出ていこうとしているといったところか」

(もう!なんでわかってくれないの!もう出ていかないって言ってるのに!パパが私を殺そうとしない限りは!)

「パパ!私の話を聞いて!」

突然始まった激しい親子喧嘩に呆気に取られる一同と、止めたいけど止められないイゼキエルとジェニット、そしてフィリックス。皆の視線は感じていてもフォローする余裕は今の私に無かった。

「パパ!!!」

全く話を聞き入れようとしないクロードの身体にしがみついて懇願する。

「私は結婚もしないし、ずっとここにいるってパパと約束したでしょ。それも忘れちゃったの?」

必死にウルウルと瞳に涙を浮かばせて、極上のおねだり攻撃をお見舞いする。

(記憶を失う前なら効いたけど…お願い!効いて!)

「……」

クロードは私の着ていたジャケットを脱がしイゼキエルに投げると、自分の羽織っていた上着を私の頭上から被せた。表情は見えなかったが、怒りのオーラが弱まったであろうことを感じて、息を吐く。

「早く中へ戻れ」

記憶を失う前のクロードの私へ対する想いが強くて助かった、とそっとため息を吐く。それでも安心したのは束の間で、次は背後からの強い視線に気がついて振り向くのがとても怖かった。

「み、みなさん。急に驚かせてしまってすみません。天気も悪くなってきましたし、本日はお開きにしましょうか」

「そ、そうですわね」

「またお誘いお待ちしております姫様」

残念ながら男性陣から次回の招待を望む声を聞くことはできなかったが、こちらも誘うのは申し訳なく感じた。

「姫様、またお会いする機会が来るのを心待ちにしております」

唯一、イゼキエルだけは変わらぬ態度だった。クロードに口答えまでして、さすがアルフィアス公爵の息子なだけある。

「アタナシア、早く来い」

「はい、陛下」

招待客に別れを告げて、見送りはメイドたちに任せることにした。再び機嫌を損ねないように、急いでクロードの後を追う。

「陛下、ご令嬢だけであればまたお茶会を開いてもよろしいですか」

「…招待客は俺が選定する」

なんだか記憶を失う前のクロードのようだ。機嫌を損ねると命の危険まで伴うこの男は、私の唯一の父親。私を溺愛していた日々が遠い昔のように感じるが、記憶は無くても9年間触れ合った身体は私を覚えているのかもしれない。

恐る恐るクロードに手を近づけ、やんわり握ってみると、拒否されることなく微かに握り返してくるのを感じ取ることができた。私は久しぶりにクロードと心地良い時間を過ごすことができて、自然と笑みが溢れるのを感じた。

今度からはもっと上手くクロードを攻略して、宮殿の外へ出よう。

 

* * *

 

宮殿から馬車までの道を歩く令嬢、令息一行。張り詰めた空気から開放されたためか、令嬢たちの喋りが止まらない。

「やっぱり陛下は恐ろしいわね」

「ええ、いくら美しいお顔をされていても、恐れ多くて一緒の空間にいると寿命が縮んでしまいますわね」

「姫様が失踪したのも頷けますわ」

「今日みたいに姫様を愛する余り怒りが収まらず、幽閉まで発展してしまったのではないでしょうか?」

「引くに引けなくなってしまったと?」

「いつもは姫様が今日みたいに大人な対応でなだめているから成立しているに違いありませんわ」

「ああ、姫様。結婚もなさらず陛下のお側を離れないだなんて」

「その言葉に大変満足気でしたわね、陛下」

「あの表情、本気で誰とも結婚させないつもりな気がします」

「まあ、姫様大変ですわね」

「あそこまで娘を溺愛する父親を持つと苦労しますわね」

この令嬢たちの噂はまたたく間に帝国中へと広がり、皇帝の姫への寵愛が復活したこと、その愛は一生城から出さない程だという認識が定着した。

そこまでの姫とは一体どんな愛らしい姫なのだろう、と逆に興味を唆られるというのが人間というもの。アタナシア姫との面会を希望する手紙が何百通と国内外から届いたが、アタナシア姫が見る前にクロード皇帝が処分しているというのはまた別のお話で。

 

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