この世で大事なものはたった二つだけ

「悲しいか?」

―――ああ。

「もう一度会いたいか?」

―――ああ。

「生き返らせてやってもいい。そなたの大事なものを私に差し出してくれるのであれば」

―――大事なもの?

「なに、彼女を失ったときの苦しみに比べれば軽いものさ」

―――そんなものくれてやる。

「よかった。じゃあ貰っていくね―――を」

 

この世で大事なものはたった二つだけ

 

「早く!ガーネット宮に向かって!」

「もう!こんな夜更けに!」

何だか廊下が騒がしい。せっかく熟睡していたのに目が覚めてしまった。まだ眠い目を擦りながら、布団の中から時刻を確認すると、まだ日付が変わってすぐの時刻であった。

―――今、ガーネット宮って言った?

バルコニーの方へ目をやると、いつもは消灯されているはずの庭園の灯りが点いていて、いつもと様子が違っていた。締め切った窓の外からは声が漏れていて、何か嫌な予感を感じる。

―――もしかして、パパに何かあったんじゃ。

コンコン

最悪の想定をしている最中に部屋がノックされ、心臓が飛び出そうになる。返事をする前に護衛のフィリックスが慌てて部屋へ入ってきて、私の眠るベッドへと近づいてきた。彼の行動に余程の緊急事態を察した私は身を固まらせていると、布団を剥いで私を抱きかかえる。

「姫様、失礼します」

「フィリックス……一体何があったの?」

「陛下がお呼びです。急ぎ姫様を連れてくるようにと」

「皇宮への襲撃でもあった?」

「いえ、そういうわけではないのですが……姫様の母上様である、ダイアナ様の亡骸が突然消えてしまったのです」

「ママの……?」

フィリックスから聞いた話はこうだ。ダイアナの亡骸は保護魔法をかけて15年間厳重に地下室で保管されていたのに、その気配が突然消滅した。急いで地下室へクロードは向かったが、たどり着いた時には既にもぬけの殻だった。皇宮内にはクロードの魔法で敵は入り込めないようになっていたため、なぜこのような事態が発生したかは全く不明であった。ましてやクロードの保護魔法がかかったダイアナの亡骸まで消えてしまい、敵がどこにいるか分からない状況に陥ってしまったため、クロードは急ぎアタナシアを呼んだ、というのがここまでの話らしい。

「なぜ何も手がかりが見つからないんだ」

フィリックスに抱きかかえられたままクロードの執務室までたどり着くと、クロードの怒号が部屋の中から聞こえてきた。皇宮中の騎士、メイドたち総動員で捜索に当たっているが、まだ情報は何も得られていないらしい。

「パパ!」

「アタナシア」

私を抱きかかえたままのフィリックスに下ろすよう言うと、地面に足が着いたので急いでクロードの元へと駆け寄る。クロードはいつものように両腕を広げて私を抱き止めた。クロードはいつもの無表情な顔をしていたが、私の心配をしていたことは伝わってきた。

「何も危険な目にあっていないだろうな」

「うん、フィリックスも傍に居てくれたし。それより……」

「敵の狙いがわからない。お前は俺の傍を離れるな」

「うん……」

そうして執務室で部下たちに指示を与えるクロードを見ながらソファーに座っていた。寝ていろとクロードからは言われたが、モヤモヤして一向に眠りにつくことはできなかった。クロードの傍にいれば世界中のどこにいるより安心な筈なのに。この胸のざわめきは一体何だろう。

それから数時間経っても、皇宮に外部の侵入者がいた痕跡を見つけることはできなかった。
一見、クロードは見えない敵に苛立っているように見えるが、実際はダイアナの亡骸が盗まれたことのほうに怒りを感じているようだった。

クロードのダイアナへ対する想いは、「可愛らしいお姫様」で描かれることはなく、実際のところどんな関係だったのかはわからない。しかし、夢で見た二人の関係はたった一度きりの関係ではなく、お互い想いの通じ合った男女にしか見えず、もしかしたらクロードもダイアナを愛していた可能性があった。
この世界でも前世と同様、遺体は火葬するという風習がある中で、クロードはダイアナが亡くなってすぐ遺体が腐敗しないように保護魔法をかけて傍に置き続けたという事実だけで、先程の説が現実味を帯びてくるというものだ。

「魔力を追う」

「え?どういうこと?」

「侵入者は亡骸と一緒にいるはず。亡骸には多少自分の魔力が残っているから、どこにあるかを探って侵入者へたどり着く」

あくまでも侵入者を捉えるという体で話を進めていくクロードであったが、いつもの冷静さを無くしているように見えて、このまま彼まで消えてしまわないだろうかという不安を私は抱いた。

「フィリックス、アタナシアと皇宮を任せる」

「まってパパ!私も一緒に行く!」

「だめだ、相手がどんな者かもわからない。保護魔法を皇宮に貼り直すから、お前はここにいろ」

「パパ、私だって魔法が少し使えるようになったし、それにパパの傍にいた方が一番安全でしょ?」

「……」

私の状況が見えない方がクロードにとっては不安なはずだ。うるうると瞳をにじませて上目遣いでクロードを見ると、額に手を当てため息を吐いたクロードは了承した。

「フィリックス、後は任せた。アタナシア、いくぞ」

「うん」

「へ、陛下!」

焦るフィリックスを執務室へと残し、クロードに抱きかかえられた私はワープによって、真っ暗な森へと辿り着いた。

* * *

街灯も何もない、あるのは木だけ。猛獣が居ても気が付かない暗さだが、幸いにも異常なほど静寂で、私たち以外の生物がいるとは思えなかった。そんな、不気味な森。

「このあたりに俺の魔力を感じるんだが…」

暗闇の中を見回すと、少し離れた距離に突然青い光を放つ何かが現れた。黄色、白、青、神聖な雰囲気の漂うその物体は、この不気味な森にはあまりにも不自然な存在で、違和感を覚える。

「パパ、あれなに?」

「あれは……」

その何かを視界に捉えたクロードは青い光の方へと一目散に走っていく。私も遅れを取らないように後を追うが、クロードのスピードには到底追いつけなかった。息が上がり、苦しくなってくる。

「ダイアナ!」

前方で聞こえてきたクロードの哀しい叫び声に私は驚いてしまった。こんなに取り乱した様子のクロードを見たことがなかったからだ。青い光に包まれていたのはこの世の物とは思えない美しい女性。女性の両頬に、壊さないよう優しく丁寧にクロードは両手を添えていた。心の拠り所を奪われ、気が気でなかったのだろう。もう生きて帰ることのない亡骸にすがりつくクロードは、冷酷な皇帝ではなく、ただの一人の男に見えた。

―――パパ。
なんだかクロードの存在が危うく思えてきて、声をかけようとするが、なぜか声が出ない。何度呼ぼうとしても、声が出ないのだ。その場に崩れ落ち、顔には少し伸びた草が当たった。クロードに後少しの距離まで追いついたのに、遂には身体まで動かなくなり、その場で固まってしまった。

―――これは、魔法?そこにいるダイアナはパパを嵌めるための罠?

『アタナシア』

薄れ行く意識の中で、突然頭に知らない声が響き、名を呼ばれる。

『アタナシア、お前の力があれば母を救える』

―――誰?

『お前の魔力を母に与えるだけで、彼女は目を覚ますのだ』

そう言われて、考える間もなく自分の身体の周りから黄色い光が抜けていき、それはダイアナの元へと流れていった。光が抜けていくのと同時に、私の身体は精気を奪われたような感覚に陥っていた。何かがおかしかった。

「んっ……」

「ダイアナ……?」

「陛下……」

「これも幻覚か……?」

「陛下……どうして泣いていらっしゃるのですか」

クロードは腰を下ろしてダイアナをゆっくりと抱き起こすと、そのまま自分の胸に強く引き寄せた。私の位置からクロードの表情は分からなかったが、肩を震わせていることからしてダイアナの言った通り泣いているのだろう。ダイアナは細い腕をクロードへと回し、美しい顔を涙を流しながらクロードの首元へと埋めた。
そんなワンシーンを見ながら、私は身体の異変が治まらなかった。今度は身体が燃えるように熱くなり、声の出ないまま喉は焼けるように痛い。心臓の音が強く鳴っていて、魔力が不安定なことから身体がおかしくなっているとしか思えなかった。そんな状態に、気付いてもらえない。

―――パパ、助けて。

『お前の父は助けてなんかくれないよ。最愛の女が生き返ったんだ、お前のことなんか頭にないよ』

―――それはアンタが変な魔法を使ってるんでしょう?

『いいや、お前の声と体の自由を奪っているけど、それ以外は何もしてないよ。お前の父の記憶を奪っているわけでもない』

―――死んだ人間が生き返ったら、誰だってああなるわ。

『お前の父は、お前の死を確かに望んだんだ。お前と母の命を天秤にかけたとき、母の命を選んだ。だからこうして俺が願いを叶えた』

―――。

『お前が眠れば強力な魔力、お前の血、呼び戻したお前の母の魂と器が混ざり合い、完全にお前の母は生き返る。さあ、どうする?』

―――そんな聞き方はずるい。

クロードのダイアナを愛する想いは私が想像している以上だったことを今日初めて知った。クロ―ドがルビー宮での惨劇を起こしたのも、私に冷たく接するのも可愛がるのも全て、ダイアナに対する想いが起因していたのだ。
そんなクロードの目の前に、その最愛の女性が15年ぶりに息を吹き返して存在しているのだ。クロードがどちらを選ぶかなんて一目瞭然だった。私は、ダイアナの代わりに過ぎない。しかし、最愛の父であるクロードが望む結末であれば、それに従うのもいいのかもしれない。私はどんな形にせよダイアナの中で生き続ける。「可愛らしいお姫様」よりもハッピーエンドであることには違いなかったから。
こうして自分と母の命を自らも天秤にかけた結果、眠りにつくことを決め、強く目を閉じた。

『決まったな』

「アタナシア?」

決心してすぐに、クロードの声が耳に入ってきて、反射的に目を開ける。クロードが周囲を見回して、何度も私の名前を呼んでいる。

―――嘘つき野郎!やっぱりクロードに私の姿、見えなくしてるんじゃない!

「アタナシア!どこにいる!!!」

何度呼びかけても姿を表さない私に、気の短いクロードは先程までのしおらしさとは一変して暴君モードに切り替わっていた。声が恐ろしくて見つけて欲しいけど見つかりたくない。そんなことを考えられている自分の身体が少し軽くなっていることに気付く。シナリオとは違う展開に、嘘つき野郎も焦っているのかもしれなかった。

「アタナシア!!!」

「アタナシア……?」

「お前の産んだ俺の娘だ」

「アタ……ナシア」

クロードの腕に抱かれたままのダイアナは記憶を辿るように私の名前を呟いた。次第に記憶が蘇ってきたのか、私の名前を何度も繰り返し、ポロポロと涙を流す。その涙をクロードは優しく拭った。

「俺が育てた自慢の娘だ。賢くて、綺麗で、愛嬌もいい、お前にそっくりの娘だ。あいつにお前を会わせてやりたい」

クロードの口から初めて発せられた、娘という言葉に自然と私まで涙が止まらなくなっていた。クロードは私と過ごしてきて、ダイアナにそっくりな私を見て何を想っていたんだろう。最愛の人を奪った私を初めは許せなかったのではないか。もう会えない人を思い出しては辛い日々を過ごしていたのではないか。それでも最愛の人との娘である私が愛しくてしょうがなかったのではないか。クロードの葛藤を勝手に想像して胸が押しつぶされそうになった。

「パパ」

絞りだした声は確かに音となってこの場に響いた。か細い声だったが、クロードの耳にはしっかりと届いたらしい。ダイアナを抱えたまま、地面に倒れた私の目の前に駆け寄ってきた。

「アタナシア!?」

やっとクロードと目が合った。うっすらと目を開けて見たクロードの顔は焦りに焦っていて、ちょっと笑ってしまいそうになった。クロードに見つけてもらったことから安堵して気が抜ける。外傷はないものの、呼吸の浅い私をどうにかしようと、クロードはあらゆる魔法を施そうとするがどれも私の身体は跳ね返してしまい効かなかった。私が死んでもいいと思ってるなんて嘘じゃない、とこんな目に合わせた謎の声を恨む。

「……ア…タナシア……」

これまたか細い声で発せられた声に目をやると、クロードの膝の上で横たわるダイアナと目が合った。初めて対面する母に、間近で見ると余計に原作通りの絶世の美女であることを実感した。細い腕が私の頬まで伸びてきて、優しく何度も撫で上げる。初めて感じる母の温もりからか、涙が止まらない。

「アタナシア、お父様に愛情いっぱい注がれて、大きく育ったのね」

「ママ……」

「あなたに会いたかったわ……母が居なくて寂しい思いをさせてしまうのが心残りだったけど、大切に愛されて育ったのね」

最後の力を振り絞ってダイアナの胸に飛び込むと、細い腕は優しく私を受け止めて、背中をトントンと叩いて優しくあやした。それはずっと求めていた母という温もり。年齢はさほど変わらない外見をしていても、感じる安心感から、この人は本当に私の母親なんだと強く感じた。

「アタナシア、動くな!」

心配性なクロードの声は無視して、目の前の母親との最初で最後のふれあいを堪能する。私の初めての母親。最愛の人を残して、命がけで産んだ我が子を抱けずにこの世を去った哀しみは計り知れないだろう。両親に愛され、見守られるまま人生を終えることができるならこんなに幸せなことはないかもしれない、と最期にクロードの顔を見て目を閉じる。

「パパ、ママ、大好き」

「アタナシア!」

『アタナシアが眠らないと、ダイアナは完全に復活することはできない』

そう言って感動の場面を遮るように姿を現したのは、布を体に纏っただけの怪しい男だった。先ほど私の頭に響いたのと同じ声をしていた。クロードは私でもわかるくらいに魔力を放ちながら、殺意をむき出しにして、男を魔法で拘束して問い詰める。

「アタナシアに何をした」

『お前、ダイアナを生き返らせてほしいと私に願った。私、アタナシアくれるならダイアナ生き返らせてあげると言った。だからアタナシアは貰う』

「殺す」

『私殺すとダイアナ死ぬ』

「貴様……」

「陛下」

怒りを抑えられないクロードに、ダイアナがか細く、でも強い意志を感じさせる声で話しかけた。

「私は既に死んだ身。またこうして陛下にお会いできただけでもこの上なき幸せ。ましてや、成長した娘にまで会えるなんて」

「嫌だ、ダイアナ。もう俺を置いていかないでくれ」

「陛下、出会ってから別れた後もあなたをずっと愛しています。私の気持ちは変わりません」

「俺も、お前のことを一日たりとも忘れたことは無かった」

「私たちの娘を、アタナシアを守ってください」

「くそッ」

両親の声を聞いていた私は、壮大な爆発音とともに、突然身体が軽くなるのを感じた。きっとクロードが男を仕留めたんだろう。

しかし、ホッと息をつくことさえできない。起き上がってクロードの顔を見るのがとても怖かった。初めて、クロードのダイアナに対する強い想いを知り、ダイアナを生き返らせるチャンスが目の前に舞い込んできたのに、みすみす逃してしまったのだから。―――私の命を守るために。

「アタナシア!アタナシア!!」

起き上がるタイミングを探るために暫く狸寝入りをしていると、無理やり肩を揺さぶられて起こされる。あまりの力強さに、クロードのせいで気を失ってしまうかもしれなかった。

「アタナシア!お前まで死んでしまったら……」

さすがに身の危険を感じて、意を決して目を開けると、目を真っ赤にして至近距離にいたクロードと目が合う。眉間に皺をきつく寄せたので、「起きてるなら早く起きろ!」と怒鳴られると思いきゅっと目を瞑った。しかし、怒号は飛ばず、ただクロードにきつく抱きしめられただけだった。その力強さに、先程まで胸に抱えていた不安が雪崩落ちて、涙が溢れるのが止まらない。

「パパ、私が残っちゃってごめん……」

「……!何でそんなことを言うんだ」

「だってあの男が、パパは私じゃなくてママを選んだんだって言ってて……」

「お前を失ってまでダイアナを生き返らせたりはしない。お前がいない世界なんて考えたくもない」

更にきつく抱きしめてくるクロードにしがみつき、子供のように泣いた。その間、クロードは優しく背中を擦ってくれて、私はクロードに娘として強く愛されていることを実感した。この世界に転生できて、心から良かったと初めて思えた日だった―――。

「んん―――」

私とクロードの下からうめき声が聞こえてきて、二人して身体がビクンと跳ねた。パッと下を向くと、クロードの膝に頭を乗せたままだったダイアナが、なんと目を開けているではないか。

「陛下、苦しいです」

「ダイアナ!何故……」

「さあ……私にもさっぱり」

そう言って笑ったダイアナに、私が抱きつき、その上からクロードが優しく覆いかぶさる。重い、という苦しい声に慌てて身体を離すと、頭がクロードの顎に直撃して二人で悶ることになった。そんな様子を見て笑うダイアナは娘の私が見惚れるほど美しかった。

* * *

置き上がれないダイアナをいわゆるお姫様抱っこするクロードは、映画のワンシーンを見ているように美しく、なんだか邪魔をしてはいけない気がして少し距離を取る。しかし、クロードが私との距離にすぐ気が付き、右手で私の左手を掴みクロードの腰を掴ませると、いつの間にか皇宮へとワープしていた。

「陛下!!!」

長い長い出来事だったが実質的には1時間程度だったらしい、まだ夜も明けてはいなかった。執務室で部下に指示を出していたフィリックスは、主の帰りを待ちわびていたと言わんばかりの涙目で駆け寄ってくる。あの森の静寂から戻ってきたからか、皇宮が騒がしく感じた。

「陛下!姫様!ご無事で安心いたしました!ダイアナ様も連れ戻せたのですね!」

フィリックスの呼びかけを無視して、ダイアナを抱えたままのクロードは執務室の出入口へと向かっていく。寝室へでも運ぶつもりかしら、と私はニヤニヤしながら、二人を見ないよう気を利かせて執務室のソファーへ座る。

「アタナシア」

どうやら違うらしい。私も来いということだったので、急いでソファーから立ち上がり、後を追いかける。フィリックスは捜査中止を部下へ伝えると、急いで私たちに着いてきた。

「地下室へ向かわないんですか?」

そう尋ねたフィリックスをクロードは無視するので、私はフィリックスにシーっと指を立てて黙らせた。フィリックスの頭上にはいくつものクエスチョンマークが飛んでいた。

クロードは寝室のベッドにダイアナを横たわらせる。その様子を私とフィリックスは寝室の出入り口で見守っていた。ダイアナの頬をペチッと叩き、生きていることを再確認して安堵したのか、「寝てろ」と声をかける。その声があまりにも優しく囁くものだから、私の横にいるフィリックスに服をグイッと引っ張られる。

「ひ、姫様……陛下はついに壊れてしまったのでしょうか……」

「ふふっ、違うの。ママが生き返ったの」

「へえ、ダイアナ様が。それはよかったです。これで陛下も安泰………ええぇ!?」

フィリックスは一人困惑して奇声を発している。目の前で見た私ですら信じられない不思議な光景だったのだ、その場にいないフィリックスは余計信じられないだろう、と苦笑いする。

「うるさいぞフィリックス」

フィリックスに苦言を吐きながらも、クロードは余程気分が良いのか、それ以上を口にはしなかった。フィリックスは涙を流しながら喜んでいる。そういえば、彼もダイアナに好印象を抱いている一人だった。

「でもなぜ……」

「おそらく術師は人の心に入り込み操作することができたから、死人の魂をも操る術を持っていたのかもしれない」

「ダイアナ様を生き返らせて術師に何のメリットが……」

「あいつが欲していたのはアタナシアの魔力だろう、自分の物にするためにアタナシアが自ら生を手放すよう仕向けたと見える」

私がクロードに必要とされていないと思い込ませ、クロードのために死を選ぶよう仕向けていた。私がダイアナの命と引き換えに死ねば、生き返らせるのに使用した魔力から残った魔力があの男の物となり、何かしらの力を手に入れることができたのだろう。ルーカスも言っていたが、そんなにも私の魔力は強いのか。今一つ実感が沸かないので、困惑する。

「今あいつの身体には元々あった俺の保護魔法と、アタナシアの魔力が見える」

「私の魔力……」

「でも、私は本当に嬉しいです。これで姫様をお嫁に出しても陛下が寂しい思いをしなくて済みますから」

「誰が嫁に出すと言った?」

和やかな雰囲気を一瞬にして壊すフィリックスを横目にため息を吐いた。何だか力も使って眠気が一気に襲ってくる。

「じゃあパパ、おやすみ」

フィリックスの後に続き寝室を出ようとすると、クロードに腕を掴まれて抱えあげられるとそのままダイアナの隣へ置かれる。クロードから押し込まれて、布団の中に3人入ることになった。いくら皇帝用の広いベッドとはいえ、子供ではなくもう15歳になった私を入れて大人3人で並ぶベッドには狭さを感じた。
両親に挟まれる私。前世では経験できなかった川の字を、まさか今世で経験するなんて。恥ずかしさは少しあるものの、嬉しさが勝っているのは事実だった。

ふふん、と笑い顔を横へ向けると、暗闇の中で優しく微笑んでくるクロードと目が合って驚愕した。宝石眼が輝いて綺麗。15年間の中でここまで優しく微笑んだクロードを私は見たことがなかった。

「パパが……笑った……」

「早く寝ろ」

「ふふふ、おやすみー」

ダイアナはリハビリを経て舞えるまでに復活し、15年目にして父母の愛に囲まれての生活がスタートしたのだった。

終わり

* * *

いや、現実的にはありえなくてもみんなが救われる世界があったっていい()

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