私が求める愛とは

 

早速、私は途方に暮れていた。布切れみたいな服を身に纏い、握りしめたパン一斤を口へ含む。パサパサで美味しいとは言えない。むしろ不味かった。いかにこれまで贅沢な暮らしをしていたのかを実感せざるを得なかった。

それでも、クロードから処刑されるという死亡フラグは回避することができたのだ。あとはいかにこの世界で生き残るか、そう、餓死をせずに生き残るかなのだが。

「ああ、もうなんでこれまで集めた宝石を持ってなかったんだろう」

城を出た時のドレスを質屋へ持っていったが、走るのに夢中で泥まみれになっていたり、擦り切れてしまっていたらしい。「ゴミを処分してやってるのに布まで寄越せとはどんな教育を受けたんだ」と嫌味まで言われる始末。

そんな絶望の中にいる私に手を差し伸べてくれたのは、20以上は年が離れているであろう貴族の男性であった。長身で切れ長の目はどこか思い出したくもない人物を想像してしまうが、一文無しの私には彼に縋るしかなかった。

「何があったのか聞いても?」

優しい口調に、今日、そして三年間の苦しい日々を吐き出したくて、頭で喋っていいことを選びながら少しずつ言葉を紡いでいった。

「父との関係が上手くいかなくて、家出をしました」

「ほう、まだ若いのにそれは大変だ」

そう言って大きな手を私の頭の上に乗せてポンポンと軽く数回叩いた。クロードから同じことをされた記憶が思い起こされ、涙が零れてしまう。

「特別な存在なんかじゃなくていい。世界の中心になりたかったわけじゃない。ただ誰かに愛されたかっただけ。今も、昔も、どうして私は――――――愛されさえすれば、一生を終えたっていいのに」

「その願い、僕が叶えて差し上げましょうか、レディ?」

心の内を吐露すると、彼は本当に叶えてくれそうな顔をして私に目線を合わせるようにその場に屈んだ。この男を信じていいのだろうか、少し悩みもしたが、彼の手を取る道しか残されていなかった私は彼に着いていくことにした。

手を引かれて馬車へ乗り、降り立った先は訪れたことのない海辺の街だった。新しい洋服を仕立てられ、美味しい料理をご馳走してくれた。彼はどうやらオベリアの子爵で、この港町で貿易を営んでいるらしい。すれ違う人々が彼に声を掛け、交流を持ちたがっていた。一緒にいる私にまでもお菓子を分けてくれたり、親切な対応を受けてしまった。

「アーティさん、この街でならみんなが君を愛すだろう」

「ありがとう」

今日はこの部屋を使って、と綺麗なアパートのような一室を与えられ、一人になって激動な一日を振り返ったりしてみる。この街でなら、住み込みの仕事をもらって生活していけるかもしれない。それだけ良い人たちで溢れていた。こんなにも感じの良い人しかいない街なんてあるのか、と疑いたくなるほどだった。

――――――でも、果たして私の求めている「愛」とは何だろう、とふと疑問に思ってしまう。外者にも優しい、愛に溢れた人たちに囲まれて生活していくことが私の幸せなんだろうか。

間違ったことは叱ってくれるリリー。私の我儘に加担してくれるハンナとセス。三年経った今もクロードとの仲裁に奮闘してくれているフィリックス。目先の親からの愛にばかり意識が向いていたけれど、生まれた時から私を愛してくれた人たちが城の中にもちゃんといたじゃないか。何も言わずに出てきてしまったことに、今更後悔の念が押し寄せてくる。

『これからもずっと私のそばにいてくれなきゃ』

『・・・・・・小賢しい。誰が誰を心配しているんだか。アタナシア、お前こそ・・・』

記憶を失う前のクロードは心配が尽きなかったなぁ――――――ともう戻ることは無い幸せな日々に涙が出る。

「もう、今日は泣いてばっか」

両目から零れ落ちる涙を痕が残らないように払うが、払っても払っても涙は途切れない。

「ずっと一緒にいようって言ったじゃん。パパの馬鹿」

もしかしたら、私は小説のアタナシアと同じ運命を辿ることになるのかもしれない。クロードと別れることになるその瞬間まで、彼と過ごした思い出の場所で生きたいと思ったからだ。その整理をつけるために、今日だけこの街に滞在させてもらって、明日には皇城へ帰ろう。たとえ、この決断で自分の命が尽きることになったとしても―――。

 

翌朝、部屋まで迎えに来た昨日の男に対して、家へ戻ることを伝えると、笑顔でそうしなさいと言ってくれた。

「ここの街の人もだけど、なぜ貴方は見ず知らずの私にここまで親切にしてくれたの?」

そう問うと、うーんと唸り男は考える素振りを見せた。

「僕自身も、たった一人の血縁者から家を追い出されたからかな」

「私と同じ境遇だったのね」

「まあ全てが同じではないけどね。僕なら君の心に寄り添えると思って。多分、君の父親より君のことを分かってあげられると思うよ。だから―――」

彼との連絡方法を伝えられる。不思議な連絡手段だと言うことで、連絡できるかを一度試してみることになった。彼に言われるがまま、握り拳を心臓の前に置き、念を込めて合言葉を呟く。

「”アナスタシウス”」

そう呟いた矢先に心臓を掴まれたような感覚に陥り、その場に崩れこむ。何が起きたのか状況把握ができていないが、この状態に陥ることは初めてではなかった。心臓から巡る全身の血管が燃えるように熱い。

「アーティさん!大丈夫かい!!!」

必死で私を揺さぶる男は慌てた様子で私を助ける方法はないかと周囲を見回していた。

「だっ・・・大丈夫だから・・・安静にしていれば治るから・・・」

「アーティさん・・・!」

意識を手放せたらどれだけ楽だろうか。苦しみから解放されない生き地獄に、いっそ殺してほしいと願いたくなるほどだった。朦朧とする意識の中、はっきりと声が頭の中に響いてきた。

「アーティさん・・・君はもう・・・助からないんだよ?」

急に聞こえてきた優しい声色をした残酷な言葉に、悶えながら男のほうを見た。彼は先ほどからは想像できないような歪んだ笑顔をして私を見下ろしていた。

「あなた、だ・・・れ」

「貴女の父をよく知る者、だよ」

最初から騙されていたのだ。やはり無償の愛なんてものは存在しない。こんな男の考えに乗せられてしまうとは、自分が情けなくて泣きそうだ。ゴホッゴホッと咳に邪魔をされて、言葉を紡ぐこともできない。

「可哀想なお姫様。愛しい父のせいで貴女はここで命を落とすんだ」

私の息の根を止めようとしているのか、私の首元まで大きな手が伸ばされる。

「クロード同様に愛を知らないお姫様。あいつの絶望した顔を見るのが楽しみだ」

私は自分が愛に囲まれていたことを昨日、再確認することができたのだ。愛を知らない残念な姫ではない。そして、記憶を失ったクロードは私を失ったところで悲しむことは無い。この男の思い通りにはならないことを憐れみ、フッと笑みが零れた。

ここで終わるのか、終わるなら生まれ育ったあの場所で。私が確かに愛されたあの城でこのアタナシアの人生を終えたかった。愛を知って死にたいとは言ったけど、贅沢を言うなら死に場所も指定させてほしい。

でも、一番の願いは――――――最期にもう一度だけ、パパに会いたい

「アタナシア!!!」

ここにいるはずのないクロードの姿が視界に入る。私を嫌いなあの男が私を助けてくれるはずなんてないのに。

「ああ、そうやってすぐに俺の感情を揺さぶってくるお前なんか嫌いだ」

私の2回目の死を哀れに思った神様が最期に見せてくれたのかな。それにしても「嫌い」って。最期の最期まで心に傷を作るの止めてよね、成仏できないじゃん。そんなことを考えている内に私は意識を手放した――――――。

目が覚めると、新たな世界で生を受けた、というわけではなくアタナシアの記憶を持ちながら、アタナシアのベッドでいつも通り横たわっていた。身体も17歳の頃のままだった。もしや夢・・・?

「姫様!お目覚めになりましたか!どこか身体が痛むところなどありませんか?」

部屋を歩き回る私に気付いたリリーが物凄いスピードで駆け寄ってくるから驚いた。

「全然平気だよ。何かあったの?」

「まさか姫様、何も覚えていらっしゃらないんですか?また気を失われてたんですよ」

気を失った姫様は心臓に悪いんですから、と頬をプクっと膨らませたリリーが次第に涙目となり、私を抱きしめる。

「突然出て行かれてしまうんですもん。城中の人間で大捜索でしたよ昨日は」

「あれ、そこは現実?」

「もう、姫様何を言ってらっしゃるんですか」

泣きながら私を心配するリリーから愛されていることを実感して、私まで目頭が熱くなってくる。
しばらく抱きしめ合うと、何だかお互い照れ臭くて、ぎこちなく離れてそれぞれの日常をスタートさせた。

残念なことにクロードに啖呵を切ったところは現実だったようだ。どこかで眠っていた私をなんとクロードが発見し、ここまで運んできたという。細い腕で姫様を抱えておられました、といういらない情報を添えてリリーが教えてくれた。

何にせよ、まだ殺されないことが分かった私は、悪夢を見てクロードへ対する想いなども再認識ということもあり、18歳以降も生きられるようにと願いを込めて手紙を書いてみることにする。

『パパへ

今日もパパの娘でいられることを嬉しく思います。

オベリア隣国の皇太子が私と歳も近くて、結婚相手には最適なんじゃないかと考えました。

そこは大きな海があり他国との交易も盛んで、オベリアには無い商品がたくさん流通していると耳にしました。

ダメなら違う人でもいいけど、歳の離れすぎた人は嫌です。

よろしくおねがいします。

アタナシア』

フィリックスを呼んで、クロードへ手紙を渡すように頼むと、嬉しそうに引き受けて部屋を出たのも束の間。数分後に慌てた様子でフィリックスが戻ってきた。

「フィリックス、パパ何だって?」

「姫様、陛下からの伝言は『却下』です。なんて手紙をお送りされるんですか!陛下は怒るに決まってます!記憶を失ったとはいえ、姫様のことを誰よりも大切に思っていらっしゃるんですから!昨日だってあんなに城の外に出たいって・・・陛下だって毎日姫様のことで悩んでるんですからね!」

「ふふっ、何それ。フィリックス、いつもありがとう」

当たり前の毎日に感謝を。今日見た悪夢のお陰で、今ある幸せを大切にしようと思うことが出来た。

さて、そろそろしつこいくらいに、私の記憶を無くした父親の記憶を取り戻させないといけないかもしれない。もう私しか覚えていない、二人で交わした約束を守るために――――――。

『貴女の父をよく知る者、だよ』

――――――ゾクッ

夢で見た男の顔と声が急に呼び起こされ背筋が凍った。クロードに似たあの男は、私が作り出した架空の人物なのだろうか。それにしては彼との会話を鮮明に思い出せることが不気味である。

「姫様、陛下がこの件で話をしたいと言っているので急いでください」

「はいはい」

そんな夢の話よりも、まずは目の前の敵をどう倒すかを考えないと、ね。小説のシナリオ通りなんかにさせないんだから。覚悟してね、パパ!

 

 

END

――――――――――
補足
・もちろん諸外国への手紙はパパが皇宮内で阻止。誰一人手紙を受け取っては居ません。
・パパは日に日に母に似てくるアタナシアへの接し方が分からず、距離を取りますが、嫁には出したくないという葛藤で夜も眠れなくなります。この気持ちはダイアナに似てるからだと思い込むパパですが、本当は本能がアタナシアを求めているはずです。それをフィリックスだけが知っています。
・心臓の前で拳を握りしめるポーズは、「心臓を捧げよ」ポーズでお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。