Chapter3. 愛情も、忠誠も、すべて捧げて

「あなたはだあれ?」
 
 廃れた庭園にある噴水の前で、俺を見上げる小動物のような幼子がいた。この場所に似つかわしくなく帝国の唯一の姫であることを、キラキラと輝く宝石の瞳が物語っている。舌っ足らずな言葉で話す少女と目線を合わせるように俺は膝をつき、警戒心を解いてもらえるように笑みを浮かべた。
 
「私はフィリックスと言います、アタナシア様」
「わたしのことをしってるの?」
「はい。アタナシア様のお母様には良くしてもらいましたから」
 
 少女の母は、目の前の少女と瓜二つの顔をした女性だった。誰にでも分け隔てなく笑顔で接する心優しい女性だ。もう、この世を去って数年が経とうとしているが、俺は彼女のことを忘れることはないだろう。それほどに魅力的な女性だった。
 
「おかあさま? わたしの?」
「そうです。ダイアナ様はとてもお美しいお方でした」
「そうなの? あってみたいな」
 
 幼い少女には母の記憶が無い。それは当たり前のことだった。その母は娘の出産と同時に命を落としたのだから。母の存在が恋しいと気が付いた時には、既にこの世にはいないという境遇に、己の幼少期が重なったこともあり、ずっとこの場所で一人生きる少女のことが気掛かりだった。
 
「姫様が大きくなられたら、きっとダイアナ様のようにお美しくなられるでしょう」
「おにいさん、またおかあさまのおはなしをしてくれる?」
「私のことはフィリックスとお呼びください。もちろん、約束します」
 
 今日こうして少女へ会いに来たのは独断での行動だった。今になって振り返れば、この時少女へ会いに行かなければ、悲惨な結末を迎えることはなかったのかもしれない。
 
 しかし、何度同じ末路を辿ることになろうとも、俺は少女の元へと足を運んだだろう。後悔することは山程ある。やり直したいことばかりではあるが、少女のいない人生は、俺の人生とは呼べないものなのだから。
 
 
 
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「フィリックス、私今日からアルランタ語の勉強も始めたの」
 
 幼い少女は九歳になった。業務の合間を縫ってはルビー宮へと顔を出し、少女の戯れに付き合うのが出会ってからの日課だった。
 
「アルランタ語は必須の科目ではないかと思うのですが?」
「私もいつか外交に携わる時がくるかもしれないでしょう」
「なるほど……私もアルランタ語の勉強を始めないとかなぁ」
 
 必修ではないアルランタ語を勉強するということは、与えられたことを淡々とこなす少女の性格からはやや積極的で、何か改心のキッカケがあったことが想像できる。今日の少女は一際上機嫌だった。長く一緒に過ごせば、少女の気分くらいはすぐに見抜けるようになる。可愛いな、なんて微笑ましく少女を眺めていた。
 
 しかし、少女の口から続く話は決して喜ばしいものではなかった。
 
「私、この前初めてお父様を見たの」
「……え」
「夜空の下でも輝く容姿をしていたわ。私のお父様はとても素敵な方だったのね」
「……」
「早く、話してみたい。皇帝というのは忙しいお方なんでしょう?」
 
 予期せぬ少女の話に、俺の頭は真っ白になった。いつかは向き合わなければいけないことだとわかっていたが、逃げていたのだ。少女との幸せな時間を壊すのが怖くて、問題から目を背けていた。
 
 そう、これまで少女の母の話をすることはあっても、少女の父の話は一度も口にしたことがなかった。
 
「……そうですね。政務が忙しく、家族の時間は取れないと聞いたことがあります」
「私もお父様の役に立てる娘にならないと」
 
 父親を思い出す少女は恍惚とした顔をしていた。少女と出会ってから数年は経つが、初めて見る顔だった。その嬉しそうな顔がもっと増えればいいと思ってはいたが、こんな状況で見たい顔ではなかった。自分と過ごす時間で笑顔が増えれば良いと思っていた。けれどこの表情は赤の他人である俺が到底見せられるはずはないのだと、過信を思い知らされた気がして心が傷む。
 
 何より、少女の語る夢が叶うことのない一方通行の思いであるという真実を告げて、傷付く少女を見る勇気はない。そう、陛下が姫様の存在を認めていない、とは口が裂けても言うことはできなかった。
 
「ここで私と仲良くしてくれるのは、フィリックスとリリーしかいないの」
「……」
「これからも私に会いに来てくれる?」
 
 その言葉に大きく頷いた。俺は上手く笑えていただろうか。
 
 愛を与えることのない父親に代わり、少女が親に求める愛情を俺が捧げて、この不穏な空気が蔓延する宮殿の中でも一生幸せに暮らせるようにと願ってきた。お互いがお互いを認識せずに、一生時が交わることなしに。たとえそれが少女の願う幸せではなかったとしても。少女が生きる喜びを見つけてくれればそれで良かった。
 
「それが……少しでも姫様のお役に立てるのであれば」
「フィリックスは騎士なのよね」
「そうですが……?」
「私も政務を任されるようになって、外へ出る機会も出てくれば護衛としてフィリックスを指名したいな」
 
 少女の願いに目を見開く。それはかつての自分の願いと一致したからだ。今はもう叶うはずのない少女の願いを叶えたいと思ってしまった。いつか、陛下の後を継ぎ帝国の王女となった少女を側で守りたい。願わくば陛下と並ぶ少女を。
 
「私は、姫様を必ずお守りしますね」
「約束ね」
 
 差し出された小指を絡める。この時は、根拠もないのに信じて生きればその願いを叶えられる気がしてしまったのだ。魔法使いでもないくせに。
 
 
 
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 こうしてまた時が過ぎ、少女は十四歳の誕生日を迎えた。少女は毎日努力を怠ることなく勉学へと励み、知識は俺よりも勝り、帝国の統治者として必要な能力を着々と身に着けていた。きっと、将来陛下の政務を助ける存在になる。陛下と親子としての関係を望むことができなくても、必ず帝国にとっても陛下にとっても必要な存在となるに違いなかった。そのことが誇らしい。
 
「陛下、アタナシア姫様のデビュタントの件ですが」
 
 張り詰めた空気の中、少女にとっての一大イベントについて意見する。いつの頃からか、真っ直ぐな忠誠心とは反対に、陛下とは視線も交わらなくなった。同じ空間にいれば、強い魔力に囚われて身動きが取れないような感覚に陥る。確実に、陛下の心身は悪い方向へと変貌していった。俺が昔の秘めた優しさを持った性格との違いを受け入れ難く、目を逸らし続けた報いなのかもしれない。
 
「忌々しい。娘ではないと何度言えば理解する」
「いえ、ダイアナ様と瓜二つの容姿です。陛下の娘です」
「仮にその踊り子だという女が産んだのは事実として、俺の子供だという証拠は無いだろう」
 
 あれほどまでに愛していたダイアナ様の存在を無かったことにする。言い換えれば、それほどまでに彼女の死を受け入れられなかったからこその変貌なのかもしれない。
 
 それでも彼女と愛し合った形が一つ残っている。娘である少女には、皇族の唯一の証が残されていた。
 
「宝石眼……」
「その頃はまだ宝石眼を持つ者が俺以外にもいた」
「陛下……」
「そいつを視界へ入れてから頭痛が治まらん。放っておけ」
 
 これ以上この話をすることは許さないとばかりに睨みつけられ、部屋から出ることを余儀なくされる。
 
 頑なに少女を娘だと認めない陛下に何かあることは気が付いていた。少女と出会ってから止まらなくなった頭痛、考えられるのは禁忌の術しかない。愛した女性を失い、ルビー宮が血の海と化したあの日。陛下は―――。
 
 陛下のことを思うとこれ以上強く踏み込むことができない。しかし、脳裏を過るのは父親を求めて努力する少女の姿。
 
『フィリックス。私、恥ずかしいんだけれど知り合いの男性が一人もいなくて、でもデビュタントへ出てみたいの』
『私がエスコートいたしますよ』
『ほんとに? 約束だからね?』
 
 瞳を一層輝かせて抱き着かれたことは記憶に新しい。可愛らしい少女の笑顔を壊したくない。陛下の命に逆らってでもエスコートをしよう、そう決心したのが間違いであることに、この時の俺は気付くことができなかった。
 
 パーティー当日、陛下の傍を離れて一人入口の前で立ち竦む少女の元へと駆け寄った。少女はブルーのドレスを身に纏い、心細そうに俯いていた。これまで外の世界との交流も断ち切られていたのだ、不安もあって当然だろう。早く安心させなければと声を掛けると、少女は顔を上げた。
 
「姫様……」
「あっフィリ」
「フィリックス」
 
 少女の声を掻き消すように発せられた、冷たく、重い一声に会場内が静まり返った。背後から強く名を呼ばれた俺の足ももちろん止まる。
 
「フィリックス、何をしている? こちらへ」
 
 名を呼ばれた。最後に名を呼ばれたのはいつのことだったかとこの緊張感の中、胸がいっぱいになってしまう。
 
 そんなことより早く、目の前で不安そうに俺を見つめる華奢な少女の手を握れ、掴み取れ。そう自分自身を鼓舞するのに、背後からの自分を求める声に勝てず、身体を動かすことができない。
 
 破れぬ誓いでも交わしたのか、陛下の騎士だからか、陛下の冷酷な性格とその魔力が恐ろしいからか。思いとは裏腹に口は勝手に動いてしまう。
 
「姫様、申し訳ございません」
 
 目の前の少女の顔を見ることが怖くて、俯いたまま謝り背を向ける。玉座に居る陛下の元へと戻ると、先ほど俺の名を呼んだ声は嘘のように、冷たい瞳が俺を見下ろした。
 
「勝手な行動は慎め。お前でも殺すぞ」
「申し訳ございません」
「分かればいいんだ」
 
 エスコートする人間がいない少女を嘲笑う貴族に睨みを効かせても、少女が笑うことは無く、孤独に立ち尽くしていた。そして、少女にとって衝撃的な出来事がアルフィアス公爵家によってもたらされる―――。
 
 それから、少女に会うことは無かった。
 
 父親の娘を名乗るもう一人の姫の存在に絶望しているであろう少女には、ルビー宮へ足を運んでも会うことは叶わず、庭園を歩いても偶然出くわすことは二度と無かった。
 
 耳へと入ってくるのは、魔法使いや公子と逢瀬を重ねているとかいう不穏な噂話。それでも、少女が孤独ではないことがわかり安心していたことも事実だった。
 
 元老会で父親の承認も無く勝手に進められていく縁談は、少女にとっては早くこの宮殿を去ることが幸せなのだと自分に言い聞かせ、口を閉ざすことに徹した。
 
 会議中、アルフィアス公子の陛下を見る冷たい視線がやけに気になったが、少女の幸せを奪った家門が、少女の幸せを願うなんて虫が良すぎるだろう。少女は父親の手から離れて幸せに暮らすのだ。早く、早く、陛下が何の気まぐれか新しく迎え入れた娘によって完全に狂う前に、早くどこか遠くへ。
 
 
 
+++
 
 
 
 ある日、少女は処刑宣告を受けた。実の父親の命によって。少女の他国への輿入れは延期が重なり、間に合わなかった。
 
 地下牢へと続く道を歩く。地下牢の護衛を転がし、階段の奥深くへと進んだ。そして、そこには薄汚れた暗い地下牢には相応しくない、美しく成長した少女がいた。デビュタントで別れたあの日から、数年ぶりに視線が交差する。
 
「姫様……」
「……フィリックス」
「時間がありません。今鍵を」
 
 先ほど護衛から奪った鍵を手に取り、牢の扉を開ける。中へ入ると、力強い声で止められた。
 
「やめて」
「え……?」
「私はお父様にこのまま殺される」
 
 虚ろな目をした少女は生きることを既に諦めているようだった。
 
「何を言っているんですか、冤罪ですよ?」
「冤罪ではないと言ったら? 私がジェニットを殺したいほどに憎んでいること、フィリックスならわかるでしょう?」
 
 幼い頃からずっと求めていた父親という存在を一瞬にして奪われた。突然現れた姉を名乗る人物への憎しみは、簡単に言葉で表せるものではないだろう。
 
 もしかしたら、第二皇女毒殺未遂事件は本当に冤罪ではなく、この少女が仕組んだことかもしれなかった。
 
「姫様が本当に企てたんですか?」
「ええ」
「たったおひとりで?」
「ええ、そうよ」
 
 冷笑する顔に、父親の面影を見た。話ができなくなった四年の間、少女の身に何が起こったのだろう。こんな顔をさせたくはなかった。何が何でもあの時、陛下の声ではなく少女の手を取らなくてはいけなかったのだと今更思い知らされる。
 
「それでも、あなたは死ぬべき人じゃない。帝国から出れば幸せになる方法だってあります」
「私はこの国の姫のまま死にたい」
「姫様が姫でなくなることはありません。私が姫であることを忘れません。私がずっとお守りをっ……!!」
 
『外へ出る機会も出てくれば護衛としてフィリックスを指名したいな』
 
 ただの夢で終わらせてなるものか。両親への愛にさえ執着しなければ幸せになれるこの儚い少女を、どうか傍で守らせてはくれないだろうか。
 
 少女の肩へ縋り付くように嘆願するも、少女の意志が最後まで変わることはなかった。しばらくして、少女から涙が一筋零れ落ちる。
「フィリックス、ありがとう。あなたがいたから私はここまで生きてこれた」
「……陛下を説得してきます」
「私の気持ちは変わらないよ」
「いえ、私があなたを守ります。言いましたよね、姫様の護衛だって」
 
 檻の鍵はそのままにして、どうか逃げてどこまでも生き延びますようにと願いを込めた。陛下の元へ行くということは、もう少女の護衛を務めるという夢物語を二人で語り合うことは無いということだと実感すると、離れていた四年間が嘘だったかのように少女との時間が名残惜しくなった。
 
『フィリックス、きょうのおはなしは?』
『今日もアルランタ語を教えてあげる』
『ダンスのセンスが良いって褒められたの』
 
 出会った頃からの少女との日々が鮮明に蘇る。母親のように美しくなった少女に、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げ、地下牢を後にした。
 
 
 
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 いつもと変わらずノックを2回する。少女へ誓った想いを遂行することは、今の陛下を裏切ることと同義だった。心臓の音が大きく聞こえてくる。拳を握りしめ、一歩踏み出した。
 
「陛下」
「なんだ」
 
 日が落ちても灯りの点かない部屋へ入り、この数年で更に変わり果てた男と対峙する。眠れていないのか隈は日に日に濃くなり、頬は痩せこけた。突然現れた娘を名乗る少女に熱入りし、その少女を傷付けるものを誰一人として許すことはしない。それが例え、実の娘であったとしても。
 
「アタナシア様の刑を取り下げてください」
「それは無理だ」
「……」
 
 陛下の答えは分かっていた。俺の一言で判決を変えるほどの性格であれば、そもそもこのような状況に陥っていない。右手から剣を取り出し、陛下に向かって構えの姿勢を作った。
 
「何の真似だ」
「姫様を守るとお約束しました」
「お前は俺の騎士ではなかったか」
「私はずっと陛下の騎士であり、姫様の騎士でもありました」
 
 剣を持つ手が震える。長年仕えた主に剣を向けるこの状況を誰が予想しただろう。陛下も予想していなかったのか、珍しく細い目を見開いた。
 
「ダイアナ様を失ってからの陛下は人が変わったかのように心が無くなりました。ですが、これで姫様を処刑されたらもう後戻りはできません。陛下は必ず後悔します。だから、今私がこうして剣を握るのです」
 
 俺の言葉に、陛下は見覚えのある不気味な笑みを浮かべて、暗闇の中に宝石眼を光らせた。
 
「あの女にそこまで肩入れしていたとは。何と言う忠誠心だ」
「……」
「そういえばあの時も、俺の命に背いてエスコートしようとしていたしな」
 
 クックッと笑っているのに、そこに陛下の感情は何一つ見えてこない。いつから、彼は人としての心が欠落してしまったのか。そして、俺はなぜそれに気付かないフリをして距離を置いてしまったのだろう。少女とも、幼馴染でもある陛下からも逃げた罪を今になって気付くなんて。
 
「後悔などしない。あれは娘では無いと何度言えばわかる?」
「アタナシア様は陛下の娘です」
「考え直す気は?」
「ありません。私の名に誓って」
「そうか、残念だ」
 
 陛下の手から放出された攻撃魔法を剣で防御する。しかし、陛下との魔力の差から防げるのは僅かな時間であることもわかっていた。
 
 死を覚悟したその時、脳裏を過ぎったのは処刑を待つ少女ではなく、目の前の男が昔見せた悲しげな顔だった。
 
『フィリックス、俺にはもうお前しかいない』
『はい、私がずっと陛下のお傍に』
『お前だけは俺を裏切るなよ』
 
 兄に、そして婚約者に裏切られて絶望している陛下の手を握った。その手は唯一の親族である兄を殺めた血に塗れていた。
 
 助けを求めるように涙を流し、俺の手に縋り付く陛下に寄り添いながら誓ったあの言葉に嘘は無い。ずっと傍に、命果てるまでずっとあなたの傍に。
 
『フィリックス、ダイアナとの間に子が』
『本当ですか!!』
『ああ』
 
 少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、喜びを隠しきれていない様子の陛下に、自分のことのように嬉しく思ったことは今でも鮮明に覚えている。
 
『私も育児の勉強をしないと』
『それは気が早すぎないか』
『早くないです! 陛下に家族ができるんですから』
『お前が準備してどうする』
 
 そう言って呆れながらも笑う陛下と、ダイアナ様のお腹に宿った子供について日が暮れるまで語り合った。
 
『抱っこにもコツがあるらしいです』
『だからお前は知らなくていいだろう』
『陛下も政務が忙しいでしょう。ダイアナ様との時間も必要でしょうし』
『お前ももっと政務に携われ』
 
 きっと母に似て美しく、父に似て強い、誰からも愛される子供になるだろう。
 
『可愛すぎて狙われるかも……』
『護衛騎士くらいは考えてやらんでもないか』
『護衛騎士……陛下の子供の騎士、それはとても光栄なことですね。命に代えても私がお守りしましょう』
『……頼んだぞ、フィリックス』
『はい』
『たとえ俺が子供と喧嘩して頭に血が上ることがあっても、必ず俺の子を守り抜けよ』
『……命懸けじゃないですか』
『誓え』
『わかりました。フィリックス・ロベイン、私は陛下の子供を守り抜くことを誓います』
『頼んだぞ』
 
 一番幸せな記憶だったのかもしれない。
 
 陛下が忘れてしまっても、俺は、俺だけはこの記憶を忘れない。
 
「お前も俺を裏切るんだな、フィリックス」
「裏切っていませんよ、18年前の約束に誓って」
「何を言っているのかわからんな」
「陛下」
 
 陛下との約束を最期まで全うした。この人生、悔いはない、そう思った瞬間、手に込めた力は抜けて鋭い光が俺の胸を突き刺した。
 
 記憶ではない、目の前の陛下の悲しげな顔が最後の視界に入った。そんな顔をさせたくて殺されにきたんじゃない。あの時の笑顔をもう一度、見たかった。正面から向き合えば何かあの頃の心を思い出してくれるんじゃないかと思いたかった。
 
 しかしもう全てが手遅れだった。
 
 誰か、この寂しい主を救ってあげてほしい。そんな俺の最期の願いは、誰にも届くことはなかった。
 

 

 
 
 
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SpecialThanks:リッタさん(@Ritta_obelian)にこの小説のために描きおろしでフィリアタ描いてもらいました~~~♡♡この悲壮感漂う悲しい絵をずっと前に貰って早くお話アップしたいと思ってました!!!贅沢すぎる・・・幸せです。ありがとうございます!

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