Chapter2. あなたが幸せになるまで何度でも

「私の婚約者のイゼキエル・アルフィアスです。イゼキエル、ご挨拶を」
 
 婚約者であるジェニットから紹介されたのは、この世のものとは思えない美しさを持つ第一皇女だった。ウェーブのかかったシルバーブロンドの髪に、普段から日の光を浴びることがないような透き通る白い肌を持つ。そして皇族である証の蒼い宝石眼は見慣れているはずなのに、視線を釘付けにする輝きを帯びていた。
 
 幸が薄いとの噂を耳にした先入観からか、表情を始めとして悲壮感が漂ってはいるが、それがまた儚く、美しい―――。
 
 挨拶をすることも忘れて言葉を失っている僕に、ジェニットが不思議そうにこちらを見上げて挨拶を促す。呼吸を落ち着かせて、第一皇女に頭を下げて口を開いた。
 
「お初にお目に掛かります。イゼキエル・アルフィアスです。お見知りおきを」
 
 僕の挨拶を受けた少女は目を伏せて、耳を澄ませないと傍で作業する庭師の声にかき消されてしまうほどに消え入る声で挨拶を返した。
 
「アタナシア・デイ・エルジェア・オベリアです。アルフィアス公子、話はジェニットからよく聞いておりました」
「私は幼い頃アルフィアス邸で一緒に育ったので、婚約者ではあるのですが兄妹のような関係でもあるんです」
「そう言いながらもジェニットが公子のことを好きなのは知っています」
 
 優しく目尻を下げてジェニットへ視線を向けた後、「ゆっくりしていってくださいね」という言葉をその場に置いて、姫様は去っていった。
 
「綺麗な人でしょう」
 
 姫様の後ろ姿から目を離せずにいると、隣に立つジェニットも同じ方向を見つめて「日に日に綺麗になっていくの」と笑っていた。
 
「綺麗で、優しくて、博識で、私の自慢の妹なの。あとは、お父様がそのことを理解くださるだけなのだけれど」
「……そうですか」
 
 これが、命果てる瞬間まで恋い焦がれた、アタナシア様との出会いだった―――。
 
 
 
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 父、ロジャー・アルフィアスの策略通り、従姪であるジェニットを皇宮入りさせることに成功したアルフィアス家は、オベリア帝国内で確固たる地位を確立させ、頻繁に皇宮を訪れることになる。僕は父から将来の後継にと補佐官として元老会や皇帝陛下への謁見に参加することになり、父と一緒に皇宮へ足を運ぶ機会が増えて行った。
 
 少女との出会い以降、ジェニットの顔を見に行った後に初めて挨拶を交わした庭園へ足を運ぶことが習慣になっている。目を奪われたという表現に近しい感情を知るとは思いもしなかった僕は、もう一度だけ一目拝みたいという欲を捨てることができずにいた。
 
 足を運び何度目か回数を重ねた頃の、バラが咲き誇る庭園内で、念願の姿が視界に入り思わず立ち尽くす。目を閉じてバラの香りを嗅ぐその姿は、まるで背に翼の生えた天使のように美しい。
 
「オベリアの繁栄があらんことを」
 
 突然掛けた声に、少女はビクッと肩を震わせて僕の方へと身体を向けた。警戒心は解かれないまま、ただ挨拶を受け入れられる。
 
「美しいバラですね」
「ええ、とても」
「姫様によくお似合いです」
 
 会いたいと思ってはいたものの、いざ会えたら何を話したいかまで計画に無かった僕は、少女がしばらく見つめていた花の話に焦点を当てることにした。しかし、少女は悲しそうに微笑むと、ゆっくりと口を開く。
 
「……私のバラではないんです」
「え……?」
「ここはジェニットの庭園です。本当は私が足を踏み入れて良い場所ではないんです」
 
 声を掛けられたときの驚き具合に合点がいく。何度この庭へ通っても少女に会えない理由が分かった。ここはジェニットの暮らすエメラルド宮の庭園、それでは少女は一体どこで生活をしているのだろう。
 
「では普段はどこで過ごされているのですか?」
「基本的には宮の中です」
「姫様のお庭にも、今度是非ご招待いただければ光栄です」
「……お越しいただいても公子を持てなすことはできないので」
 
 遠回しの拒絶に少し強引すぎたかと反省した。それでも、再び会えるかわからない少女と次回も話す口実が何か欲しいという欲求に駆られてしまう。
 
「それではまたこうしてお話することをお許しいただけますか」
「……またもし偶然にも出会うことがあれば」
 
 社交辞令とも受け取れる回答ではあったが、これで再び遭遇しても避けられることはないだろう。今は次の約束に繋げられただけで十分だった。
 
 初めて会ったときは美しさに目を奪われた。次に会ったときは、一国の姫にも関わらず笑うことすら知らないジェニットとの対極な境遇に同情した。
 
 
 
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 それから一年の中で数回だけ、偶然にも少女と遭遇する機会があった。何とか会話を紡ごうとする僕を追い払うことはしなかったが、積極的に会話をしようとする素振りも見えなかった。会話が途切れると、静かに別れを告げて去る。古びたルビー宮へと続く道を歩く少女の後ろ姿はいつも儚げで、見えなくなるまでその場に立ち尽くしてその姿を見守った。
 
「第一皇女をヒュエールに嫁がせてはいかがですか」
 
 元老会で突然発言したのは皇帝派でありアルフィアスと親密な貴族だった。最近関係が悪化しているヒュエール国への抑制策についてが議題だったはずだ。突然聞こえてきた発言に耳を疑った。
 
「第一皇女を人質に……?」
「他国と強い結びつきを得るには婚姻関係を結ぶのが最善だというのは常識でしょう」
「第一皇女ももうすぐ十八になるお年でしょう。まだ婚約者も決まっておられないではないですか」
 
 ジェニットを第一皇女に据えるため、危険因子の可能性があるアタナシア姫を潰しておきたいアルフィアス派の策略であるのは明らかだった。
 
 ふと玉座へ視線を向ける。沈黙を続ける皇帝の顔はいつも以上に険しく、僕は一抹の期待を胸に抱く。もしかしたら、噂はあくまで噂なのではないかと。娘を大切に思わない父親など、この世にいるわけが―――。
 
「第一皇女? 貴様らが勝手にそう呼んでいるアイツか」
「アタナシア様のことでございます」
「これ以上俺の視界に入らなければいい。ヒュエールでも辺境の地でも、どこへでも連れていけ」
 
 寂しく微笑みながら、他国へ嫁ぐことを承諾する少女が脳裏に浮かび上がる。娘だと頑なに認めない父親、幼い少女よりも自己の利益を優先する貴族たち、そしてそれをほくそ笑む僕の父親。この場に座るすべての人間に怒りで頭に血が昇る。何より―――。
 
「イゼキエル、浮かない顔をしてどうした?」
「……何でもありません」
 
 この場で反論さえもできない己の無力さが、一番腹立たしかった。
 
「アタナシア姫様へお目通り願いたいのですが」
 
 会議後にルビー宮まで足を運ぶと、椅子に座り業務放棄しているであろうメイドたちが、慌てて立ち上がりバタバタと駆けていく。一国の姫に対する態度とは思えないが、この国は皇帝が法律の世界だ。皇帝が姫としての待遇を与えなければ、当然姫として扱われないのだろう。
 
 だからせめて、僕だけはあの方をこの国の姫として。
 
「公子……何の御用でしょうか」
「……いえ、皇宮へ立ち寄ったのでお顔を拝見しようかと」
 
 元老会が終了してすぐに向かったというのに、いつも以上に暗い表情に胸が締め付けられた。まさか、もう誰かから聞いてしまわれたのか。涙の痕が残る頬に思わず手を伸ばすも、振り払われることはなかった。受け入れられた嬉しさと、己の無礼さが気にならないほどに傷ついているのかという気持ちとが葛藤する。
 
「何かございましたか」
 
 余程誰かに話を聞いてほしかったのか、涙をいっぱいに溜め込んだ眼で僕を見上げた少女は、重い口をゆっくりと開いて言葉を紡いでいく。
 
「友人が、たった一人の友人が去ってしまいました」
「……」
「居なくなると知ってはじめて、彼は心の支えだったのだと実感するなんて」
 
 堪えていた涙をボロボロと流す少女を見ていられなくて、胸に引き寄せる。少女の唯一の友人とは誰なのか、彼には笑顔も見せたのか、なぜ居なくなってしまったのか。聞きたいことは山程頭に浮かんだが、初めて少女が僕に見せた感情を大切にしたいと思った。
 
 幼い頃、よく涙を流すジェニットの背中をこうして擦った。安心したように眠りにつくジェニットを妹のように可愛がり、いずれ彼女が生涯の伴侶となるのだと父に告げられた時は、よく知った優しい子が相手で良かったと心からそう思った。
 
 少女を救いたいと思うこの感情は、果たしてジェニットに対する裏切りになるのだろうか。
 
「僕では役不足でしょうか」
「え……?」
「その心の支えに、僕がなることは難しいのでしょうか」
 
 少しずつでいい。もうすぐこの国の姫ではなくなってしまうこの方に、最後にこの国での生活も悪いことばかりではなかったと思って貰いたいと願うことはいけないことなのだろうか。

「僕には何でも話してほしい」
「……!」

 彼女には理解できる言語でそう告げると、目を見開いた少女は涙を止めてスゥっと息を吸い込み、すぐに流暢な言語を返してきた。

「私がその国の言葉をわかるとご存知だったのですか」
「姫様は博識だとお聞きしまして」

 僕の言葉に少女は声を出して笑った。出会ってから初めて僕に見せる心からの笑い。それは、まるで―――。

「私たちだけの秘密ですね」

 アルランタ語は外交のため一部の貴族が習得を求められる言語だった。皇宮に滞在するメイドや騎士で理解できる人間はそう居ないだろう。幼少期の留学によって身に付けた言語が、まさか外交よりも価値のある形で役に立つとは思わず、初めて父に感謝した。

 少女の思い出作りのために、というのは己を正当化するための言い訳だったと、後から振り返れば分かる。もうこの時の僕は既に、少女が少しずつ見せる新たな一面を見つける度に、沼にはまったように抜け出せなくなっていた。



+++



 それからは、ジェニットに会いに行くことを口実に皇宮を訪れ、ルビー宮へと足を運んだ。少女は少しずつ僕に心を開き始め、僕らの間でしかわからない言葉で感情を伝え合う。

「見て、イゼキエル。たった一年で、私の庭園にもバラがたくさん咲いてる」

 いつかエメラルド宮のような庭園にしましょうと提案して、比較的すぐに花の咲く苗を用意した。もう蕾のあるものも多く含まれていたから、足を踏み入れる度に庭には少量の花が力強く咲き誇り、彼女は外へと頻繁に出るようになったのだとジェニットが嬉しそうに話していた。

「姫様が丹精込めて育てたからでしょう」
「良い香り」

 少女はバラの美しさに惹き寄せられるように手を伸ばす。棘のあるバラを躊躇いなく掴もうとする手を咄嗟に引き止めた。少女の代わりに茎を折って、ハンカチを巻いて棘を隠す。

「べつに、手なんて傷付いたってかまわないのに」
「いいえ、あなたはこの国の姫ですから」

 少女の哀しそうに微笑む顔は、出会ったときと何一つ変わらない。

「姫に相応しいのはジェニット、私はただお父様に娘であることを認めてほしいだけ。だから姫でなくてもいいの」
「そんなことは」
「例えば、国とお父様とどちらか一つしか救えないとなったなら、私はお父様を選ぶと思う」

 迷いの一つない、芯の通った目をしていた。少女はなぜここまで父親に固執しているのだろうか。目の前の少女の幸せを奪った僕の婚約者も父親に対して同じような感情を抱いていたが、その気持ちを一から十まで理解することはできない。

 誰も理解していないのなら、これから理解すれば少しでも少女の心の内に近付ける気がした。しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれる。

「ねえ、イゼキエル。もし、私に何かあったらね、ルーカスという魔法使いに知らせてほしいの」
「それは、その魔法使いだけが姫様をお救いできると?」

 一人だけ、敵わない人物がいた。少女がその男のために涙を流したことを、僕が忘れることはないだろう。それでも、最近は彼に並ぶほどの信頼を得られたのではないかと、期待をしていた。

「ええ……私の願い事を彼に託してあるの。だから、お願い」
「……わかりました」

 魔法使いだけが叶えられる少女の願いに興味はあったが、最期の願いだと言うような口ぶりに、このまま少女が消えてしまいそうな気がして、強く腕を掴む。

「なに?」
「あ、えっと、寒くないですか?」
「うん? まあ少しだけ」
「僕の上着を」

 羽織っていた上着を脱ぎ、少女の華奢な身体を包み込むように掛けると、力を入れすぎたのか少女の身体はバランスを崩して、距離がグッと近付いた。
 吸い寄せられるように身体は勝手に動いていた。ゆっくりと目を閉じた少女に自分を許された気がして、そっと口付けた。生まれて初めて、心が満たされた瞬間だった。
 
 ジェニットへ対する罪悪感が全く無いわけではなかった。それでも、少女に対する気持ちを抑えることはもう不可能だ。
 
 どうか、急に消えていなくなることはありませんように。そして、少女が幸せになれる道を、残り僅かな時間で必ず探してみせると心に誓った。
 
 
 
+++
 
 
 
 別れの時間は刻一刻と迫っていた。そして、それを僕だけが知っている。
 
「イゼキエル、この文献なんだけど」
「……」
「イゼキエル? 何かあった?」
 
 少女が十八を迎える直前、元老会では第一皇女の輿入れの大詰めを迎えているところだった。今日の話を聞く限り、十八になった瞬間にも少女は隣国へと引き渡されるだろう。そんな今日も、変わらずルビー宮を訪ねて、日差しだけが満足に差し込む質素な庭で一緒に本を読み、感想や考えを言い合う。
 
「姫様、僕とここから出ていくなんてどうでしょう」
「どうしたの、突然」
「突然ではないのです。僕はずっと……」
 
 少女に幸せな思い出を感じてほしいと思った日から胸に秘めた想いは、同時期にルビー宮の庭に植えた花の苗と共に、いやそれ以上に日々育まれていった。
 
「あなたはジェニットの婚約者でしょ? ジェニットを置いてどこへ行くというの?」
 
 僕の提案に微笑みながら答える姫様は、本気さが伝わっていないのか、はたまた知らないフリをしようとしているのか、その真意は分からなかった。
 
「私はお父様の決めた命に従うのみ」
「従う必要がどこにあるんですか」
「いつも何かをする度に思うの。これをやり遂げればお父様は私を認めてくれるかしら、って」
「姫様……」
「最後の希望をいつまでも捨てきれない娘なの」
「(こんなにも健気な娘のことなど眼中にないのが皇帝だと言うのに……)」
 
 出会った頃から変わらずに唯一の親の愛を求め続ける姫様の言葉に唇をグッと噛みしめる。
 
「……父上に愛されることだけが人生ではありません」
「でも私は、幼い頃からそれが欲しくて欲しくてしょうがなかった」
「僕があなたを……」
 
 何も親から与えられるだけが愛情ではない。血の繋がりなどなくとも愛してくれる人間はいるし、血の繋がりを自ら生み出すことだってできる。しかし、それ以上先の言葉を告げることは許さないと言わんばかりに宝石眼を強く輝かせた彼女から、強い意志は変わることはないのだと言われた気がした。
 
「ジェニットを、姉を、よろしくお願いします。イゼキエル、もし……」
 
「え……?」
 
 姫様から告げられた言葉に返事をすることができないまま、勢いよく駆け寄ってきたエメラルド宮のメイドに名を呼ばれる。
 
「アルフィアス公子! ジェニット様が! ジェニット様が! 誤って毒を含まれて…!」
 
 そこから先のことはよく覚えていない。姫様と共にジェニットに駆け寄ると、この世のものとは思えない皇帝が暴走をはじめて、意識の戻らないジェニットを置いてトントン拍子に日々は過ぎ去っていった。
 
 第一皇女が毒を盛ったと証言したロザリア伯爵夫人により、少女は地下牢へ閉じ込められることになった。そして僕もまた、第一皇女との密会を指摘され、共犯者として地下牢へと閉じ込められることになる。きっとアルフィアスに恨みを持った人間の証言であろうが、僕が少女に抱く気持ちは偽りなく、第二皇女の婚約者である立場として決して許されるものではなかった。毒殺の意志が無いことと無罪は主張したが、ジェニットを裏切った結末としては相応しいものだと受け入れることにした。
 
 少女の安否だけが気掛かりではあったが、国の姫である少女をいつまでも劣悪な環境下に置いておくこともないだろうと、僕は高を括っていた。
 
 地下牢に閉じ込められ数日が経った頃、突然目に涙を浮かべる婚約者と父によって僕は外へ出されることになる。
 
「イゼキエル、よかった。こんなことになってしまって……私とても不安で……イゼキエルの不義が急に噂されるようになって……」
「ジェニット……僕は……」
「まさかアタナシアが死んでしまうなんて」
 
 泣きじゃくるジェニットの話をどこか他人事のように聞いていた。ジェニットが毒に倒れたことで怒り狂った皇帝によって、ロザリア伯爵夫人の証言のみで少女の処刑が決められ、あっという間に刑は執行されたのだという。
 
 少しずつ事態を理解し始める脳でまず思ったことは、なぜ自分はこの場所に留まっているのかという疑問だった。
 
「どうして、僕は生きているんだろう」
「イゼキエルは何も悪いことをしていないじゃない。それはアタナシアだって同じ……」
 
 僕は過ちを犯した。しかし、少女は一つも悪いことはしていないのだ。処刑される理由も、生まれてから長きに渡り虐げられる理由も、何もなかった。
 
「ジェニット、皇帝陛下は今、何をしておられる?」
 
 最愛の想い人を失ったというのに、自分でも驚くくらい冷静な声だった。
 
「お父様は最近体調が優れなくて、今も部屋でお休みになられてるけど」
「そうか」
 
 このまま少女の敵討ちができたらどんなに良かっただろう。それでも確実に、復讐する方法を。
 
 少女が僕へ最期に託したことを成し遂げなければならない。“魔法使いルーカスへ”、少女の最期の願いを。
 
「ジェニット、大丈夫だよ。君は何も悪くない」
 
 この結末を招いたのは、ジェニットではない。幼い頃そうしたように、涙がとまるまで彼女の背中を撫で続けた。
 
 
 
+++
 
 
 
 数日も経たない内に、オベリアは炎の波に飲まれた。少女の願い、それは多分僕だけが知っている。この炎に包まれたオベリアこそが、少女の願いそのものだろう。それを叶えられるのは、確かに僕ではない。
 
 部屋の周りも既に火に包まれている。赤にも青にも大きくなる炎は己の怒り、憎しみを体現しているように思えて、身動きの取れない身体で存分に煙を吸い込みながらも、不思議と満たされた気分だった。
 
「姫様」
 
 なぜ一人で先に逝かせてしまったのか。それだけを考えては悔やむ日々だった。だから、早く少女の元へ行かせてほしい。
 
『イゼキエル、もし……来世というものがあるのなら、またあなたと出逢いたいと心から思うの。傍に居てくれて、ありがとう』
 
 最期の会話。美しい、儚い、守りたい、一緒に生きたい、傍に居たい。生まれて初めて知る感情を僕に与えてくれて、ありがとう。そう感謝の気持ちと、愛を伝えたかった。少女が生きている間に。
 
「やっと……あなたのお傍に」
 
 父上と母上から愛情いっぱいに育てられ、ジェニットと仲睦まじく過ごす日々が走馬灯のように思い起こされる。
 
 そして、自分の元へ天使が天から舞い降りるワンシーン。それは僕の知らない、少女の幼い姿だった。僕は天使を落として傷付けないように幼い身体で必死に抱きとめる。
 
 次に見たのは記憶よりまだ幼い少女が皇帝とダンスを踊る幸せそうな姿だった。それは少女が想い続けた夢だ。ダンスホールにいる全員がその美しい親子に目を奪われる。僕もその一人だ。
 
『アタナシア姫様、こうして正式にご挨拶するのは初めてですね』
 
 姫に相応しいドレスを身に纏う凛々しく美しい姿に、僕は堂々と挨拶をするんだ。
 
「あぁ、姫様によくお似合いな光景だな」
 
 温かい体温と炎とに身体が包まれた。最期の瞬間まで少女を想う。少女がこの幸せを手に入れる世界があることを願わずにはいられない。そして、その時願わくば少女の傍にいるのは自分でありたい。
 
 僕の元に再び天使が舞い落ちるその時まで、この気持ちに別れを告げた。
 
 
 
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SpecialThanks:erinkoさん(@erinko532)のかわいらしいお姫様イゼアタ絵の使用を快諾いただきました~~~PIXIVの表紙にもさせてもらってます♡♡♡素敵な絵をありがとうございます…!!!

元々の小説はコチラです。単品ものとしての作品をシリーズものに改編しました。

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