Chapter1. あの時、告げられなかった言葉を(side.Lucas)

「イテッ」

「えっ、ごめんなさい! 人がいるとは思わなくて!」
 
 目覚めると、直系皇族の証である宝石眼を持った可愛らしい少女に見下されていた。髪を踏んでいた足を急いでどけた少女はオロオロと慌てている。記憶に無いその少女はいつの間に生まれた子なんだろうと思い、まだ夢見心地な思考ではあったが、目を凝らして少女を観察した。
 
 ウェーブのかかったシルバーブロンドの髪は毛と毛が絡まり合っているし、ドレスは所々解れて、転んだのか土のようなものまでこびりついている。見すぼらしい身なりは皇族とは言い難いものだった。
 
「お前、皇族か? 父親は誰だ? カイルムか?」
「……違います」
「ん? 寝すぎたか。アエテルニタスか?」
「違います」
 
 いくら記憶を辿っても正解へとたどり着けないことに少し苛立って声を荒げる。
 
「ハァ? じゃあ誰なんだよ」
「……クロード」
「は? 聞こえねーよ」
「クロード・デイ・エルジェア・オベリア」
 
 全く聞き覚えの無い名だった。しかも易姓革命でも起こったかのような、皇族に相応しくない名だ。思わず鼻で笑ってしまう。
 
「お前のお父サマ、弱そうだな」
「そんなことない……!」
 
 どうやら眠りすぎていたようで、まだ完全には頭が覚醒していない。勢いよく発せられた高い声がキーンと頭に響く。
 
「ったく、何だよ急に」
「お父様は強くて、格好良くって」
「あーハイハイ」
 
 これ以上関わるのは面倒くさいと思った。手入れされていない髪や服を見る限り、この娘の父親へ対する思いは一方通行なんだろう。全く関心が無いことが伝わってくる。そして少女には魔力はあるようだが、残念なことに使い方の一つも教わっていないこともよく分かった。
 
 何の気まぐれか、これでさよならだからだと少女の全身に指を向け、皇族に相応しい身なりへと整える。これでも一応俺は、皇室所属の魔法使いなのだ。
 
「えっ、何これ! すごい!」
 
 少女はまるで魔法を初めて見たとでも言うようにその場でクルクルと周りドレスを靡かせた。先程まで何も映していないような濁った瞳が、本来の美しさを取り戻すように明るく色付いていく。
 
「お兄さん、魔法使いなんですか?」
「そうだよ。俺の力さえあればこの国一つ吹き飛ばせるんだから」
「……え?」
「じゃあな」
 
 別れを告げると少女は少し待ってほしいと俺を引き留め、魔法について幾つかの質問を投げかけられた。適当に答えつつ少女と話をしていき、自分は数百年もの間、なぜか眠りについていたことがわかり、宮廷魔法使いを訊ねても説明が面倒くさいことになると悩んだ。しかも魔力が眠る前よりも弱くなっている。今の皇城の状況がわからないまま行動するのは得策ではない。
 
 そして、少女が戻った方向とは反対側にある宮殿のほうからは、とてつもなく大きな魔力が発されているのを感じ取った。歴代皇帝よりも大きい、ただし闇の魔力も混じっている、そんな力だった。
 
「(———今の皇帝は気になるけど、魔力を失っている今一番関わったらいけない人間だな)」
 
 少女の宮殿は代々皇帝の妾が住む場所———劣化したルビー宮だった。歴代の姫の住まいはこれまでエメラルド宮ではなかったかと疑問を抱くが、あの少女には姫と呼んでも良いのか怪しいくらいに不審な点が多すぎた。
 
『素敵な魔法……!』
 
 突然思い起こされた少女の笑顔が頭にこびりつく。
 
「(まあ、アイツがここの事情をペラペラ話してくれそうだしな)」
 
 俺は少女の微かな魔力を頼りにルビー宮へと足を運ぶことにした。
 
 
 
+++
 
 
 
「魔法使いさん、私の部屋にいることがバレたら何をされるか……」
 
 そう言いながらもこの少女は毎回質素な菓子を用意しもてなしてくる。内心は俺の訪問が嬉しいのだろう。
 
「平気だろ。どうせお前のこと見張ってるやつも、この城から出ていかないか見てるくらいだし」
 
 それより、と口に出すと目の前にはまた瞳を濁らせて俯く少女の顔。その顔を見るとどういう訳か胸のむかつきが芽生えるので、落ち着かせるために大きく深呼吸する。
 
「(心底面倒くさい)」
 
 しかし、心情とは裏腹に、姫としての待遇を受けられない少女に同情しているのか、怒りの感情に任せて殺してしまおうという気持ちも不思議と芽生えない。
 
「お前、この城から出たことってあるのか?」
 
 すると少女と視線が混じり合い、瞳には僅かな光が宿ったのを見逃さなかった。少女は首をフルフルと横へ振った。
 
「海、はとても広い塩水」
「そうそう」
「本でしか読んだことがなくって」
 
 悲しげに再び俯いた少女の仕草に堪えきれず、頭を掻きむしり、気が付けば少女を連れて瞬間移動をしていた。
 
「きゃあああああ!」
「チッ、耳元でうるせーな」
「だって! だって……!」
 
 瞬間移動に驚き、目の前には視界一面に青く広がる海が現れて驚き、情報処理が追い付いていないのだと少女は言った。自分にとってどうでもいいようなことに、ここまで感動されるのは新鮮で、どこかむず痒い気もする。
 
 一人で波の来るギリギリの場所ではしゃぎ回る少女を一歩引いたところで眺める。すると、太いヒールが濡れた砂浜に突き刺さりバランスを崩した。
 
「うわっ」
 
 その姿を見た俺は無意識に身体が動いていて、後ろへと転びそうになった少女の腰を支え、腕を掴み体勢を元へ戻した。少女が塩水に溺れても、砂で汚れても、魔法でそんなものは元通りになるし、そもそも助けてやる義理なんかないのに。
 
「魔法使いさん、ありが……」
「?」
 
 急に顔を真っ赤にした少女は顔を隠すように背を向けた。なぜ顔を逸らされたのかはわからなかったが、掴んだままの手首の心拍数が高い。
 
 どこまでも続く海をただ見つめる整った横顔を、少女から声を掛けられるまで見つめていた。
 
 
 
+++
 
 
 
 何の気まぐれか、毎回瞳から伝わる感動を見るのに快感を覚えたのか、海へ行って以降も少女を外へと連れ出した。
 
 次第に、この少女は何のためにこの城へいるのかが疑問となってくる。後から皇宮へとやってきた次女を可愛がる皇帝と、愛されていない長女に見切りを付けて好き放題に過ごす侍女たち。少女がこの場所にいたところで、今だけでなくこの先の未来、何の利点も得られないだろう。
 
「城の外はお気に召したかお姫サマ?」
「はい! 文章で読むのとは全然違って、毎回感動します」
 
 特に一番初めに見た海は、と饒舌に話す少女にフッと笑みが溢れた。
 
「お前、このまま外で暮せば?」
「……え?」
「ここにいるよりずっと合ってるよ」
 
 戸惑いを見せる少女に、何が不安なんだと詰め寄るとボソボソと言葉を紡ぎ始める。
 
「ここには家族がいるから」
「家族?」
「お父様と、妹のジェニットがいるから。ここから出ていってしまえば家族の縁は二度と結ばれない気がして」
 
 正直何を言っているのか、理解ができなかった。自分のことを娘だと思っていない父親と一緒にいてどうする、妹に与えられ続ける愛情を隣で羨ましそうに見続けるのか、と。
 
「決して名前で呼ばれなくても、お父様に娘と思って欲しくて、それだけを願って今日まで生きてきたから」
「……」
 
 こんなにも拗らせた面倒くさい人間は構わず放っておくに限る。これ以上関わるな、と警告が鳴る。なのに———。
 
「お前、名は」
「え……アタナシア、です」
「フッ」
 
 皇帝とは違い、直系皇族に相応しい名だった。皇位継承者であると主張するような、力強い名だ。
 
「アタナシア」
 
 目を見てはっきりと名を口に出すと、今までどんな嫌がらせをされても見せなかった涙が両目から零れ落ちた。
 
「は? なんで泣くの?」
「嬉しくて」
「ハァ? 嬉しくて泣くって何だよ」
「名前を呼んでくれる人も、今はもう誰もいないから」
 
 目を赤くしながら微笑む少女に近づき、涙を拭った。されるがままに目を閉じた少女は、この城から出ないという確固たる意思を持ち合わせている。弱いくせに憎たらしいという思いと、この少女を守りたいという衝動に駆られた。思わず少女を抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
 
「名前くらい俺が呼んでやる」
「……ありがとう、魔法使いさん」
「ルーカスだ」
「ルーカス、ありがとう」
 
「(お前がここから出て行かないのであれば、お前がここで不自由なく暮らせるように)」
 
 皇帝の気配がする方向へと殺気を込める。あれだけの魔力の持ち主だ、何か感じるに違いない。
 
「(俺が以前の力を取り戻せれば、あんな奴一瞬で消せる。けど今は)」
 
 原因不明で失われた魔力を取り戻すための方策を模索し続けていると、苦しいと胸を叩く少女がいたことをすっかり忘れていた。顔を赤くして睨みつける姿は少女が初めて見せるものだった。もっと良く見たいと思い、両頬を手で固定して顔を近づけた。
 
 
 
+++
 
 
 
「世界樹の実?」
「そう、その実を食べれば魔力が復活する」
「そうなんだ……」
「ん? 俺が強くなるの嬉しくないの?」
「嬉しくないわけじゃないけど」
 
 もう、時間が無かった。腹に開けられた穴の修復には時間が掛かり、まだ意識が朦朧としている。
 
『何を企んでいるのか知らんが、あの女に近付くな。次は無いと思え』
 
 ルビー宮へ向かう途中、宝石眼を持った男からの襲撃に遭った。無関心、とはまた違う、憎悪の感情が男からは溢れ出ていた。家族との繋がりが欲しいと男のために泣いた少女を思い、歯を食いしばる。己のこの無力さが悔しい、眠る前であれば目を瞑ってでも殺せるであろう人間相手にこのザマだ。
 
 世界樹を探しに行くことはすぐに思い付いたが、実行するまでに一年以上の時間を要してしまった。長旅になることから、どうしても少女に害を与える存在は、少女の周りから排除しておきたかったということと、単純に少女と離れ難かったということが理由だ。残虐な皇帝のいる皇宮へ残して行くことだけが心残りであったが、このままの自分では父親から少女を守ってやることができないと思い知らされ、つい先ほど決心をした。
 
「寂しいなって。ルーカスがいない間、私は何をして過ごそう」
「寂しい?」
「うん」
 
 自分の存在が居なくなり「困る」と言われたことはあっても「寂しい」と言われたのは初めてだった。確かに、毎日のようにこの宮殿へと通い、外へ連れ出していたのだ。また一人きりの生活は少女にとって寂しいのかもしれない。
 
「瞬間移動くらい教えてやればよかったな」
「瞬間移動? 私が?」
「驚くことかよ? あのお父サマの娘なんだぜ? お前の魔力も相当強いんだ」
「私も魔法が使えるんだ……ねえ! 帰ってきたら、魔法の使い方を教えてくれる?」
 
 少女が自分の両手を見つめながら目を輝かせる姿に笑みが溢れる。もうすぐ十七歳とは言え、美しい容姿とは別に子供っぽい内面を残す。その一つ一つが愛おしい。
 
「ああ。俺の授業料は高いぞ。なんたって俺はオベリアを吹き飛ばすくらいの」
「大魔法使い様なんでしょ。何度も聞いた」
 
 先程まで悲しんでいた姿が嘘のように目を輝かせている。世界樹の実を探す旅は何ヶ月、下手したら何年掛かるか分からない。人間の時の流れは自分が思っているよりずっと早い。果たして戻ってきた時に、少女と今の関係のままで有り続けられるのだろうか。そんな一抹の不安が胸を過る。
 
「なあ」
「うん?」
「俺が魔力取り戻して帰ってきたらさ」
「うん」
 
「(俺がお前の家族になってやるから)」
 
 そう口を開きかけて思い留まる。父親からの愛を求め続けた少女の欲するものは、未だに理解しきれなかったから。
 
「……」
「ルーカス。戻ってくるのをずっとここで待ってるから」
「……」
「いってらっしゃい」
 
 寂しそうに微笑んで見えたのは思い違いではないだろう。少女が自分をどんな風に思ってくれているかは分からなかった。孤独から連れ出した魔法使い、そう思っているかもしれない。
 
「あれ」
 
 少女の震えた声が聞こえた後、少女の目からはポロポロと止めどなく涙が零れ落ちていた。
 
「ルーカスには早く魔力を取り戻してほしいのに、なんで涙が止まらないんだろう」
 
 別れを名残惜しく感じて引き寄せる。糸の解れ一つないドレスに満足して、毎日自分で梳かすようになった綺麗な髪に手を入れた。髪の匂いを吸い込むように息をして、この少女の場所へ必ず戻ってくるんだと自分自身に言い聞かせる。
 
「必ず帰るから」
「ま、まってる」
 

 鼻を啜る音と震えた声に、身体とは別の場所に保管されているはずの心が揺さぶられた気がした。早く、少女を守るためにこの場所を去らないといけない。この場を離れる決心が崩れる前に、少女を眠りの魔法で包み込む。華奢な身体を壊さないように丁寧に抱え上げ、寝台へ向かった。

 
「元気でな」
 
 微かに触れる程度の口付けを額へ残し、世界樹へと向かう一歩を踏み出した。
 
 脳裏にはいつでも魔法にかかったように表情をコロコロ変える、可愛らしい少女が思い起こされるのだった。
 
 
 
+++
 
 
 
『アタナシア姫様が処刑された』
 
 差出人不明の魔法がかけられた手紙に、少女への誕生日プレゼントを選ぶ手が止まる。一体この手紙が俺の元へ届くまでにどれだけの時間を要したのだろう。すぐに少女のいる皇宮へと戻ると、元々静寂な宮殿は、主を無くしたせいか、何の音も聞こえなかった。
 
『陛下はもうずっとお姿を見せないわね』
『死んだアタナシア姫の呪いだとか』
『しかもジェニット姫は先帝の娘だと言うじゃない』
『最近先帝らしき人が現れたのは本当なのかしら』
 
 ルビー宮の外から聞こえてくる家臣たちの会話に、頭が真っ白になった。塔に置いてきたはずの心臓が誰かに握りつぶされるように苦しい。
 
「(あんなにも純粋な少女を、処刑だと?)」
 
 聞くところによると、次女の飲み物に毒が入れられ、その犯人だと疑われた少女が皇帝によって処刑されたらしい。
 
「何だよ、それ」
 
 皇帝を少女がこれまで味わった以上の苦しみを与えて殺したい。ルビー宮の外へ足を踏み出すと、城内は闇———黒魔法一帯で覆われていた。
 
「ルーカス様」
 
 聞いたことも無い声が背後から聞こえてきた。
 
「誰だ貴様は」
 
 振り返ると一度だけ会った憎き皇帝にそっくりの顔。だが纏った魔力の種類が別物だった。これが、家臣たちが噂をしていた先帝なのかと思ったその時、微かに感じる慣れ親しんだ魔力に眉をひそめる。
 
「なぜ俺の魔力を持っている?」
「さすがはルーカス様。弱い人間なのでね私は、貴方のお力お借りしました」
 
 先帝が纏う自分自身の魔力とは更に別の力まで入り込んでいるようだった。そして、この気配にも記憶があった。多分、これは。
 
「アエテルニタスか?」
「御名答」
 「何の用だ」

「まさかあなたがか弱い少女にご執心とは意外でした。ですが、あなたの憎むべき相手には、私が代わりに呪いをプレゼントしましたよ」

 唇を噛みしめる。黒魔法に包まれた皇宮も、目の前の男がなぜ数百年経った今も生きているのかも、少女の処刑と直接関係したのかも、全てがわからないし、どうでもよかった。
 
「こんな弱い奴らのために、あいつは———」
 
 世界樹で取り戻した魔力を放出させる。先帝は慌てて目の前から消えたが、絶対に逃しはしない。
 
 でもまずは、とガーネット宮へと足を向ける。呪いで苦しむという皇帝に、この場所を去るとき与えられた傷以上の地獄を味あわせてやらねば。
 
 
 
+++ 

 

 
 ———皇帝への復讐を終えても、心が晴れることは無かった。
 
「こんな世界、残っていても何の意味もない」
 
 少女に想いを告げることのないまま、旅立ってしまったことを後悔してももう遅い。人間は死んでしまったらそれで終わりなのだから。もう、どんなに願ったところで二度と会うことは叶わないのだ。
 
 少女のいないこの世界に未練など何も無かった。オベリア一面が焼け野原になるように、何もかもを消し飛ばしてやる———。
 
 まだ各地で火の残る平野で、すべての力を使い切った俺はその場に崩れ落ちた。それでも何故か微かに残る少女の魔力に引き寄せられて、最期の力を振り絞り焼け野原を歩く。
 
「なあ、見てるか? 大魔法使いってホントだったろ?」
 
 温かい。なぜ焼け野原になっても少女の魔力を感じることができるのか、この位置は果たしてどこなのか、何一つ分からないけれど、その場に横たわると少女を胸に抱きしめた時と同じ感覚に陥る。
 
『おかえり、ルーカス』
 
 優しい声の元で目を閉じる。後悔が無いわけではない。少女の傍で、少女が幸せになっていく姿を見続けていたかった。そして幸せにしていくのは自分でありたかった。そんな結末があったっていいのではないだろうか。
 
 願いは魔法に。こうして俺は呻き声が地面から響き渡るその場所で、再び深い深い眠りについたのであった。
 

 

 

 

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SpecialThanks:じゃこさん(@jaco_jaco_jaco)から挿絵許可をご快諾いただきました~~~♡♡♡こんな暗い話ですが素敵な絵を使わせていただきありがとうございます;;

元々の小説はコチラです。単品ものとしての作品をシリーズものに改編しました。

 

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