オベリア帝国には二人の姫がいた。一人は美しい外見と天使のように優しい心を持ち、全大陸の人間から愛される姫だった。それは血も涙もない皇帝である父親の心をも溶かし、父親からの愛を一身に受けることとなる。
もう一人は彼女とは対照的だった。幼少期から父親の愛情を受けることなく、姫としての待遇を受けることもなく成長した姫は、常に暗い雰囲気を身に纏い、人々の嘲笑の的となる。
愛情に飢えた姫の名はアタナシア。彼女は十八歳の誕生日に実の父親の手によってこの世を去ることになる。父親が寵愛するもう一人の姫を毒殺した罪を着せられたことが理由だった。そして、彼女がこの世を去ってすぐ、後を追うように父親が死んだ。皇帝を失ったオベリア帝国は崩壊の道へと突き進み、いまも帝国中を火の海が飲み込もうとしている。
無実の罪で処刑されたアタナシア姫の呪いだと囁かれる混乱の最中、優しい光が帝国中を包み込むように覆う。燃える建物の中で、死を覚悟していた少女はふと考えた。
”本当にアタナシア姫は誰からも愛されなかったのだろうか?”と。
ある魔法使いは、突然訪れた別れを前に告げることができなかった。”俺がお前の家族になってやるから”という言葉を。
ある公爵家の公子は、最期まで告げることができなかった。”僕があなたを愛したいです”という言葉を。
ある皇帝の騎士は、守り抜くことができなかった。”私が姫様を命に代えてもお守りいたします”という約束を。
アタナシア姫が愛されていたかどうかを知る者はこの世界に誰もいなかった。それでも、”姫も愛に触れる機会が幾度となくあっただろう、この優しい光は姫による帝国への愛である”、そう考えて少女は天に向かい祈りを捧げながら目を閉じた。
しかし、誰も知らない。
実の父親はアタナシア姫にはっきりと告げた。”お前のことを娘と思ったことは一度もない”という拒絶の言葉を。その言葉を聞いた姫がどれほどの絶望に陥ったかを。
これはオベリア帝国が崩壊へ向かうまでの四人の男と悲運の姫による、もうひとつの物語である。
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